第73話 ただいま
時刻は深夜2時。試験前の学生じゃあるまいし、探索者の大半は寝静まっている時間だ。
転送区へと戻って来た僕だけど、深夜帯という事もあって、クラスメイト達の出迎えには期待していなかった。ていうか、むしろ出迎えるな。麗亜の件もあるから、出来るならクラスメイト達の目には付きたくはなかったのよね。
……実際には、皆起きていたけど。
『――翔真!!』
僕の姿を見るや否や、1-Dの連中が此方へと一斉に駆け寄って来る。恐らくは出待ちしていたのだろう。有名人の気分? いや、どちらかと言うと逮捕される直前みたいな感じかな。
「お前……! 良く無事で……ッ!!」
「皆、心配してたんですよ!?」
「オーホッホッホ!! 流石は石瑠翔真!! 私が見込んだ男ですわぁ――ッ!!」
相葉・芳川・武者小路の級長候補三人が、それぞれ僕へと声を掛ける。
後ろに居る面子もソワソワした感じで落ち着きが無い。彼等が驚く程に、僕が行った探索はこの世界では異常だったのだろう。
「階層主を倒したんだな……?」
「まぁね」
「何でアンタが……!? どうやって!?」
驚愕する神崎と紅羽。
周りの連中も聞きたいのはソレか。説明してやっても良いけれど、流石に今日は
そうこうしていると、僕は離れた場所で手持ち無沙汰にしている妹の姿を発見した。
「……話はまた今度で良いかい? こっちにも先約があってね。やんちゃな妹を家に連れ帰らなきゃいけないのさ」
言って、僕は集団の輪から抜け出した。連中は後髪を引かれる様な顔をしていたが、流石に家族の事となると無理強いはしない様だ。
突っ立ってる麗亜へと、向き合う僕。
「じゃあ、行くか?」
「う、うん……」
言葉数は少なかった。大人しくなった麗亜を連れて、僕はアカデミーの外へと出て行った。
◆
帰宅路を歩きながら、僕は不思議な感覚を覚えていた。石瑠翔真の妹とは言え、石瑠麗亜とは関わり合いが薄く、当人に嫌われている自覚もあるから、こんな風に一緒に出歩く機会が有るとは想像だにしていなかった。
故に新鮮だ。何を話したら良いのか全く分からない。同年代でも分からないのだから、年下の妹なんて以ての外だ。……かと言って、僕が麗亜に対して過剰な気を使っている訳では無い。沈黙は嫌いじゃ無いし、何だかんだで僕も探索で疲れていたからね。余計な思考をしなくて済むなら、それに越した事はないだろう。
道中、無言のままで歩いていると。
「……手、繋がないの……?」
麗亜が、ポツリと呟いた。
……?
誰に言ってるんだろう……?
僕は一瞬、判断に困ったが。声を掛けられて黙ってるのも感じが悪いので、仕方が無く妹との会話に参加してやる事にした。
「繋いでどうするんだ?」
「……」
僕が問い掛けると、麗亜の奴はそのまま黙ってしまう。……どうやら、バッド・コミュニケーションだった様だ。
肩を竦めながら、僕は再び前を向く。
て言うか、何でこんな事を聞いてくるんだ?
もしかして……緊張してる?
勝手にABYSS探索へと行ったから、帰って姉さん達から怒られると思ってるのかな? まぁそりゃ怒られはするだろうけれど、そこは自分がやった事だから、観念して欲しい所だね。
つーかそもそも、何で麗亜はABYSSに行ったんだよ? ABYSS探索は中学3年からで、15歳からが最速だろう?
僕は少し、麗亜の事が心配になった。
「……お前さ、何であんな無茶をしたんだ?」
「!」
「探索者に成りたいなら、正規の手段で挑戦すれば良かっただろう? 何で今――」
「……焦ってたのよ」
俯きながら、言葉を返す麗亜。
僕はソレを黙って聞いた。
「私、藍那姉様に憧れていたから。姉様の在学中に探索者に成りたかった。姉様と一緒にPTを組んで、ABYSSを探索して見たかったの……」
「それで罷り間違って10階層か……」
「……何であんな場所に居たのか、私も覚えていないわ。受付で誰かに話し掛けられた様な気はしたんだけれど――」
「そこは別に良い」
どうせ某アイドルの仕業だし。
道中で襲い掛かって来た大量の魔物に、麗亜の洗脳。こんな事が出来るのは【
目的は――特に無いんだろうな。
面白そうだったから、やっただけ。仮に誰かが死んだとしても、奴は「あーあ」の一言で済ませるのだ。価値観の合わない狂人。だから僕はアイツとは――アイツ"等"とは、関わり合いに成りたくなかったのだ。
麗亜は……何と言うか、運が悪かったな。
普通なら注意して嗜められて、それで終わりな筈だったのに、狂流川とか言う狂人に唆されて、事を大事にしてしまったのだ。
僕にも原因はあるだろう。
麗亜が狂流川に狙われたのは、十中八九、僕の所為だ。麗亜が僕の妹だから――だから狂流川が利用した。きっと面白い事になるぞ、と。
そう考えると、麗亜は不憫だよな。
本当なら2階層から順当に始められる探索を、いきなり階層主へとぶつけられてしまったのだ。身体は無事でも心はどうだ? 今後PTSDを発症してもおかしくは無い状況だっただろう。考えれば考える程に、狂流川の事は許せない。
――だから、自然と口に出た。
「実際に探索してみて、どうだった? あんな風に危ない目に遭って、それでもまだ諦めないで、やって行きたいと思っているの?」
暫しの沈黙の後、麗亜は小さく頷いた。
「……怖かったけど……後悔したけど……それでもやっぱり、諦めたく無い……!」
「姉さんに追いつく為、か……」
「――それだけじゃないわ! その、今回の事で思ったの……私、翔真みたいな探索者に――」
「――麗亜!!」
言葉は途中で遮られる。自宅近辺まで歩いて来ていた僕達は、外で帰りを待っていたであろう、姉さん達に出迎えられた。
「馬鹿者、心配したんだぞ!!」
「姉様……うぁ、うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」
藍那姉さんに抱き締められた事で、張り詰めていた緊張が緩んだのだろう。姉さんの胸元に顔を埋めながら、麗亜は年相応に泣いていた。
――此れにて、一件落着かな。
感動の再会を邪魔しない様、僕はゆっくりとその場から離れて行く。嫌われ者でも、空気を読むくらいは出来るのさ。
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いつも応援ありがとうございます!
此れにて第02章は終了となります。作者の所感と次章について、近況ノートを更新しましたので、気になる方はチェックしてみて下さい。
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