第85話 翔真の家出
東雲に解放された後、僕は一人で学習区の公園エリアにやって来ていた。今日だけで一体どれ程の不幸を背負い込んでしまったのだろう? 落ち込んだ僕は何をするでも無く公園のブランコに座り黄昏れてしまう。
「……石瑠か?」
憔悴しきった僕を見付けたのは、通り掛かった神崎である。珍しくも一人の様だ。時刻は下校時間。学生寮へと帰る所だったのだろう。
「そんな所で何をしている? お前は確か実家からアカデミーに通っているんだったな?」
「……」
「もうすぐ夕暮れ時も終わってしまうぞ? 家には帰らないのか?」
「……帰りたくない」
「……」
僕は翔真の仮面を被る事も忘れて、つい本音で愚痴ってしまう。家に帰ったとしても、待っているのはあの性悪な妹と厳しい姉の二人だけだ。……メイドとかも居るけれど、連中は僕の敵みたいなものだし、気なんて休まらないさ。
だったら、此処に居る方が良い。
一人でいた方が気楽だ。
「……何か訳ありの様だな?」
呟いた神崎は、僕の方へと歩を寄せる。
「……此処で逢ったのも何かの縁。夕餉程度なら馳走してやっても構わんぞ?」
「は……? なんだいそれ? もしかして、僕の事を哀れんでいるのかい?」
「虚勢を張るな。覇気が無いのが丸分かりだ」
「……っ」
「一日中夜風に吹かれる気か? 止めはしないが、とても利口だとは思えないな……?」
「そ、それは……」
「来い。今だけは素直になれ」
なにこのイケメン。
素直って――そんな事を言われたら、思わず頼ってしまうじゃないか!! 僕はフラフラとした足取りでブランコから立ち上がると、先を行く神崎の背を追い掛けて行くのであった。
◆
「此処だ。入ってくれ」
「あ、あぁ……」
通されたのは男子学生寮の一室である。どうやら神崎は此処で暮らしているらしい。私室と言う割には物が少ないが、これは多分、質素倹約な神崎の性格に寄るものだろう。古風な卓袱台の前には座布団が敷かれており、僕は促されるままにその上へと座らせて貰う。
「……茶を淹れてくるから、少し待て」
「お、おぉ。悪いね……」
言いながら、僕はハタっと気付いてしまう。
――同級生の家に遊びに来たのは、これが初めてかも知れない!!
いや、厳密には遊びに来た訳ではなく、神崎の好意で石瑠翔真という屑を一時的に保護して貰っていると言った方が正確かッ!? 何にせよ、マジで初体験だ。僕は一体、この場で何をして過ごせば良いんだァァ――ッ!?
思わず頭を抱えていると――長い銀髪を後ろで纏め、制服の上着を脱いだラフな神崎が御盆を両手に此方へとやって来た。
何も言わずに急須から湯飲みにお茶を淹れる神崎。何だろう? その所作からして美しい。心に浮かんだ言葉は"大和撫子"。いや勿論、男だっていう事は理解しているんだけれど、思わず同性すらも見惚れてしまう程の美形である。
こりゃあ、女子にモテる訳だわ……。
差し出された湯呑みを受け取りながら、僕はそんな事を思ってしまう。
「……少しは落ち着いたか?」
「あ、あぁ……悪いね? そのぅ……色々と気を遣ってくれてさ?」
「……そんな事を言う様では、まだまだ本調子とはいかない様だな。詮索するつもりは無いが、吐き出す事で楽になる事もあるだろう。どうだ? 俺では力にはなれんか?」
「……ハハッ、今日は随分と饒舌じゃないか? 何だか、神崎らしく無いんじゃな〜い?」
「かもな。珍しいものを見た所為かも知れん」
つまりは僕の所為って事?
初めて会った時には考えられない。随分とお優しくなったじゃないか。これも一緒にABYSS探索をしたおかげだろうか?
「色々あったんだよ、色々とね……」
「……」
話はソレで終わりにするつもりだったんだけれど、神崎の奴は黙ったままだ。続きを催促されているのかな? いや……そういう訳でも無いか。神崎は聞き役に徹してくれているんだ。仮に何も話さなかったとしても、それはそれで構わないというスタンスだ。奥ゆかしい優しさが胸に染みる。何だコイツは? 神か仏か? 後光が差してしまっているぞ!? イケメン過ぎて胸が苦しい……! この、完璧超人め……ッ!!
……致し方無い……か……ッ!
僕は
……誰かに自身の弱みを吐露したのは初めてだ。成程。こういった気分になるのね……? 案外、悪くは無いのかも――? いやでも、気恥ずかしいから出来れば今後は勘弁したいね。
「……成程な。お前という人間が少し理解出来たぞ。姉妹との不和がそこまで進んでいるとはな? 武家というのは何処も一緒と言う事か」
「ん? 神崎も武家出身だったっけ?」
そこら辺の設定は覚えていない。好感度で解放されるストーリーだったとしたら、僕の場合はやっていない可能性の方が高いかも?
「……いいや。知り合いに武家の者が居てな。良く話を聞いていた」
「ふぅん? 平民と仲の良い武家って言うのも最近じゃ珍しくはないしね」
むしろ、厳格な家の方が稀である。家格の高い家ならまだしも、武家と言うだけで威張り散らすのは石瑠翔真ぐらいだろう。
「しかし、我道副会長の件は困ったな? SNSをチェックしてみたら、確かに荒れてしまっていたぞ。文章からも殺気立っている連中が書き込んでいるのが良く分かる……一体これから、どうするつもりだ?」
「……一先ずは、身を隠すつもりだよ」
「身を?」
「暢気に学校なんか行ってたら、闇討ちされてもおかしくは無い状況だからね。クラス対抗戦までは何処かに引き篭ろうと思っている」
「対抗戦には出るつもりと言う事か?」
「まぁね。不登校には成るつもり無いし……」
「しかし、状況は変わらないぞ?」
「……僕に考えがある。兎に角、今はABC組の連中と顔を合わせるのは不味い」
「ふむ……」
「そこで、提案なんだけどさ――」
正直、こんな事を頼むのはどうかと思うんだけれど、今は他に行く当てが無かった。
「暫くの間――僕を此処に泊めてくれない?」
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