第62話 自由探索 1日目終了


「――翔真! それに武者小路も!!」


「良かったぁ……武者小路さん……っ!」


「二人共、お帰りなさい!!」



 武者小路の魔晶端末ポータルを回収し、転送区へと舞い戻った僕達は、1-Dの生徒達から温かい出迎えを受けていた。時刻は23時。昼間の探索で疲れているだろうに、彼等は馬鹿真面目に僕等の帰りを待っていた様だ。


 因みに、武者小路は今は学校指定のジャージに着替えている。あのデカ乳を衆目に晒す訳にはいかないからねぇ……。



「皆さん、私……」



 武者小路が何かを言う前に、滑り込んで来た鈴木が、彼女へと土下座をする。



「すまねぇオジョウ!! 俺が休みたいっつったばかりに、危険な目に遭わせちまった!! 気が済むまで殴ってくれッ!!」


「鈴木――」


「鈴木だけの所為じゃないよ! 私も――!」


「うむ。これは俺達全員の失態だろう。武者小路。リーダーであるお前の意見を尊重しなかった事を、此処に詫びよう。――すまなかった」



 鈴木・宇津巳・番馬の三人が、改めて武者小路へと頭を下げる。



「皆さん――」



 その光景を見た武者小路は、一体何を思ったのだろう? 唇を真一文字に結びながら、彼女はやがて、意気込む様にして声を発した。



「――オーホッホッホ!! 何をしょげているんですの、皆さん!? 失敗は誰にでもあるもの! 今回は私も意固地になり過ぎましわー! ABYSSを探索していれば、こういった事も起きるでしょう。――そう思いますわよね、石瑠翔真?」



 何故此処で、僕に振る……?


 ま、いいけど。



「そーですね」



 ヤケクソ気味に御長寿番組の合いの手の様な返事をする僕。――直後。武者小路から「覇気が足りませんわ!」と、背中を張られてしまうのだが、全く以って解せない……!!



「あー、その……石瑠もありがとな? 怪我、大丈夫か? 大変だったみたいだなぁ……?」


「まぁね」



 鈴木がボロボロになった僕の身体を労ってくる。殆どの傷は武者小路に付けられた物なんだけど、それを言うとまた怒るだろうから、僕は沈黙せざるを得なかった。



「ウェアウルフに遭遇したのですわ。翔真がいなかったら、どうなっていた事やら……」



 今さり気に呼び捨てにしたな? コミュ力のある連中は、こうやって距離を詰めるのか……?



「ウェアウルフ……俺達が遭遇したのと同じ個体だろうか? 武者小路、君がウェアウルフに遭遇したのはマップの何処だ?」



 卜部の奴が、武者小路へと問い掛ける。


 そういえば、芳川PTはウェアウルフに遭遇してたんだっけな? 瀬川が負傷したという話は、卜部からのメールで知っていた。



「……良く覚えていませんわ。それに――もうどうでも良い事じゃなくって?」


「何?」


「ウェアウルフなら翔真が退治しましてよ? 同じ個体はもう現れない……居場所を知る必要なんて、何処にもありませんわ!」


『な――ッ!』



 卜部を筆頭とした芳川PTの面々は、武者小路の言葉に驚きを見せた。対してウェアウルフに遭遇していない者達は、そこまで驚く事なのかと、薄い反応を示している。



「どんな手を使ったの……?」


「はぁ?」



 此方へと近付いて来た高遠葵が、無表情なままに僕へと問い掛ける。


 ――ってか、近い近い!


 余り意識した事は無かったけど、高遠ってやっぱデカいよなぁ!? 流石バレーをやってるだけある。僕の背は……完全に負けてるなぁ。



「どんな手を使ったって……普通に正攻法で倒しただけだけど?」


「私と正弦が倒し切れなかった相手を、貴方が? ……そんなのは、無理」



 無理と言われても、こっちが無理なんだが?


 てか、四人編成フォーマンセルで、どうしてウェアウルフを取り逃すのさ? 僕としてはそっちの方が信じられない。



「……あのさー、まさかとは思うんだけど、魔物を相手に適当に攻撃したりとかはしてないよね? 敵の動きとか、ちゃんと見てる?」


「馬鹿にしないで。ちゃんとやってる」


「なら、ダメージ計算は?」


「ダメージ……なに?」


「ダメージ計算だよ。魔物の体力を一定以下に削ると、奴等は特殊行動を取るだろう? ウェアウルフなら体力60%で憤怒状態。攻撃力アップに動きが大振りに変わる。また、40%以下で逃走モードに入るから、倒すんなら40%から一気に削り切らなきゃ逃げられるぞ?」


「……」


「何も考えてなかったみたいね……?」


「……石瑠は、魔物博士……?」


「ちゃうわ」



 こんなものは、基礎中の基礎だ。

 誇るものでも何でもない。



「それでも総合力最下位の石瑠の腕力じゃ、ウェアウルフに有効打は入れられない筈……」


「だから、クリティカルを狙ったんだよ」


「クリティカルは狙って出すものじゃない」


「ヘタクソは皆そう言うねー。実際に出来てる奴からすれば、ナニソレ? って理屈だけど」


「……」



 少し煽ってやると、高遠の奴は少しだけムッとする。表情の変化は乏しいけれど、何も感じない訳では無いらしい。



「――なぁ、そのウェアウルフって魔物は、そんなにも厄介な奴なのか?」



 蚊帳の外となっていた相葉が、僕へと訪ねてくる。相葉PTはまだウェアウルフと遭遇してないからな。話題に乗り辛い部分はあるだろう。



「……以前遭った、ゴーレムよりは弱いよ。相葉達なら普通に撃退出来るんじゃない?」


「ふぅん……?」


「ま、翔真が倒せたくらいだから、楽勝よね」


「……そういう事を言っている紅羽は、ウェアウルフに痛い目に遭わされそうだけどね?」


「な、何よソレ!?」


「ちょっかいを出して来たのはソッチだろ? 煩わしいんだから、話し掛けるなよ」


「――!」



 怒る紅羽を慌てて宥める相葉。


 その光景も気に入らない。


 何だってアイツは、僕にはトゲのある事しか言わないんだ? 周りの男連中と同じ様な扱いをしてくれたなら、本物の"翔真"だって此処までの態度は取らなかっただろうに……。



「!」



 思考を中断し、周囲を見渡す僕。


 多分、勘違いじゃない……。



 ――東雲が、僕を見ていた。



 瞬間的に、背筋がゾワリとしてしまう。


 思い返すのは昼間のやらかし――東雲の職業ジョブを『イビルプリースト』と送ってしまった事である。反応から察するに、東雲は神崎に送ったメールを見たのだろう。この情報は東雲歌音の根幹にも関わる設定だった。石瑠翔真が知っているのは有り得ない。近い内に、彼女はその謎を解き明かしに来ると思う。そうなった時、僕は無事でいられるのだろうか……?


 ……悩んでいても、仕方が無いか。


 暫くして解散の流れとなった後――各PTはそれぞれが用意したテントへと戻って行った。


 転送区でのテントの設営は自由だから、一泊二日の自由探索に臨む者は、転移石の近くで野営するのが殆どだ。


 古来からの慣習か……古の探索者も、同じ様な夜空を眺めていたのかも知れないなぁ。


 透明なABYSSの天井。透けて見えた星空を寝袋の中で仰ぎながら、僕は眠気で重たくなってきた目蓋を、ゆっくりと閉じるのだった―― 

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