第90話 魔道研部長・道明寺草子


 魔道具屋とは、スキル【錬成】【調合】【作成】によって資源アイテムを合成し、通常では手に入らない、多種多様のアイテムを産み出してくれる、探索者には必須なお店である。


 そのお店で何をするのかと言うと、一番の目的は職業ジョブチェンジアイテムの入手だね。職業ジョブチェンジというのは職業ジョブレベルを★3にした者が行える、謂わばランクアップの様なもの。


 提示された四つの選択肢の中から自身が伸ばしたい素養を選び、個々人の素養からランダムで決定するものである。


 この、個々人の素養からと言うのがミソである。例に出すと1-Cの級長・通天閣歳三は"カリスマ"とかいう固有職業ジョブに就いているのだが、これは彼が選択した訳では無い。本人の素質からそれ以外に成り様がないから"カリスマ"とかいう職業ジョブに就いてしまっているのだ。選択肢なんて有って無い様なもの。


 僕が今考えているのは"石瑠翔真"の事だ。


 通天閣の様に固有職業ジョブが用意されているとは思わないけれど、四つの選択肢を選んでも下手をしたら弱職業ジョブにしか就けないんじゃないかと危惧していた。


 流石に、原作の翔真が何の職業ジョブに就いていたかとかは覚えてないし……まぁ、高確率でショボいものであるのは確かだろう。


 故に必要になってくるのが【錬成】でしか手に入らない"レリーフ"という名の職業ジョブチェンジアイテムである。


 此れを使用すれば本人の資質とは関係無く、成りたい職業ジョブに就く事が出来るのだ。


 まぁ……成りたい職業ジョブと言ってもノービズからだから、一先ずは中級職だけどね。職業ジョブチェンジのタイミングは2回あり、初級→中級→上級と上がっていくのが基本なのだ。


 他にも色々、作成したい物はある。内容は内緒だよ? 今後のお楽しみという事で――


 そんなこんなで――今、僕は探索区の商会エリアにある裏路地を歩いていた。


 大通りには人がいっぱい居たが、こっちの方は寂れた様に静かである。もしかしたら、治安の悪さも影響しているのかも?こういった裏路地には需要の限られた商品が売られているのだが、そういった代物は大体が非合法な物だと相場が決まっている。商人はツテのある探索者から特機を通さずに素材を横流しして貰っているのだろう。換金率が高いから、金に困っている探索者はホイホイ渡すしね。


 ……ABYSS内で資源を持ち帰ったなら、ソレを申告する手続きが探索者には義務化されていた。通称"税関"だ。危険な代物なら没収されて強制的に換金される。勿論、僕だって11階層を出た後はちゃんとやったさ。ただ、抜け道なんていうのは幾らでもあるからね? 発覚すれば探索者の資格を剥奪。重いもので前科が付くパターンも存在する。資源の管理というのはそれくらい重要視されている事だった。


 売りたい商人と売らせたくない特機。両者のイタチごっこの末、裏路地には商人が雇ったであろう荒くれ者が常駐しており、付近の治安は終わってしまったという理由である。


 そりゃ、寂れもするよな――?



「此処か……」



 注意しなければ見逃してしまいそうな狭い空間に、一軒の魔道具屋を発見する。斬新にも腐った木を使った木造建築で、入り口に付いた窓硝子は埃を拭かない事により内部の情報を隠匿していた。……単に汚いだけである。


 一見して、入るのも躊躇してしまう様な店構えだったが――僕は意を決して扉を開けた。



「すいませ〜ん、誰か居ませんかー?」



 声を掛けてみるも反応は無し。カーテンを閉め切っている為、室内は薄暗かった。


 ――もしかして、留守か? 嫌だなぁ……。


 思った僕は店内の中へと足を踏み入れる。気軽に出歩ける立場でも無し、どうにかして今日中に用事を済ませたかった。足掻いて、中程まで歩いた所で――床に転がるナニカに躓く。



「っでぇ!? ――な、何だぁ!?」



 転んだ拍子に打った鼻を抑えつつ、僕は転がっていた物体へと視線をやった。


 物体……というか――人?

 ソレはピクリとも動かない。



「……え? まさか……?」



 恐る恐るソレに近付く僕。転がっていたのは女生徒の肉体だった。三つ編みロングの茶髪の女の子。上は厚手のカーディガンを羽織っており、下はスカートで徐にパンモロをしていた。


 パンツだ! やったー!! ……とか、ラッキースケベに対する嬉しさは微塵も感じない。


 何故なら彼女の瞳孔が開いていたから。


 乱暴された形跡は無い。

 血だって一滴も出ちゃいない。


 でも――目の前の彼女は確かに死んでいた。


 息をしていないのだ。

 幾ら鈍感な僕でも、生者の見分け位は付く。



「な、何だこれ……一体何が……っ」



 緊張で唾を飲み込んだ、その時――



「……あれ? お客さん?」


「ふぉおおおお――ッ!?」



 店の奥より、倒れた女生徒と瓜二つな生徒が顔を出してくる。――び、びっくりしたぁ!?


 彼女は驚愕した様子の僕と、床に転がった女生徒の体を交互に見ながら、一瞬の間の後に手の平をポンと打つ仕草をしてみせる。



「片付けるの、忘れてた……」


「は?」



 ボソリと呟きながら、転がった女生徒の体を何処かへと運ぼうとする彼女。


 あれ? もしかして死体隠蔽?

 とんでもない現場に居合わせちゃってます?


 僕が内心、恐々としていると――



「……重い。駄目。……手伝って?」


「いやいやいやいや……」



 何かとんでもない事を言い出してるし。

 

 その反応が意外だったのか、キョトンとした表情を見せる彼女。……このままでは埒が明かない。僕は仕方が無しに質問を投げた。



「まず、アンタは何やってんのさ……? その子は何? アンタの姉妹か何かか?」


「姉妹……? 違う。この子は私。私が造った。私の肉体を複製したホムンクルス……」


「は、はぁ? ホムン――?」



 それって、RPGとかで良く出て来る人造生命体の事か? 複製って事は、つまりクローン?



「何だってそんなものを……」


「作業効率の倍化を計った。結果は見ての通りの失敗。命が宿らなかったから、この子はラブドールに加工するつもり……」


「は?」


「自信作。絶対に売れる」



 駄目だコイツ。

 頭のネジがイカれてやがる。


 このまま話を続けても有意義な情報は得られないと思った僕は、強引に話題を変えていく。



「……君さぁ、この店に居るって事は魔道研部長の道明寺草子どうみょうじくさこで良いんだよね?」


「……もしかして私、有名人?」



 まぁ、ある意味では。


 3年C組。生徒番号1番の道明寺草子は、高い潜在能力と卓越した技術により、学生でありながらアカデミーの研究部門に出入りを許された生徒である。停滞しがちであった日本のABYSS研究を100歩進めたと噂されている――天才だ。


 けれど、それも昔の話。


 本人の性格に難があり、研究部の人間と揉めに揉め、研究部門への立ち入りは禁止されてしまった様だ。毎月支給されていた研究費も無くなり、今では【魔道研】という自身が設立した怪しげな部の長として納まるのみである。


 因みに、部員は彼女一人。


 名目状部活だと言い張っているが、その実態は同好会以下の個人活動である。そんな寂れた【魔道研】だから、こうやって人が訪れるのも稀な事らしい。……まぁ、ゲーム内では此処でしか手に入らないアイテムが目白押しなので、設定とは裏腹にいつも激混みしてたけどね?



「実は、君に作って貰いたいアイテムが有るんだけれど――」

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