第80話 生徒会長のお叱り


 ――SIDE:我道竜子――



 A組から逃げ出す翔真の姿を眺めながら、私は心の底から笑っていた。


 こんなに愉快な気持ちになったのは何時振りだろうな? アイツは私を笑わせる天才だ。戦闘力はさておき、道化っぷりが半端じゃねぇ。


 このまま此処に居ても面倒な事にしかならねぇし、やる事を終えた私は「じゃ、またな」と言い残し、1-Aを後にした。後輩達は露骨に嫌そうな顔をしてやがったが、それもまた愉快だぜ。恨みを抱いて強くなってくれるなら、どうぞお好きに嫌ってくれ。


 ――にしても、またか。


 私よりも強い奴――なんて高望みはしねぇ。せめて、互角に試合える奴はいねぇんだろか?


 強さを求めて、只管に鍛錬を続けて来た。探索者に必要なのは腕っ節だ。限界まで鍛えた肉体が。錬磨した技が死線を超えていく。ABYSS探索に不満がある訳じゃねぇ。出て来る魔物はまだまだ底が見えねぇし、階層主との戦いは血湧き肉躍る。私にとっては最高だ。


 けどな――?


 どうしても、私は振り返っちまう。


 このまま突き進んだとして、他の連中は着いて来てくれるのだろうかと。……孤独になんのが怖ぇのかな? 正直、よく分からねぇ。唯、どうにも虚しい感覚が消えやがらねぇんだ。


 天樹院は特別だ。アイツは生まれも育ちも他とは違う。アレが飛び抜けているのは当たり前だし、強くても何も感じねぇ。アイツを除外したとすると、今のアカデミーには私を満足させる奴は誰一人居ないという事になっちまう。


 それは嫌だ。

 つまらねぇ。


 現実を否定する為に1年の教室を襲撃してみるも、目立った生徒は特にいなかった。


 同学年でも、それは一緒だ。


 可能性があるとすれば狂流川の奴なんだが、アイツはアイドル活動とやらと掛け持ちしてやがるから、今一本気度が足りてねぇ。才能だけはトップクラスだっつーのに、マジで勿体ねぇ女だぜ。そういう所も気に食わねぇんだよな。


 後、可能性があるのは――



「石瑠翔真……かぁ?」



 真っ先に候補から除外した奴が、またまた候補に浮上しちまった。見るからに弱っちそうな奴なんだが、階層主を単独ソロで倒したとかいう噂もあるから、奴の評価は保留になっている。


 ネットじゃ、アイツはLV.1で階層主を倒したとか言われてやがるんだが、流石にコレは眉唾だろう。噂ってのは尾ひれが付くもんだしな。


 一先ずは、対抗戦の結果待ちだな。


 今回の騒動で――主に私の所為だが――アイツは他の組からの恨みを買いやがった。直に校内ネットにも諸々の詳細が書かれるだろう。そうなったら、周囲は"翔真潰し"に傾いて行く。


 ABC組vs.D組の戦いだ。


 普通なら結果は見えている。


 ただでさえ成績の低いD組を他の組が集中して狙って来やがるんだから、翔真達には万に一つも勝ち目はねぇだろう。此処での立ち回り次第で、奴の評価が決まると言って良い。


 もしも翔真が、他の三組を降す様な結果になったとしたら……その時は――



「――駄目だよ」


「!?」



 突然、背後から声を掛けられた。この私の不意を突ける奴なんざ、アカデミーには一人しかいねぇ。――天樹院八房。見知った気配を纏った男は、何考えてんだか分かんねぇ様な薄い表情を浮かべながら、私の事を見詰めていた。



「副会長が下級生を苛めちゃ駄目だよ。怪我をした子がいるって、生徒会に苦情が入ったよ」


「ハッ、それで私に説教か!? 生徒会長様が直々に御足労とは、結構な事だぜ!」


「それもあるけど――それだけじゃない。君が石瑠君に対してちょっかいを掛けているのは知っているよ? 彼、面白い生徒だし、構ってしまいたくなるのは分かるけれど……過度な接触は頂けないね。彼の成長の妨げになる」


「――ッ!」


「今朝、狂流川さんにも話をして来たよ。君達はやり過ぎた。遊ぶにしても少しは加減を覚えなよ。無いとは思うけれど……もし、彼が壊れてしまったら、どうしてくれるんだい?」


「……は? どうするって……ッ?」



 ――やべぇ。冷や汗が止まらねぇ。


 ……天樹院の野郎、ガチだ。


 ガチで私にキレてやがる。


 物腰こそ柔らかいが、全身を突き刺す様なプレッシャーは奴から放たれている。今迄は半信半疑。何かの間違いだとも思っていたが、此処に来てソレは確信に変わった! 天樹院八房は、石瑠翔真を明確に扱いしてやがる!!


 ――何故だ?

 ――奴に何がある?

 ――ただのD組の1年じゃねぇか。


 ――他の奴と、何が違う!?



「……ッ、わ、わかった……!」


「――」


「アイツとの接触は今後控える……! それで、テメェは満足なんだろう……!?」


「……何も、交流を断てとまでは言っていないよ。普通の先輩後輩の間柄を維持してくれるなら、僕からは何も言わない」


「じゃあ……ちょっと試合ってみるとかは?」


「駄目だね。実力差を考えなよ」



 にべもなく断られ、私は内心で歯噛みした。


 折角、アイツに興味が湧いて来たってのに、手を出す事が出来ねぇとはよ。


 ――ま、いいぜ。


 天樹院がそこまで言うなら、私も奴をじっくりと見極めてやる。私に此処まで期待をさせやがったんだ。つまんねぇ奴なら潰してやるさ。

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