第66話 第5階層① 芳川PT


 ――SIDE:卜部正弦――



 俺達は運が良い。


 現在時刻は17時。


 長時間探索にも慣れたのか、昨日よりも体の調子は悪くない。強敵と思しき魔物は相手をせず、ただ只管ひたすらに探索進行を優先した。


 結果として、第5階層は1位で通過。


 相葉や武者小路は第4階層で苦戦中。此れは又とない好機だと俺は思う。到達階層数がタイになってしまえば、後は各リーダーの一騎打ちで勝敗を決める事となってしまう。【ヒーラー】の芳川さんでは相葉や武者小路を打倒する事など出来ないだろう。もつれた時点で、俺達の敗北は決定するのだ。


 何としてでも、ABYSS探索で差を付けなければならない。連中が現時点で第4階層に梃子摺っているという事は、行っても今日中は第5階層までの更新に留まるだろう。その隙に、俺達が第6階層まで足を伸ばせたら――


 勝てる!!

 級長は芳川さんに決定だ!!


 今日に至ってやる気を無くしたのか、不確定材料の石瑠も暫く第3階層で止まっていた。2時間前に漸く第4階層へと潜った様だったが、今更何をしても遅いだろう。


 順当に行けば、俺達の勝ちは揺るが無い。



「……あら?」



 道中、魔晶端末ポータルを弄っていた芳川さんが、突然疑問の声を発した。気にはなったが、俺は周りを警戒している為、彼女の声には反応出来ない。代わりに興味を惹かれた高遠が芳川さんの元へと近付いて行く。



「何かあった?」


「クラス表の順位なんだけど……」



 到達階層数に変動があったのだろうか? もしや、相葉達が追い付いてきた? 二人の会話に聞き耳を立てながら、俺は道中を進んで行く。



「――第5階層、更新!?」



 突然上がった大きな声に、俺は思わず足を止める。高遠葵の性格上、これ程の声量を張り上げるのは、非常に珍しい事だった。



「な、何事じゃ!?」


「嘘、嘘……あり得ない……!」



 問い質す瀬川を気にもせず、高遠は芳川さんの魔晶端末ポータルを凝視する。


 見せた彼女も困惑顔だ。

 一体、何があったと言うのだろう?



「誰かが、第5階層に上がって来たのか?」



 誰かと言ったが、候補としては相葉と武者小路の二名だけだろう。だが、そんな事は既定路線だ。高遠の驚く理由が分からない。



「石瑠翔真……!」


「え」



 一瞬、何を言われたのか分からなかった。



「石瑠の奴が、上がって来てる……!」


「………………は?」



 たっぷりと時間を掛け、熟考しながらも訳が分からない。石瑠翔真? 何故そこで、彼の名前が出て来るんだ? だって、彼は――



「第4階層に入ったばかり。じゃ、ないのか?」


「ど、どういう事なんじゃぁ――ッ!?」


「確認ミスをしていたのかしら……?」


「そんな事ない。姫子が確認した時、私も自分の魔晶端末ポータルでクラス表を見ていた。石瑠は2時間前に第4階層に入ったばかり……」


「――なら、何で第5階層にいるんだよ!?」


『!』



 激情を抑えられず、つい叫んでしまった。


 何たる無様……彼等に当たったとしても、何も解決はしないというのに……!!



「……すまない、忘れて欲しい……」


「お、おぅ」



 言ってからも、仲間達からは気不味い空気が流れていた。……冷静でいなきゃいけない俺が、いの一番に取り乱してどうする!?


 こんな事で、芳川さんを支えられるのか!?

 己の不甲斐なさが許せない。


 しっかりしろ、正弦!!

 お前はもう、昔の俺とは違うのだろう!?


 昔の、俺とは……!



「……先に進みましょうっ!」


『え?』


「翔真君が追い掛けて来るなら、私達は頑張って逃げないと。此処で話していても、何も変わりませんよ?」


「それは――」


「まぁ……」


「ほ〜ら、セイ君も元気だしてっ! まだ負けた訳じゃ無いんだから、一緒に頑張ろう?」


「芳川さん……」



 明るい芳川さんに促され、俺達は探索を再開した。俯いた俺の手を引く彼女。これでは役割があべこべだ。


 俺は一体、何がしたかったのだろう?



 ――中学時代。


 自身の優秀さを信じて疑わなかった俺は、生徒会長に立候補し、当選した。


 学年首席の学力を鼻に掛け、周囲を顧みなかった俺は『この学校を変えてやる』と息巻いて、格好やら授業態度。部活動の部費等、生徒達の様々な事に口出しをした。誰もそんな事は望んではいなかったのに、自身が正しい事をしていると、信じて疑わなかったのだ。


 結果として、俺の生徒会長としての任期は1年で終了した。新しい生徒会長は生徒達に暖かく迎え入れられ、の人気が高まる程に、自分がやって来た事は間違いだったのだと、振り返れる様になっていた。


 同じ失敗は、もう二度としたくない。


 だからこそ俺は、芳川姫子に級長の座を託そうと思ったのだ。俺では出来ない事を、彼女ならばやってくれる。そう信じて――



『級長ってのは成る気のある奴が成るもんだ! テメェが指図する問題じゃねぇッ!!』



 ……ふと、我道竜子の言葉が蘇る。同時に、芳川さんへと級長を頼んだ放課後の事も。



『私が、級長に……?』


『はい。適任かと』


『あんまり、気乗りしないかな……?』


『……それは、何故?』


『私には厳しさが無いもの。他人を甘やかすだけで、きっとクラスは悪い方に行くと思うわ』


『なら俺が! 俺が貴女の不足している分を補います! 芳川さんの優しさと、俺の厳しさがあれば、きっと――!!』


『……』



 ――俺は必死だった。


 何とかしてD組を良い方向へと持って行きたかった。その方法が目の前にあるのに、手をこまねいてはいられなかったのだ。


 芳川姫子。


 中学時代に、俺を完膚無きまでに叩きのめした女性。生徒会長を上手く務めていた彼女なら、D組の級長に相応しいと思ったのだ。


 あの時の選択に後悔はない。


 無い、筈なんだが――



『――うん、分かった……』



 了承する芳川さんの目には、憂いた表情が浮かんでいた様な気がする。


 俺を見て、何かを残念がる様な……?


 あの表情の意味が、今を以ってしても分からない。唯、喉に刺さった小骨の様に、無性に引っ掛かっている自分が居た。


 俺は今、"正しい"事をしているのか……?


 湧き起こった懸念は、段々と膨れ上がっている。俺がやっている事は、積極的な責任の放棄に他ならないのでは?


 芳川さんはソレに気付いていたからこそ、あんな表情を浮かべていたのか……?



『私は、人をダメにするから――』



 ファミレスへと向かう途中。

 彼女は俺へとそう告げた。


 アレは、誰に向けて言った言葉だったのか?


 ……分かっている。分かっているのに俺は、それでも踏ん切りが付かないでいた。



「――」



 もう、1時間は経過したか……?


 俺は祈る様に魔晶端末ポータルを握り締めた。端末を操作して画面へと表示するのは1-Dの生徒表だ。



 25.[ノービズ] LV.1 石瑠翔真 [6F]



「あぁ……」



 結果は、残酷だ。


 魔晶端末ポータルへと表示された情報を見て、俺はうめく事しか出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る