第68話 疾走する翔真


 ふわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!


 僕は、風の様に駆けていたッ!

 求めるは最大効率!!


 進路上に魔物が居たとしても迂回はせず、隙間を縫っては駆け抜ける! 一撃受ければ即瀕死! 回復薬も一つもない! 限界ギリギリのサバイバルに、死と隣り合わせのスリルを感じながら、第3〜8階層を、駆けて駆けて駆け抜けたッ!


 アドレナリンは、ドバドバだァ――ッ!!

 もう、何も怖くなァァいッ!!


 藍那姉さんのシゴきが効いているのだろう。9時間連続で走りっぱなしでも、全く体力は尽きなかった! むしろ何か、気持ち良い……!?



「あは! あははは! アハハハハハ――ッ!!」



 火照った身体にシャツはいらなァい! 走りながら上半身裸となった僕は、シャツ、ブレザー、ネクタイ、肌着と。制服の上着一式を纏めて魔晶端末ポータルへと収納する!!


 下半身は――まぁいいや!

 鬱陶しくなったら、考えよう――!!



「グヘヘッ! 待ってろよォ、麗亜〜〜ッ!!」



 回転する視界。

 血走った眼で、僕は第9階層を駆けて行く。


 口元は汗か涎でベチョベチョだ! 人としての尊厳なんてもっての他!! 僕をこんな目に合わせた犯人には、キッツ〜いオシオキをしてあげないとねェェッ!?


 決意を新たにした、その時である。



「――転移石ッ! ……麗亜かッ!?」



 通路の曲がり角を曲がると、そこには転移石が浮遊する大広間があった。


 第9階層の終着点。


 そこに辿り着いた僕は、虚な表情を浮かべながら、転移石へと向かう妹の姿を目撃した。



 ――見付けたァァァァ――ッ!!



 手間取らせやがって、あのメスガキィ!!


 誘拐犯の姿は見当たらないが、今はそんな事はどうでも良い!! 即刻身柄を確保して、石瑠邸へと連れ帰ってくれるわァ――ッ!!



「麗亜ァア!! お前、何をして――げッ!?」



 麗亜の右手には魔晶端末ポータルが握られていた。端末の画面へと指を置くと、魔晶端末ポータルは転移時の光を発生させる。



「ば――ッ」



 ――階層更新!? 馬鹿が!! 次の階って言ったら……10階層じゃないかッ!?


 階層主……!!

 つまりは、ボスのいるエリアである。


 弱っちい石瑠麗亜なんかが足を踏み入れたら、秒で挽肉に変わっちゃうぞぉっ!?



「ま、待て麗亜!! 転移をキャンセルするんだ!! 今ならまだ――!!」


「――」



 僕の叫びも虚しく、光が収まった時には、妹の麗亜は10階層へと転移してしまっていた。


 最後に見たあの表情……アレは、笑顔……?



「……成程?」



 えーっと……つまりコイツは、だ。第10階層まで着いて来い――ってぇ、事なのかな?


 控え目に言って――馬鹿なのかな?

 何だ? この鬼畜難易度。


 入学して一週間で、10階層の階層主を倒せだって? 中等部は勿論、1-Cの連中だって未だ梃子摺っている魔物なのに?


 イベントだとしても酷過ぎる。 

 いやいや、下手をしなくとも死にますがな。


 僕を何だと思ってるんですぅ?



「――」



 ――ま、行くけど。


 何処の馬鹿がこんな事を仕組んだのかは分からないけれど――挑まれたならば、受けて立つ。それが、トップランカーの矜持である。


 幸い、だけは手に入れてたのよね……?


 後は、早いか遅いかの違いだけ。


 次元収納から聖水の小瓶を取り出した僕は、右手の薬指に宿る呪いの指輪カースリングへと中の液体を振り掛けた。ジュッとした煙が上がったら、解呪成功。聖水の効果が発揮されたのを確認し、指輪に手を掛けると、呪いの指輪カースリングは何の引っ掛かりもなく、薬指から抜けて行く。階層主を倒したらまた着けるので、コレは次元収納へと仕舞っておこう。解放された手を握ったり開いたりして、右手の調子を見ていく僕。


 ……うん。大丈夫だ、問題ない!!


 討伐アイテムとか、諸々の用意はしてないけど、僕なら何とかやれるだろう。


 ランナーズ・ハイという奴か?


 今なら、何でも出来るという自信があった。


 よぉし……!

 待っていろよ、石瑠麗亜……!!


 十中八九"洗脳"状態なんだろうが、僕が何とかして助けてやるぞッ!!


 何てったって、を守るのは兄の――



「ぐぅッ――!?」



 ――瞬間、脳が焼き切れるかの様な激痛を味わう。見覚えの無い光景。割れたアスファルト。点滅する信号機。遠くから聞こえるラジオは何を言ってるのか分からない。真っ青な空の下、僕等の都市は破壊され、手を引く◼️◼️は赤と赤と赤と赤に塗れ塗れ狂狂ひひひヰヰヰ――


 耳鳴りの様な感覚に、その場へと跪く僕。


 ――駄目だ。


 ――これ以上は、


 何も考えない事を意識して、ゆっくりとゆっくりと深呼吸を繰り返す僕。反復作業は心を落ち着かせ、やがて視界は元へと戻り、垣間見えた"世界"は、忘却の彼方へと押し込まれる――



「……今の……何だ……?」



 痛みだけが残っていた。


 振り返るのも恐ろしかった僕は、荒い息のまま手元の魔晶端末ポータルを操作して、まるで逃げ去る様に10階層へと転移した。



「早く、早く――」



 そう、早く――


 今は階層主と、戦いたい。


 全てを忘れる"バトル"をしよう――

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