第93話 帰ってきた翔真


 ――SIDE:神崎歩――



 遂にこの日がやって来たか。

 クラス対抗戦当日。


 HR前。教室内にいるD組の生徒達は皆落ち着

きを無くしたかの様にソワソワとしていた。クラス対抗戦を見越して、短い期間ではあるが自己鍛錬を行って来た俺達だ。だが、肝心の対抗戦の内容は誰一人として知らされていない。


 一体どういう形式で、どの様にして他クラスと競い合うのか? 皆の関心はソレだった。



「翔真の奴、大丈夫かなぁ……?」



 両手を腰に当てながら、渋い表情で総司が呟いた。奴が考えあって学校を休んでいた事は知っているが、クラス対抗戦当日にその姿が見当たらなかった事は、些か俺も驚いてしまった。


 事情を知っている俺で、その反応だ。

 何も知らない周囲は不安だろう。


 いや、この場合は"不満"か?



「――結局の所、石瑠の野郎は級長の器じゃなかったって事だ!!」


「!」



 窓際の席で仲間と騒ぎながら、石瑠に対しての不満を吐き出す磯野浩介。周囲には他にも榊原冬子らのPTも存在していた。敵の敵は味方という奴だろうか? 連中は俺達の知らぬ間に随分と仲良くなったらしい。



「肝心な場面で逃げ出す様な腰抜けだぜ!? アイツを担ぎ上げようとした馬鹿が居るって事に俺は本気で驚いちまったよ!?」


「級長候補の三人ね? 相葉君達も今回の件で漸く目が覚めるんじゃないかしら?」


「えー? 榊原さん。それって無駄じゃなーい? アイツらって底辺の石瑠に負けるレベルの連中なんでしょう? 話を聞いた時は幻滅したし、期待しても無駄。いっその事、浩介が級長に成れば良いんだよ。反対する奴は敵で確定ー」



 ……べらべらと。聞こえよがしに良く喋る連中だ。新発田愛里は翔真がいなければ死んでいた事を忘れたのか? 阿諛追従あゆついしょうする他の面子も情けない……!



「石瑠翔真は、本当に来ないつもりなのか?」



 近くに立っていた卜部が、相葉を含めた俺達四人に訊ねてくる。奴も不安なのだろう。その顔には余裕は無かった。



「分からない。何せ読めない奴だからな」


「状況が状況だ。土壇場で来ないという選択をしたとしてもおかしくは無い、か――」


「翔真……」



 不安気な表情を浮かべる武者小路。始まる前からこんな状態では、対抗戦の勝敗など見えたものだろう。


 何とかして、場の空気を変えなければ――


 俺が思ったその時だ。



「――来るわよ」


『え?』



 今まで黙っていた鳳が、短く断言する。



「アイツはね? 石瑠翔真は――馬鹿で阿呆で弱虫でエッチな変態性癖の最低なクズだけれど! ピンチの時には必ず駆け付けて来る男なの!! ……まぁ、アイツが来た所で何が出来るって訳じゃないんだけれど。むしろ状況が悪化する事だってあるんだけれど。――兎に角、こんな状況でアイツが来ないって事は有り得ない!!」


「……その心は?」



 ズレた眼鏡の位置を直しつつ、卜部正弦が前のめりに鳳へと問い掛ける。



「――私がこんなに困ってるんだもの。アイツが、助けに来ない訳ないじゃない……っ!」


『――』



 一同、思わず声を失う。



「紅羽ちゃん――」


「鳳、お前――」



 やっと素直になったのか――?

 

 俺と東雲が声を上げようとした、その時――



「……え? 何この集まり?」



 噂の翔真が、教室の扉から顔を出した。



『い、石瑠翔真ァァ――ッ!?』


「うぉ!? な、なななな、何だよいきなり!? 皆でデカい声を出して、驚くじゃないか!?」


「おま、おま、おま、おま――ッ!!」


「今まで何をしてたんですの――ッ!?」


「こっちは心配してたんだぞ!!」


「そうだよ! 遅いよ石瑠ぅ!!」


「けど、元気そうで良かったわぁ」


「連絡くらい、した方が良い」


「ガハハ! しっかし、良く来たのぉっ!」


「重役出勤だがな……」


「ちょ、痛い――! 揉みくちゃするなァ!?」



 途端に活気付く周囲。


 磯野達もソレに気付いたのだろう。連中は呆気に取られた様な表情をして此方を見ていた。



「――ったく、何だよ……久々に登校したと思ったら、お前ら元気良すぎだろう? 察するに、僕がいなくて精々してたって所かな? 羽が伸ばせた様で何よりだよ」


「お前なぁ……」



 翔真の盛大な勘違いに、総司は思わず疲れた様な声を出してしまう。俺も最近分かった事だが、自信過剰に見えて翔真の自己評価は相当に低い。コレも恐らくは本心で言っているのだろう。何とも厄介な性格をしている……。



「翔真……」


「ッ、紅羽……」



 向かい合う許嫁の二人。

 緊張した雰囲気に、俺達は思わず息を呑む。



「……な、何だよ?」



 口火を切ったのは翔真からだ。恐る恐る相手の出方を窺う様に、翔真は鳳へと声を投げた。



「べ、別に……来なくても良かったのに……」


「……はぁ?」


「アンタ何かいなくたって、D組は他の教室に負けたりはしないわ。精々、皆の足を引っ張らない様にしなさいよねっ!?」


「はぁ〜ん!? その言葉、そっくり返してやるよ。紅羽は僕よりもレベルが低いんだから大口叩くなら僕より強くなってから言うんだね!」


「ッ、少し先を行ったからって――!」


「ほら、紅羽ちゃん。抑えて抑えて!」


「夫婦漫才は犬も食わねーっての!」


「だ、誰が夫婦よッ!!」



 鈴木一平の野次に怒り出す紅羽。どうやら、いつも通りの光景が戻って来たみたいだな。



「石瑠……テメェッ……」


「ん? 磯野か……どうしたんだい? そんなに悔しそうな顔しちゃってさ。もう少しで君の不戦勝だったのに――残念だったね?」


「ッ、図に乗んなよ、石瑠ゥ! テメェが来た所でこっちのやる事は変わらねぇんだ!」


「土日の自由探索で私達の戦力は上がっているわ! ビクビクと怯えて不登校になっていた人間が、いつまでも大きな顔をしてられると思ったら大間違いよ!?」



 磯野・榊原の啖呵を受け、翔真の奴はやれやれと言った風に肩を竦めた。



「――なら、君達の涙ぐましい努力が、対抗戦の成績に繋がる事を祈っておくよ」

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