第70話 階層主・魔神イーフリート②


 10階層毎に存在するボス――階層主。奴等が鎮座するこのエリアは今まで探索して来た迷宮とは趣きが違う。場所も然程広くも無いし、戦いをやり過ごすなんて事は不可能だろう。


 謂わば、此処は決闘場。


 蔦と苔が宿る朽ちた遺跡。神聖さすら感じる静謐なこの空間は、立ち入った探索者を閉じ込める檻なのだ。獲物を目の前に舌舐めずりをする火炎の魔獣。見た目は角の生えた獅子の様だが、その戦闘力は強大だ。階層主と呼ばれるだけあって、奴等は野良の魔物とは比較にならない強さを誇っている。間違っても単独編成ソロで攻略しようとする相手では無いだろう。


 ――だからこそ、面白い。


 不可能だ。出来ないと言われる度に、僕の様な人種は熱くなる。これはゲーマーとしての性なのだろうか? この世界に来てから初めて、僕は心底この状況を楽しんでいた。


 ……麗亜の奴は、と。

 ……よしよし。遠くで大人しくしているな。


 戦闘に巻き込まない様、麗亜のいる地点には近付かない様に気にしておこう。



「魔神イーフリートか……」



 灼熱の魔神と言うと、何だか陽気な奴を想像するけど、実物は大きいワンコだな? 飛び散る火の粉で火炎耐性の無い装備は燃えてしまうから、制服を脱いでいたのは正解だった。僕がイーフリートへと近付くと、奴は召喚した焔を身に纏う。通称・炎の鎧。あの状態になったイーフリートには火炎属性は通用しない。まぁ、火を纏っている奴に火をぶつける馬鹿なんて何処にもいないとは思うけど、魔法【アタッカー】の攻撃手段が一つ潰されるのは厄介かな?



「――ッ!!」



 イーフリートは、身に纏った炎を礫の様に飛ばして来た。命中精度は低く、複数発射された炎弾は出鱈目な場所へと着弾し、付近の石像を燃やし融かす。実際に当たったらどうなるのかは、火を見るよりも明らかだ。


 残念ながら、現状のターンでは僕に出来る事は何も無い。炎の鎧には接触ダメージがあり、不用意に近寄れば燃やされてしまう。物理耐性は無くとも、近距離【アタッカー】殺しではあるのだ。今は耐え忍ぶのが最善だろう。


 ミドルレンジを意識しながら、僕は迫り来る炎弾を紙一重で避けて行く。弾速自体は速いので、余裕ぶっているとすぐにあの世行きだ。距離が離れ過ぎていると、大ジャンプからの間合い詰め範囲大攻撃がやって来るので、誤爆しない様に立ち回ろう。


 炎弾を放つ度に、イーフリートの炎の鎧はその火を小さく萎めていく。


 ……そろそろかな?


 思った時、イーフリートのモーションが変化する。縮んでいた炎が爆発的に燃え上がり、開いた口からは火球が膨れ上がっていた。


 ――インフィニティ・フレア。



「よしきたッ!!」



 イーフリートが放つ最大の奥義。全てを燃やし尽くす一条の熱線は、正攻法では躱す以外にやり過ごす手段は存在しない。溜めモーションからタイミングを見計らっていた僕は、その熱線を飛んで躱す事に成功していた。後少し遅ければ、直撃はしなくとも背中はこんがりと焼けていただろう。コイツが初見では難しい。


 火炎耐性装備に胡座を掻いた【タンク】が、イーフリートの対処をおざなりにすると、高確率でコイツを喰らってしまうのだ。


 良くて瀕死。悪くて即死。


 防御の要である【タンク】を失ったPTは、続く炎弾を防げない。ジリジリと消耗して壊滅するのがお決まりのパターンだろう。


 ゲームなら良いよ?

 やり直せるから。


 だけど、こっちは現実だ。


 レガシオンには蘇生魔術なんて存在しない。死んだら勝手に転送区へとリスポーンするのだ。こっちじゃソレは有り得ないだろう?


 アカデミー全体で探索進度が遅れているのも、そう言った理由があるのかも知れない。誰だって命は惜しいだろう? リスクの高い場所には、そう簡単には踏み込めないという事だ。



「追撃チャンス――!!」



 火炎を吐き終わった後、イーフリートの炎の鎧は消失する。息切れ状態で動き自体も鈍くなるから、ダメージを与えるなら今だろう。


 細剣レイピアを抜き放ち、地を蹴ってイーフリートへと肉薄する僕。敵も案山子では無いので当然反撃はしてくるものの、大振りの一撃は躱すのも容易かった。振るわれた腕を飛んで避け、退いて躱し、太い上腕を足場としつつ、イーフリートの頭上へ跳躍。繰り出された殴り攻撃を空中で身を捩って回避しながら、僕は細剣の先端を魔神の右眼へと突き出した。



『ギャオオオオッ!?』



 潰れた眼球の傷みに耐えかね、イーフリートはその両腕を滅茶苦茶に振り回して来る。擦過する拳に、ひやりとする様な風圧を感じながら、僕は欲張らずに後退した。暫くして様子を取り戻したイーフリートは、再び焔を召喚。同じモーション・パターンを繰り返して行く。


 そこから先は、もはや作業だった。


 敵の攻撃を躱しつつ、チャンスと見るや弱点部位を狙って行く。たっぷりと2時間が経過した頃、無傷の僕とは対照的に、イーフリートは無事な箇所の方が少ない有様となっていた。


 肉体の至る所に黒い血を垂れ流したイーフリートは、崩れる様に僕の前へと頭を垂れる。



「……」



 ……スマン。


 思いながら、僕は 細剣レイピアの切っ先をイーフリートの額へと突き入れた。


 嬲る気は無かった。

 だから、これで即死して欲しい。


 僕の願いが通じたのか、イーフリートの肉体から燐光が浮かび上がる。消失の兆候。魔晶への変換現象だ。光と共に輪郭を失っていく魔神。気の所為だろうか? 消える瞬間、イーフリートが僕へと笑い掛けた様な……?


 ……余りにも都合の良い妄想だ。


 僕は首を横に振ると、残された緋色の魔晶を自身の魔晶端末ポータルへと吸い込ませた。


 第10階層階層主。

 灼熱の魔神・イーフリート。


 攻略、完了である――



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