第78話 報道部部長・文字坂白嶺


 ――SIDE:宇津巳早希――



 石瑠が教室から出て行った後、私はチャンスだと思って、紅羽ちゃんに近付いた。



「ごめん。ちょっと良い?」



 私を見て、目を大きくする紅羽ちゃん。私から接触するなんて意外だったかな? 彼女は周囲に目配せをしながら、静かにこくりと頷いた。


 確認するのは一点のみ。

 余り時間は取らせたく無かった。


 D組の教室を出て、廊下を移動する私達。周囲を見渡しながら人気が無い事を確認し、私は再度、彼女に声を掛ける。



「報道部の部長にアポを取ってみるから、都合の良い日程を教えて?」


「翔真の事、話してくれるの?」


「まぁ……約束だしね。ただ、交渉するのは紅羽ちゃんだよ? 部長と話した後、どんな反応が返って来るのかは保証出来ない」


「それで良いわ」


「自由探索、凄かったね?」


「……」


「紅羽ちゃんは知ってたの? その……石瑠翔真が、あそこ迄やれる探索者だったって事」


「取材のつもり?」


「まさか。ただの興味だよ」


「――知らなかったわ。ていうか、今も半信半疑。磯野達にはああ言ったけど、本当に翔真が階層主を倒したかどうかは分からない」


「でも、レベルは上がっていたよ? それに、到達階層数だって更新されてる」



 数字を見れば、石瑠翔真が10階層の階層主を倒したのは確定的だった。


 未だに信じられないのは、彼が単独ソロだったという事実だろう。直前のレベルが1というのも疑惑に拍車を掛けている。



「……せめて、目の前で戦っている所を見ていれば、話は違ったのだろうけれど――」


「途中で出て来た女の子は?」


「私も良く知らないわ。ただ、翔真の義理の妹さんだって話は聞いた事がある」


「……あの子は、石瑠が戦っている姿を見たのかな……?」


「気になるけれど、聞いちゃ駄目よ」


「え?」


「もしもあの子が、事故でABYSS内に入り込んでしまったのだとしたら、怖い思いもしたかも知れない……悪戯に悪い記憶を呼び起こす様な真似は、可哀想だし、しちゃいけないわ」


「……だね」



 少し、配慮が足り無かったかも。

 私は素直に頷いた。



「……実は、私からも聞きたいんだけどさ」


「何よ? 改まって……」


「私のこのカメラ――1-Cの生徒から取り返してくれたのって……石瑠なの?」


「――え? 言ってなかったっけ?」


「――」



 聞いていない。

 全く、全然聞いていない。



「……それ、知ってたら、さ……私だって……恩人を悪くなんて書かなかったのに……」


「え!?」


「今更だから、もう良いけど……」



 別に、紅羽ちゃんが悪かった訳じゃない。


 報道部の癖に裏取もせず、第一印象だけで相手を悪者だって考えていた自分が一番悪いのだ。


 ――後で、石瑠に謝らなきゃ。


 謝るだけで済むのかなぁ?


 私のやっていた事……普通にエグいよ。


 せめて、SNSの騒動は私が抑え付けないと。何処まで出来るかは分からないけど、精一杯――ううん、絶対に何とかしなきゃ!!



「……それで早希。話を戻すけれど、報道部の部長は何という名前なの?」


「報道部部長は文字坂白嶺もんじざかしらみね先輩。2年生だよ」


「2年生で報道部の部長を務めているの?」


「最近代替わりしたんだよ。アカデミーって部活動の所属は自由にしてるけど、メインはやっぱりABYSS探索じゃない? 3年になったら活動から身を引くって言う先輩は珍しく無いよ」


「……」


「文字坂先輩は2-Bに所属しているの。……これだけで、何で石瑠の事を標的にしているのかは分かるでしょ?」


「――もしかして、御姉さん絡み?」



 私は、ゆっくりと頷いた。



「文字坂先輩は、石瑠の御姉さん――石瑠藍那先輩を目の敵にしているの。理由は嫉妬だとか言われてる。これは2年の間では割と有名な話で、だからこそ石瑠翔真が目立った時に、我先に取材を開始したんだとか言われていたわ」


「何よそれ!? それじゃ完全に――」


「――私怨……だよね。私も感心はしていなかった。唯、毒を以て毒を制すと言うか、見て見ぬフリをしていた点は私にもあると思う」


「……」


「文字坂先輩に交渉するのは止めないよ。けれど、そんな先輩だから過度な期待はしないでね。私も個人で工作して、石瑠叩きの流れを変えてみる。それくらいの努力はしないと、助けてくれた石瑠に申し訳が立たないから」


「早希――」


「あ! いたいたっ! 探したよ宇津巳君!!」


『!』



 廊下の向こう側から、見知った女子の先輩が私の方へと駆け寄って来る。銀髪ショートカットの先輩は、少女歌劇の男役の様な印象を抱かせる人物。身長が高く、顔立ちも整っており、多分同性からの人気は高いと思う。



「文字坂先輩……!」


「!」



 まさか、こんなタイミングで会えるなんて。


 ――早速、紅羽ちゃんに紹介しよう。


 私が思った、その時だ。文字坂先輩は、慌てた様子で私の両肩を掴んで来た。



「スクープだよ、宇津巳君! 我道竜子が!! 何故だか知らないが、今、彼女は1年生の教室を虱潰しに襲撃している! 既に被害を受けたのはC組の級長・通天閣歳三つうてんかくとしぞうと、B組の級長・幽蘭亭地獄賀ゆうらんていじごくさいの二人だ!」


『は――ッ!?』


「む、メールか!? ……どうやら、1-Aも襲撃されたらしい。級長の御子神千夜みこがみせんやは無事だが、代わりに同PTの鶯卍丸うぐいすまんじまるが腕を折られて重傷だとか……現場は混乱しているみたいだね? すぐに一緒に来て! 現場に急行するよッ!!」



 目を蘭々と輝かせながら、文字坂先輩は私の手を取る。彼女の魔晶端末ポータルからはメールの着信音が鳴り止まず、既に色々な場所から情報が集まって来ている様だった。


 ……石瑠の事を話したかったけれど、今はそれ所じゃ無いのかも。取材モードに入った文字坂先輩は、誰であろうとも止められない。


 それなら――



「文字坂先輩! 此処にいる私の友達も、連れて行って良いですか!?」


「ん? 誰だい、彼女は?」


「……1-Dの鳳紅羽です」


「鳳――あぁ成程! 翔真君の件で取材中だったのかな!? いいともいいとも! 旅は道連れとも言うしね。一緒にスクープを追って行こう!」



 勘違いをしながら、頻りに頷く先輩。


 紅羽ちゃんは呆れた様な顔を浮かべているけれど、こう言う絶妙に話の通じない先輩だって言う事は、理解してくれたんじゃないかな?

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