第82話 裏切りの誤解
――SIDE:鳳紅羽――
――本当の事ですよ。
アイツはそう言って、自らの噂を肯定した。
我道先輩が1年生の教室を襲撃したのは、翔真の企みによるものだと、自白した――
私には、アイツの気持ちが分からない。
「どうして――」
私は堪らず、声を出す。
「どうして、そんな嘘を吐くのよ?」
「はぁ? 嘘?」
「だって、そうでしょう!? アンタがD組の為を思って、他所の教室に我道先輩を
仮に行えたとしても、翔真にはそれをするメリットが無い。噂になっている件については何かの誤解の様に私には思えていた。
けれど。
「はぁ〜? そんなの紅羽の勝手な妄想だろう? 当事者である僕が"そうだ"と言ってるんだから、それに勝る解答なんて無いと思わな〜い?」
翔真は頑として譲らなかった。
相変わらず……何でこんな意固地なの!?
私と会話をする時は、いつも不機嫌な翔真だけれど、今日のコイツは輪に掛けて苛立っていいる様にも感じたわ。
何なのよ、全く……!!
コッチは、アンタの為を思って色々と手を回してやってるのに……!!
「……って言うかさぁ。結局の所、此処で僕が何を言ったとしても、君達は面白可笑しく脚色して、記事に取り上げるんだろう? だったら、真実を説明する意味なんて無くない?」
「!」
「それは違うよ、石瑠!」
驚く私の横から、早希が口を挟んで来た。
「……私は今まで、石瑠の事を誤解してたし。事実の裏取りもせずに適当な事も記事にした。掲示板では、石瑠叩きに向かわせる様な書き込みもやったよ。けれど、紅羽ちゃんは――」
「あぁ、いいよ知ってるよ! 紅羽は報道部と結託して、僕の悪評をばら撒いてたんだろう? 此処で三人揃ってるのが、その証拠だ!」
「え――!?」
な、何を言ってるのコイツ!?
悪態を吐く態度と言い、こっちの方は本気なのかも。本気で誤解してしまっている。
「待ってよ! 紅羽ちゃんはそんな事――」
「仲間だったら否定するよねー!? でもさぁ、状況が揃い過ぎちゃってるんだよ! 宇津巳が僕の悪評を流してたって言うのは驚いたけど、裏に紅羽が居たなら納得さ! 僕をアカデミーから追い出そうとしたんだろう!? 理由は何だ!? 婚約を破棄させる為? 心当たりなんて幾らでもあるから、どれが原因か分からないや」
「……」
「――けどさぁ、やり方が陰険だよ。正直、こんな小細工を弄する女だとは思わなかった。ムカつく奴だけど、馬鹿正直なのが紅羽の良い所だと思ってたからさ。……失望したね」
「!!」
吐き捨てる様に、翔真が言った。
アイツの事は嫌いだし、何を思われても勝手にすればって感じだけれど、勘違いで見下げられるのは腹が立つ……!!
「勝手な事を言って……ッ! 良い!? 私はね、アンタの為を思って――」
喉元まで出掛かった言葉が、そこで
……何を言ってるの、私?
翔真の事なんて関係無いでしょう!?
私自身が気に入らなかったから、偏向報道を行う早希を止めたかっただけ!!
言うなれば正義心!
そう、正義によって私は行動したのよ!!
翔真の事なんて、これっぽっちも好きじゃ無いんだから、勘違いされるのは御免だわ!!
「何だよ紅羽。言いたい事でもあるのかよ?」
「……ッ!」
一々腹の立つ男ね……ッ!
でも駄目。
此処で何かを言ったとしても、私のプラスになる事なんて何もない。
「ふぅん……言い返さないんだね……?」
「ちょ、ちょっと、紅羽ちゃん……?」
「……別に良いわよ。馬鹿に付き合ってられないわ。誤解するなら勝手にどうぞ!!」
「おや? 説得の放棄か。後々面倒な事にならなければ良いけれどね?」
「……そう思うんなら、先輩から話を付けてくれても良いんですよ!? 元々の諸悪の根源は貴方ですし! 思う所があるのなら、自分から動くのが筋じゃありませんか!?」
「これは手厳しい。何とかしてあげたいのは山々だけれど、僕と翔真君は互いに初対面だし、誤解を解く程のコミュニケーションは取れないよ。いやはや、力に成れず申し訳ない」
文字坂先輩は飽くまでも傍観者を気取るみたいね!? 散々引っ掻き回しておいて、責任も取らないなんて最低だわッ!!
「……用が済んだんなら、僕はもう行くよ? こっちは君達みたいに暇じゃないしね。精々他人の悪口を広めて、悦に浸っていれば良いさ」
「――ッ!!」
「じゃあね。……二度と僕に話し掛けるなよ」
明確に拒絶の意思を見せながら、翔真は廊下の奥へと歩き去って行く。
……これで良い。
きっと、これで良かったのだと思う。
元々嫌い合っていた関係だもの。
悪評を流した張本人として勘違いをされたのは不服だけれど、悪評を止めようとした事を説明して、変に行動を突かれるよりはマシだわ。
「……翔真君には誤解されてしまった訳だけれど、鳳君はそれでも彼の記事を上げるのに反対するのかい? 道すがらで君の意見は聞いたけれど、今でもその思いは変わらないと?」
「……当然です。偏向報道なんて許せない」
「僕は大衆の観たい物を具現化させただけだよ? "バズり"と言うのは一人の力じゃ出来無いしね。皆望んでいたんだよ、石瑠翔真のバッシング記事をさ。僕はそれに応えただけ――」
「……石瑠藍那さんと、文字坂先輩に確執があったのは私も知っています。バッシングに私怨が無かったとは言わせませんよ?」
文字坂先輩は虚を突かれたかの様な顔を浮かべ、やがて、諦めた様に薄く笑う。
「私怨か……まぁ、確かにあったよ」
「それじゃあ!」
「藍那君は持って生まれた剣の才能で僕を打ち負かしたんだ。僕自身が己の才能を使って彼女を攻撃したとしても文句なんて言わせないよ」
「飛び火じゃない!? 翔真は関係ない!!」
「関係ならあるさ! 彼は藍那君の弟だ! ゴシップとは縁の無い姉とは違って、弟の方は叩けば幾らでも埃が出る状態だった。……そんなの、叩かずにはいられないだろう!?」
「だからって――!」
「僕は間違った事をしたとは思ってないよ。そりゃあ最初は私怨だったさ。面白可笑しく記事にして、石瑠藍那の弟君を虐めてやろうと思った。――けどね? 彼はそんな次元には居なかったんだよ。圧倒的話題性!! 彼の活躍を見てたら嫌でも分かる。僕が何かをしなくても、彼はこの学校の有名人になっていたってねッ!!」
「!!」
「入学式乱闘事件に天樹院騒動。10階層最速攻略に、今回のこの件だ! 新年度が始まってから起こった全ての事件に彼が関与している! これで話題にならないなんて嘘だろうッ!?」
「……マイナス方面に振ったのは、貴方よ」
「いいや? それだって大衆が望んでいなければ定着はしなかったさ! "1年の癖に生意気な"ってね。皆が思っているのはそんな所さ。とどのつまり、彼の才能に嫉妬してるんだよ」
「……才能? 翔真に……?」
「何だい? 幼馴染の癖に気付いていなかったのかい? 翔真君の探索者としての才は計り知れないよ。姉である藍那君なんか目じゃ無いね!」
「……」
「――ま、いいさ。君がそこまで嫌がるなら、報道部としても事実と裏付けが取れていない噂は記事にしない事にするよ」
「文字坂先輩!」
「おっと。喜ぶのは早いよ宇津巳君。此れは飽くまでも報道部が――と言う話さ。個人での翔真君へのバッシングはこれからも続いて行くと思う。それに関しては報道部は一切の関与はしないし、出来ない。……宇津巳君が勝手に鎮火させようとするのは自由だけれどね」
「!」
「アンチスレで翔真君の事を庇っていたのは君だろう? 効果があるのかは微妙だけれど、やりたいなら好きにすれば良い。止めはしないよ」
「あ、ありがとうございます!」
「――ただし、報道部の活動が最優先だ。翔真君に
文字坂先輩の言葉に「はい!」と、大きな返事をする早希。……報道部の件は、コレで片が付いたと考えても良いのかしら?
『……失望したね』
「!」
翔真の言葉を思い出した私は、考えを消す様に反射的に頭を振っていた。別に、アイツに何を思われようが構わない。
けれど――
胸の奥は――チクリと痛んだ。
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