第79話 1年生狩り


 教室から出た僕は、浪費してしまった時間を取り戻す様に売店までの廊下を急いでいた。途中、擦れ違う生徒達から好奇な視線を送られたりもしたけれど、特に害も無いので気にしない。どうせアレだ。昨日の件が話題になってたりするんだろう? 階層主の撃破。たかだか10階層のボス相手に騒ぎ過ぎなんだよ。


 ……まぁ、派手にやったのは自覚してるさ。


 おかげでD組の級長に任命されちゃったし、僕が知らないだけで、他にも面倒事を背負い込んでしまった様な気はしているよ。


 今はそんな事よりも、目の前の空腹を処理する事が先決だ。腹が減っては何とやら。幸い、まだこの時間帯なら、コッペパンでも何でも売れ残りのパンが残っている筈――


 ――と、その時だ。



「――おい!! やべぇよやべぇよ!!」


「1年の教室、ヤバい事になってんぞ!!」


「はぁ!? どゆこと!?」


「副会長の我道竜子が襲撃したんだってよ!」


「うぇっ、副会長の下級生イビリかよ……?」


「1年のB・C組が襲われたって!?」


「今は1-Aにいるらしいぞ!!」


「マジぃ!? ちょっと見に行ってみようぜ!」



 ――騒がしい生徒の集団と擦れ違った。彼等は慌しい様子で、1-Aへと走って行く。



「……我道竜子が、襲撃……?」



 一体あの女は、何をやっているんだ?

 しかもB、C組って……。



「――ッ!」



 ――その時、僕の頭に電流が走る。


 思い返すのは我道竜子とのファミレスでのやり取りだ。あの時僕は、強者を求める彼女へと、こんな事を言っていたんじゃなかったか?



『……1年なら、良いんですよね?』



 ――そうだ。そして僕は紹介した。


 C組の通天閣歳三を。

 B組の幽蘭亭地獄斎を。

 A組の鶯卍丸を。



「まさか――まさかまさかまさかッ!?」



 気付いたら僕は、駆け出していた。

 目指すはA組だ。


 これ以上の被害を出さぬ様。決して僕に飛び火しない様、祈りながら走るのだった……!





 1-Aに到着すると、教室の入口は野次馬で一杯になっていた。こんだけ雁首を揃えてるんだから、何人かは我道の凶行を止めりゃ良いのに。遂、自分でも出来ない事を思ってしまう。



「失礼失礼。退いて退いて――うッ!?」



 野次馬を押し退け、教室内へと入って行くと、そこには一戦を終えたであろう我道と、仰向けに倒れる小柄な少年の姿があった。


 紫色の髪をした少年、鶯卍丸うぐいすまんじまるは倒れたまま意識を失っている。右手は不自然な方向に曲がっており、パッと見て折れていた。付近には彼の武器である二振りの小太刀が転がっており、戦いの末に敗れたという事が理解出来た。


 立ち尽くす我道を睨むのは、二人の兄妹だ。金髪金眼に白制服。その見た目は双子であるが故に似通っていたが、彼等の性質は正反対と言えるだろう。傲慢苛烈な兄・針将仲路しんしょうちゅうじと、清廉潔癖な妹・針将百済しんしょうくだら。二人は襲撃者である我道を警戒しながら、奥の少女を守っていた。



「卍丸! 卍丸ッ!!」



 倒れた鶯へと呼び掛けるのは、同じく白の制服に身を包んだ黒髪ロングの女子生徒である。浮世離れした美貌の少女は、切れ長の瞳を潤ませながら、少年の安否を気にしている。恐らくだが、この場に居る男子生徒は思っただろう。その立場、代われるなら代わりたい――と。



「――んだよ、これで終いか。期待して損した……暇潰しにもなりゃしねぇ……」


「暇潰し……? ただの戯れで、貴女はこんな酷い事をしたのですか……?」



 女子生徒――1-Aの級長・御子神千夜みこがみせんやがキツく物申した。対する我道は然して効いた素振りも無く、御子神を煽る様に笑っていた。



「何だ? 文句でもあんのかよ、お姫様」


「ッ」


「抑えて下さい、巫女様。この様な手合い、相手をするだけ無駄かと……」


「左様。我道竜子よ。何故なにゆえこの様な狼藉を行ったかは知らぬが、貴様の目的は達しただろう? 早々に我が教室から立ち去るが良い!」


「……フン。目的つっても、不完全燃焼も良い所だぜ……ま、私の顔に一撃を入れたんだ。鶯卍丸ソイツにだけは及第点をくれてやるよ」


「……」



 どうやら、終わったみたいだね……?


 ふー、良かった。


 これ以上騒ぎが大きくなったら、どうしようかと思ってたんだ。鶯には悪いけど、御子神が無事でホッとしたよ。あそこ等辺は公家が絡んで来るから、本当に洒落にならないんだ。


 最悪、御家取り潰しとかも有るからね。


 無事に終わって、何より――



「……ん? ――おお! 何だ、態々見に来てたのかよ、テメェ!」


「げぇっ!?」



 みみみ、見付かったァァ――ッ!?


 楽しそうに、此方へと手を振る我道。

 逃げるのは厳しいか……ッ!?

 断腸の思いで、僕は集団の前へと出る。



「や、やぁ……奇遇ですね、先輩……」


「なーに畏まってんだよ! 私とお前の仲じゃねぇか。もっと気楽に接しろよ!」


「あはは……そ、そうですね……」



 バシンバシンと。

 笑いながら僕の背中を叩く我道。


 痛い痛い。

 打たれる度に、身体が軋む。



「そういや、見たぜ? テメェ、10階層を突破したみてぇだな? ほんのちょっぴり見直したわ。ま、つっても10階層だからな。難度自体は大した事ねぇ。天樹院に目を掛けられてる奴が、この程度で満足すんじゃねぇぞ?」


「は、はぁ……」



 褒められてるのか、嗜められてるのか――僕は不思議な気分になっていた。



「あー、それとな? お前に教えて貰った連中だけど……コイツ等、全然駄目だったわ」


『!?』


「あ、ちょ!? その話は――!!」



 慌てて止めに入ろうとする僕だったが、我道の口は止まらない。むしろ、確信犯的に此方の不都合な情報をベラベラと喋られてしまう。



「通天閣に幽蘭亭。最後に鶯だったっけかな? お前が言った連中は、さっき私がボコして来たけど、どれも歯応えが無かったぜ? 通天閣の野郎は一撃だったし。幽蘭亭は式神も入れて二撃で終わった。唯一、鶯だけは反撃を仕掛けて来やがったけれど……結局最後はあのザマだ」


「――待て! 聞き捨てならんぞ!!」


「あぁん?」


 針将仲路が、声を荒げる。



「先程の蛮行は、そこの屑の甘言に乗った末に行ったと聞こえたが――!?」


「甘言? ……まぁ、間違っちゃいねぇな。実際、翔真の奴に1年の目星い奴を聞いたのは本当だし。何の情報も無けりゃ、今頃テメェ等は平和な昼休みを過ごしてたんじゃねぇのか?」


「――ッ!!」



 怒りで顔を真っ赤にしながら、ギリギリと顔を此方に向ける仲路君。


 その形相はまるで阿修羅の様で、僕は必死に顔を背ける事しか出来なかった。



「えっと……つまり、この騒ぎって――」


「全部、石瑠翔真が仕組んだ事なのかよ!?」


「はぁぁ!? 何じゃそりゃ!?」


「鶯なんて、腕が折られてるんだぜ!?」


「酷ぇ……愉快犯にしても酷過ぎる……」



 ア――ッ!! またまたアンチ掲示板に燃料を焚べてしまった!! 周囲からの視線が痛い!!



「まさか――クラス対抗戦を見越して!?」


「!?」



 ハッとして、声を上げる針将百済。


 全く以ってそんな思惑は無かったのだが、好感度が急降下していた為に、憶測は事実として周囲に認識されてしまう。


 石瑠翔真=ヤバい奴という図式は、もう変えようが無いのだろうか? 世の理不尽を感じながら、僕は心の中で泣いていた。



「三組の主力を我道竜子に当てたのは、クラス対抗戦で1-Dが優位に立つ為か……!! 己ッ、姑息な真似をッ!!」


「盤外戦術なんて最低! 正面から戦って勝てないからって、2年生を利用したの!?」


「石瑠翔真……噂は耳にしていましたが……こんな酷い事をする人だなんて……」


『巫女様……』



 悲しみ、顔を伏せる巫女様。


 ――嗚呼! 違うんだ!!


 僕だって人気投票首位の御子神に、そんな辛い表情をさせたくないよォッ!!


 全ては我道!

 我道が諸悪の根源で――!!



「許さん、許さんぞ……石瑠翔真ァァッ!!」


「ひょ、ひょぇぇぇ――ッ!!」

 


 A組の全員から殺気を叩き付けられ、僕はその場から逃走した。逃げる際に見た我道の表情が、ニヤニヤとしていたのが腹立だしい。

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