第73話 ただいま


 時刻は深夜2時。試験前の学生じゃあるまいし、探索者の大半は寝静まっている時間だ。


 転送区へと戻って来た僕だけど、深夜帯という事もあって、クラスメイト達の出迎えには期待していなかった。ていうか、むしろ出迎えるな。麗亜の件もあるから、出来るならクラスメイト達の目には付きたくはなかったのよね。


 ……実際には、皆起きていたけど。



『――翔真!!』



 僕の姿を見るや否や、1-Dの連中が此方へと一斉に駆け寄って来る。恐らくは出待ちしていたのだろう。有名人の気分? いや、どちらかと言うと逮捕される直前みたいな感じかな。



「お前……! 良く無事で……ッ!!」


「皆、心配してたんですよ!?」


「オーホッホッホ!! 流石は石瑠翔真!! 私が見込んだ男ですわぁ――ッ!!」



 相葉・芳川・武者小路の級長候補三人が、それぞれ僕へと声を掛ける。


 後ろに居る面子もソワソワした感じで落ち着きが無い。彼等が驚く程に、僕が行った探索はこの世界では異常だったのだろう。



「階層主を倒したんだな……?」


「まぁね」


「何でアンタが……!? どうやって!?」



 驚愕する神崎と紅羽。


 周りの連中も聞きたいのはソレか。説明してやっても良いけれど、流石に今日は草臥くたびれた。またの機会でと言いたいけれど、コイツら離してくれ無さそうなんだよなぁ……?


 そうこうしていると、僕は離れた場所で手持ち無沙汰にしている妹の姿を発見した。



「……話はまた今度で良いかい? こっちにも先約があってね。やんちゃな妹を家に連れ帰らなきゃいけないのさ」



 言って、僕は集団の輪から抜け出した。連中は後髪を引かれる様な顔をしていたが、流石に家族の事となると無理強いはしない様だ。


 突っ立ってる麗亜へと、向き合う僕。



「じゃあ、行くか?」


「う、うん……」



 言葉数は少なかった。大人しくなった麗亜を連れて、僕はアカデミーの外へと出て行った。





 帰宅路を歩きながら、僕は不思議な感覚を覚えていた。石瑠翔真の妹とは言え、石瑠麗亜とは関わり合いが薄く、当人に嫌われている自覚もあるから、こんな風に一緒に出歩く機会が有るとは想像だにしていなかった。


 故に新鮮だ。何を話したら良いのか全く分からない。同年代でも分からないのだから、年下の妹なんて以ての外だ。……かと言って、僕が麗亜に対して過剰な気を使っている訳では無い。沈黙は嫌いじゃ無いし、何だかんだで僕も探索で疲れていたからね。余計な思考をしなくて済むなら、それに越した事はないだろう。


 道中、無言のままで歩いていると。



「……手、繋がないの……?」



 麗亜が、ポツリと呟いた。


 ……?


 誰に言ってるんだろう……?


 僕は一瞬、判断に困ったが。声を掛けられて黙ってるのも感じが悪いので、仕方が無く妹との会話に参加してやる事にした。



「繋いでどうするんだ?」


「……」



 僕が問い掛けると、麗亜の奴はそのまま黙ってしまう。……どうやら、バッド・コミュニケーションだった様だ。


 肩を竦めながら、僕は再び前を向く。


 て言うか、何でこんな事を聞いてくるんだ?


 もしかして……緊張してる?


 勝手にABYSS探索へと行ったから、帰って姉さん達から怒られると思ってるのかな? まぁそりゃ怒られはするだろうけれど、そこは自分がやった事だから、観念して欲しい所だね。


 つーかそもそも、何で麗亜はABYSSに行ったんだよ? ABYSS探索は中学3年からで、15歳からが最速だろう? 魔晶端末ポータルの入手経路も謎だし、ヤバい事でもしてたんじゃないか? もしそうなら、怒られるのは当然だぞ?


 僕は少し、麗亜の事が心配になった。



「……お前さ、何であんな無茶をしたんだ?」


「!」


「探索者に成りたいなら、正規の手段で挑戦すれば良かっただろう? 何で今――」


「……焦ってたのよ」



 俯きながら、言葉を返す麗亜。

 僕はソレを黙って聞いた。



「私、藍那姉様に憧れていたから。姉様の在学中に探索者に成りたかった。姉様と一緒にPTを組んで、ABYSSを探索して見たかったの……」


「それで罷り間違って10階層か……」


「……何であんな場所に居たのか、私も覚えていないわ。受付で誰かに話し掛けられた様な気はしたんだけれど――」


「そこは別に良い」



 どうせ某アイドルの仕業だし。


 道中で襲い掛かって来た大量の魔物に、麗亜の洗脳。こんな事が出来るのは【絶対支配ドミネーション】持ちのアイツしかいない。


 目的は――特に無いんだろうな。


 面白そうだったから、やっただけ。仮に誰かが死んだとしても、奴は「あーあ」の一言で済ませるのだ。価値観の合わない狂人。だから僕はアイツとは――アイツ"等"とは、関わり合いに成りたくなかったのだ。


 麗亜は……何と言うか、運が悪かったな。


 普通なら注意して嗜められて、それで終わりな筈だったのに、狂流川とか言う狂人に唆されて、事を大事にしてしまったのだ。


 僕にも原因はあるだろう。


 麗亜が狂流川に狙われたのは、十中八九、僕の所為だ。麗亜が僕の妹だから――だから狂流川が利用した。きっと面白い事になるぞ、と。北叟笑ほくそえんでたに違いない。


 そう考えると、麗亜は不憫だよな。


 本当なら2階層から順当に始められる探索を、いきなり階層主へとぶつけられてしまったのだ。身体は無事でも心はどうだ? 今後PTSDを発症してもおかしくは無い状況だっただろう。考えれば考える程に、狂流川の事は許せない。


 ――だから、自然と口に出た。



「実際に探索してみて、どうだった? あんな風に危ない目に遭って、それでもまだ諦めないで、やって行きたいと思っているの?」



 暫しの沈黙の後、麗亜は小さく頷いた。



「……怖かったけど……後悔したけど……それでもやっぱり、諦めたく無い……!」


「姉さんに追いつく為、か……」


「――それだけじゃないわ! その、今回の事で思ったの……私、翔真みたいな探索者に――」


「――麗亜!!」



 言葉は途中で遮られる。自宅近辺まで歩いて来ていた僕達は、外で帰りを待っていたであろう、姉さん達に出迎えられた。



「馬鹿者、心配したんだぞ!!」


「姉様……うぁ、うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」



 藍那姉さんに抱き締められた事で、張り詰めていた緊張が緩んだのだろう。姉さんの胸元に顔を埋めながら、麗亜は年相応に泣いていた。


 ――此れにて、一件落着かな。


 感動の再会を邪魔しない様、僕はゆっくりとその場から離れて行く。嫌われ者でも、空気を読むくらいは出来るのさ。



―――――――――――――――――――――


 いつも応援ありがとうございます!


 此れにて第02章は終了となります。作者の所感と次章について、近況ノートを更新しましたので、気になる方はチェックしてみて下さい。

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