第86話 宣戦訪問
――SIDE:神崎歩――
4月19日水曜日。
俺が石瑠翔真を拾ってから、既に三日が経過していた。「泊めてくれ」と言われた時は心底驚いたが、奴の事情を知った後に断りを入れる事など俺には出来なかった。
男子との共同生活、か――
我ながら軽率な事をしたと自覚している。俺が抱える"秘密"の事を考えれば、他人との共同生活など言語道断。リスクでしか無いだろう。今の所、石瑠の奴は俺の"秘密"には気付いていない様だが、月末までこの生活が続くのかと思うと気が気では無いな……。
石瑠が学校へと登校しなくなってから、変わった事が三つある。
一つは教室全体の意識だろう。
我道竜子の一年生襲撃事件は全校生徒が知る由となった。手引きした(と、思われている)石瑠が他教室の生徒から逃げ惑い、学校を休んでいるという噂も皆が周知する所である。
此れを好機と見たのはアンチ石瑠を筆頭とした磯野と榊原だ。今までやる気の無かった奴等は此処ぞとばかりにABYSS探索に精を出し、到達階層数を上げていた。
又、再び級長を狙う武者小路・芳川のPTも己を磨く事に邁進している。出遅れる形となってしまった三本松達は、他のPTから助言を聞くなどして各々が出来る事を行っていた。
当然、俺達も例外では無い。
「翔真の奴が居ない分、今は俺達がしっかりしないとな!」と。総司は引き続き気を引き締めた。PTメンバーの俺達もソレに倣う形だ。現在は階層数を無理に上げる事よりも、個々人のレベリングをする事に励んでいる。
二つ目は、これはもう言わずもがな。
ABC教室の様子である。
襲撃されたABC組は共に主力が入院してしまうという痛手を被っていた。特に酷いのが1-Aの鶯卍丸という男らしい。先日、級長である御子神千夜と共にクラス対抗戦を辞退するという一報が流れた。代わりにA組を取り仕切るのは、あの針将仲路だ。奴が表立って出て来るとなると、今度の対抗戦は荒れるかも知れない……。
BC組の級長、幽蘭亭地獄斎と通天閣歳三は負傷こそすれ対抗戦を辞退する程では無かったらしい。今頃は石瑠への憎しみを増している所だろう。念の為、奴には注意喚起をしておこう。
そして三つ目だが、これは――
俺は、チラリと前方の席の様子を覗った。
鳳紅羽。
石瑠翔真が学校を不在としてから、彼女の覇気は無くなっていた。此方を気遣う様に何でも無い風を装ってはいるが、PT内部では筒抜けだ。リーダーである総司もどうしたものかと手を拱いている。気を遣えばそれはそれで表面上は大丈夫だと取り繕ってしまう女だ。今は気付かぬフリをして静観している段階だが――どうにも、歯痒いという思いはある。
そうこうしていると、四限の授業が終わり、昼休みの時間がやって来る。
「石瑠君、やっぱり今日も来なかったね?」
「あぁ、少し心配だよな」
話しながら、此方の席へと机をくっ付ける総司と東雲。鳳の奴も少し遅れながら同様の事をした。未だ、心此処にあらずの様子である。
「……奴の事ならば心配はいるまい。それよりも、まずは自分達の事だ」
俺は話題を変える様にそう言った。相葉達には俺が石瑠翔真を泊めている事は秘密にしていた。コイツ等の事だ。知ったら多分、俺の自室へとやって来るだろう。今回石瑠を寮へと招いたのは例外的な処置であった。普段であれば俺は自室には決して人を入れない。罷り間違って俺の"秘密"がバレでもしたら、最悪、この学校に居られなくなってしまうからな。
「……まぁ、それもそうかもね。幸い石瑠君、近くにはいるみたいだし……」
「え? 何でそんな事が分かるんだ?」
総司が東雲へと問うと、彼女は少し慌てながら手を横に振った。
「あ、いや――勘! 女の子の勘だよ!? 確証はないけど結構当たるんだよね〜。ははは……」
誤魔化す様にして話を切り上げる東雲。多少気にはなったが、その事を態々追求する者は誰もいなかった。微妙な空気で持ち寄った弁当を広げていく俺達。
と、その時だ。
「オラオラァ――!! 邪魔するぜぇ!? D組のクソ野郎共ォォ――ッ!!」
突然、教室の扉が乱暴に開かれる。
現れたのは1-C組の生徒達だった。彼等はそのままD組の教室内へと押し入ると、我が物顔で周囲を見渡した。
「な、何だよお前達はっ!? ひぃッ!」
「は、林君!」
廊下側の席に座っていた林は、いの一番に連中へと絡まれてしまう。慌てて救出しようとする三本松だが、連中が一睨みをすると、そのまま何も出来なくなってしまった。
「石瑠翔真は何処だッ!! 知ってんだろう! 隠しやがったらタダじゃあおかねぇぞ!?」
「い、石瑠だって……? アイツなら今日は学校を休んだみたいだけど――」
「はあぁぁぁぁ!?」
「うひぃ!?」
「休みだぁ!? 昨日も休みだったじゃねぇか! 隠し立てしてんだったら容赦しねぇぞ!?」
「そんなッ、隠し立てなんて……っ!!」
襟元を乱暴に引っ張られる林。このままでは危ういか。思った時には既に、相葉・卜部・武者小路の三人が動いていた。
「――そこまでだ。これ以上、君達の狼藉を見過ごす訳にはいかない!」
「喧嘩ならば、私が買いますわよ?」
「平和的に引き上げてくれるんだったら俺は何も言わないさ。けれど――その拳を振り上げるつもりなら、こっちにも考えがあるぞ!?」
「あぁん!? チッ、ぞろぞろと……ッ!」
流石、D組の主力達だな。ガラの悪いC組の生徒達を言葉で抑え込んでしまっている。
「――グズが、D組の雑魚連中なんかにビビってんじゃねぇよッ!!」
「け、健児……ッ!」
教室外より飛んで来た叱責に身震いをするC組の生徒達。現れたのは角刈りの男子生徒。確か奴は、入学式の日に鳳へと絡んで来た男だ。奴もまた石瑠の事を探しているのだろうか?
「お前は、入学式の時の!!」
「米田健児だ。相葉総司……てっきりテメェがD組のアタマになるんだと思ってたんだがなぁ? どういう成り行きで"あの石瑠"が級長を張る羽目になったんだぁ?」
「C組の貴方には関係の無い話ですわ!!」
「関係ねぇ訳ねぇだろが!! こっちはアタマをやられてるんだぜ!? 石瑠翔真を同じ目に合わせてやんねぇと気が済まねぇんだよッ!!」
やはり目的は仇討ちか。熱り立つ連中とD組生徒達の間には、一触即発の空気が流れ出す。
「……気が済まないと言うけれど、それじゃあアンタ達は、実際に襲撃を仕掛けて来た我道先輩には何か言ったの……?」
「あ?」
連中の言い分を静かに聞いていた鳳が、突然立ち上がっては米田健児へと問い返す。その姿には一種の迫力の様なものが宿っていた。
「――石瑠石瑠って五月蝿いのよッ!! アイツが何!? アンタ達を殴ったの!? アンタ達なんか実際に拳を振るって来た我道先輩には何も言えない、ただ言い易い方に威張り散らしてるだけの腰抜けじゃないッ!! 何が気が済まないよ! 巫山戯んじゃないわよッッ!!」
『――』
鳳の余りの剣幕に、C組の生徒は疎か、D組の生徒達ですら萎縮してしまう。石瑠の件で随分とストレスが溜まってしまっているなとは思っていたが、まさかこれ程とは――。
「騒ぎが聞こえたと思って来てみれば――これは一体どういう状況だ? なぁ、1年……?」
『!!』
「貴方は――?」
新たにD組へとやって来た、上級生と思しき藍色の髪の女子生徒は、教室内で対立する面々を見やりながら、己の自己紹介を開始する。
「失礼。私は2年B組の石瑠藍那だ。用あって此方の教室へとやって来たのだが――」
「い、石瑠!?」
「って、事はもしかして――」
『――石瑠翔真のお姉さん!?』
「アイツ、こんな別嬪な姉ちゃんが居たのかよッ!? くぅ〜! 羨ましいぃ〜〜ッ!!」
騒ぐ鈴木は置いておくとして――突然の2年生の乱入に、C組の米田達は浮き足立つ。
何せ連中の目的は目の前の上級生の弟を痛ぶる事だったのだからな。
「……チッ、行くぞ!」
形成不利を悟り、そそくさと退散していく米田達。石瑠の姉とは言え、流石に2年生に喧嘩を売る様な真似はしない様だ。去って行くC組の連中に「二度と来るなァァァ!」と、叫ぶ林。
「あ、藍那さん……その……」
「入学式の朝以来だな。息災だったか?」
「私は、その……」
言い淀む鳳の肩に手をやりながら、石瑠の姉君は優しく彼女を労ってくれた。弟に対する扱い。その良し悪しはさて置くとして、人としては良い人物の様だな?
「愚弟が要らぬ苦労を掛けたな。我道竜子の一件については私も聞き及んでいる。あの女を翔真如きが動かせる筈が無い。黒幕などと言うのは根も葉も無い噂だろう」
それよりも――と。
石瑠の姉君は鳳に問い掛ける。
「翔真の奴が今何処に居るのか知らないだろうか? アイツめ……恥ずかしい事だが、家にも帰ってなくてな。私は元より、妹の麗亜が酷く心配をしている。もしもアイツに会ったなら、すぐに帰って来る様に伝えて欲しい……」
「それは――勿論!」
「……君の様な許嫁が居てくれて助かった。勝手な言い分かも知れないが、今後とも愚弟の事を宜しく頼む」
「それは――……は、はい……」
許嫁というのも、大変だな――
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いつも応援ありがとうございます!!
近況ノートに作者によるキャラ雑感を追加しました。例により最新話までの読了を推奨しています。気になる方はどうぞ覗いて見て下さい。設定だけして本編じゃ明かされない様な話も載せていくと思います。読んでいけばキャラの造詣が深まるかも……? 現在は主人公と原作翔真のみの雑感ですが、後々キャラを増やす予定です。
面白かったら★での評価や♡のいいね、感想等をお願いします。ランキングとかには反映されませんが、近況ノートに送れる反応なども作者のモチベに多大なる貢献をしてくれています!
ではでは、また次回っ(ᐢ 'ᵕ' ᐢ )!!
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