第67話 第5階層② 武者小路PT


 ――SIDE:宇津巳早希――



 ――石瑠翔真が本気を出した。


 最初に異変に気が付いたのは、歩き魔晶端末ポータルをやっていた鈴木だった。


 顰めっ面で「行儀が悪いですわ」と指摘する武者小路さん「情報収集も大事っしょ?」と居直る鈴木が、突然大きな声を上げたのだ。



「い、石瑠の奴が、第6階層を進んでるッ!?」



 鈴木の言葉は、私達全員を驚かせた。


 ――だって、それまで眠っていたかの様に第3階層で停滞していた石瑠がよ!?


 気付いたら私達を追い越していたなんて、そんなの、予想出来る訳無いじゃない!!


 慌てて探索を急ぐ私達。


 けれど、その差はドンドン開いて行って――



「まじか……」



 現在時刻は21時。未だ第5階層に留まっていた私達は、鈴木の掠れる様な声に振り返る。


 前日には、朝まで探索するぞー! ……な〜んて意気込んでは居たものの、現実としては今が限界ギリギリだった。遭遇する魔物は軒並み私達よりも格上だし、出会っては逃走しての繰り返しで、皆の身体はヘトヘトだ。



「――また、石瑠か?」



 番馬君が鈴木へと問い掛ける。疑問符は付いていたけれど、それは半ば確信だ。


 此処数時間は、どのPTも第5階層で足止めを食らっていたと思う。階層の広さもそうだけど、単純に出現する魔物が厄介なのよ。苦戦してたウェアウルフは徒党を組んで出現する様になったし、偶に遭遇するゴーレムは私達のレベルでは絶対に敵わない。空飛ぶ蝙蝠・キラーバッドも素早くて厄介だし、【ヒーラー】である私を優先して狙って来るから、気が気じゃない。


 例外なのは、石瑠だけ。


 アイツだけは早々に、第5階層を抜けていた。


 一度だけの階層更新なら、転移先に恵まれたんだって思う事も出来たけど、それが二度三度と続くと、流石に考えも変わってしまう。



「……」



 黙ったまま、鈴木は自身の魔晶端末ポータルの画面を私達に見せて来た。



 25.[ノービズ] LV.1 石瑠翔真 [8F]



『――』



 もう驚かないって、決めていたのに――その場に居る全員が思わず息を呑んでしまう。



「ズルをしてるって訳じゃねぇんだよな?」


「……例えば?」


「生徒会長に"キャリー"して貰ってるとか?」


「有り得ませんわ。天樹院会長がその様な事に時間を割くとは思いませんし、翔真が卑怯な手段を使っているとも思いません!」


「そりゃ、オジョウはそう言うかも知れねぇけどさー? 現実に出来んのか、こんな事?」


「……今調べてみたが……1-Cの最高到達階層数が[9]らしい……石瑠は僅か一週間で……奴等の一年間の蓄積に迫っているという事になる」


「それだけじゃない……」


「?」



 皆、分かっていて敢えて触れてないの?


 到達階層数もそうだけど、本当に異常なのは、アイツのレベルでしょう……?



「LV.1……アイツは一度も成長しないまま、到達階層を伸ばしてる。私達だって苦戦してるのに……何でそんな事が出来るのよ!?」


「それは――」


「知識による賜物……か?」


「例えABYSSについて他人よりも詳しかったとしても、此処までの事は誰も出来ないし、腕力や敏捷が低ければ、魔物の攻撃を躱す事や、防ぐ事だって難しいでしょう!? 近眼の生徒が甲子園球児の球を打つぐらいの事をアイツはやってるのよ!? こんなの絶対異常よッ!!」


「むぅ……」


「そう言われると、確かにな……」



 二人は私の言葉に唸っている。そこから口を挟んだのは、武者小路さんだ。



「……言いたい事は分かりましたわ。けれど、力量の異なる相手を異常と断じるのは簡単な事。私達はそこから相手を理解して、学んで行かなければ、いけないのではなくて?」


「学ぶって――?」


「少なくとも私は、今日一つの事を学ぶ事が出来ましたわ……」



 言って、武者小路さんは自身の魔晶端末ポータルを取り出した。端末の画面には【緊急脱出】の文字が表示されている。


 まさか――武者小路さん!?



「――敗北を知りました。だから、今回の探索は、これで終わりとさせて頂きます」


『!?』


「勘違いしないで下さいまし? 私は自棄になっている訳じゃありませんの。冷静に判断して、これ以上の探索は不可能だと思ったのですわ」


「で、でも! それじゃあ級長は!?」


「残念ですが――諦めるしかありませんわね」


『!!』



 あっけらかんと、武者小路さんはそう言った。あんなにも級長に固執してた人が、こうも簡単に勝負を諦めるだなんて……!?


 私達は、そっちの方に驚いてしまう。



「それに……翔真なら……構いませんわ……」


「え!? なんだってー!?」


「〜〜! 鈴木には言ってませんわ!! 兎に角、探索は終わり!! これ以上無茶をして、私の様に怪我をさせてしまったら元も子もありませんもの! 皆、転送区へと戻りますわよ!!」


「わ、分かったからオジョウ! 危ねぇから薙刀を振り回すなってーの!!」



 騒ぎ始める鈴木と武者小路さん。何だか私は、少し置いてかれた気分だった。



「終了か……御苦労だったな、宇津巳」


「……番馬君もね?」



 私達の探索は、これで終わった。


 紅羽ちゃんとの約束も果たさなきゃな……聞きたい事も一杯あるし、もしも石瑠の言っていた事が正しかったなら、私は彼にどんな事をして詫びれば良いのだろう……?

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