第63話 ABYSSで目覚める日曜日
懐の中で
「シャワー室」
「畏まりました。鍵は此方を」
「ん」
まるでアミューズメント・パークだな。
内心でそんな事を考えながら、僕は更衣室へと向かって行く。
シャワーを浴び。顔を洗い。歯磨きをして、
他の連中の準備を待ちながら、僕は転移石の前で自身の
磯野・榊原・三本松……アイツ等、土曜の探索をサボりやがったな?
今日はどうするつもりかは分からないけど、土曜サボった奴が日曜に来るとは思えない。やる気が無いのか何なのか……ともかく、今のままでは1-Dは上には上がれないだろう。
「級長が決まって、そう言うのが改善されれば良いんだけどなー……」
ま、所詮は他人事だ。
級長になるのは、あの三人の誰かだろうし、僕がクラスの心配をしても意味が無いだろう。
考えていると、1-Dの生徒達が転移石の前へと集まり出していた。集団で談笑する彼等を眺めつつ、特に仲良くも無い僕は、彼等を無視して自身の
「――時間ですわ!」
声を上げたのは武者小路だ。昨日の怪我はもう完治したのかな? 元気そうで何よりだ。
「第4階層に続く転移石の場所は、翔真のマップ情報で全員共有されてるんだよな?」
相葉が僕へと問い掛ける。態々離れた距離で話し掛けて来たという事は、一人輪の中から溢れていた僕を心配してくれたのだろう。
要らぬお節介だが――まぁ、仕方がない。
「――あぁ。だからまぁ、昨日までのアドバンテージは何も無いよ」
軽く手を振って返答してやる。
云うなれば、大人の対応って奴だね。
「……何故態々、自分の不利になる様な事をしたんだ? 何か狙いでもあるのか?」
「狙い〜?」
聞いてきた卜部に、呆れた視線を送る僕。もしかして、他の皆も同じ意見なのかな? ざっと見た感じ、半々は疑惑の表情を浮かべていた。
人望が無いってのも辛いねー?
「まず前提として、僕はこの程度の事を不利とは思っていない。全員一律で再スタートするだけだし、初日にトップを独走していた僕が、2日目も独走出来ない理由は無いだろう?」
「……武者小路を救ったのは?」
「武者小路って言うか、遭難した奴を助けるのは普通だろ? 僕を何だと思ってんのさ?」
「……」
――駄目か。
言葉を尽くしても、卜部の信用を得る事は出来なかった。それは周りにいる連中も同様だ。石瑠翔真って言うのは、どんだけ皆に嫌われてるんだよ? 何だか少しショックである。
「何を企んでいようとも、級長となるのは君じゃない。俺が言いたいのは、それだけだ」
「あっそ」
卜部の奴はそう言って、仲間を引き連れながら第3階層へと潜って行ってしまう。
やる気があるのは結構だが、少し気負い過ぎじゃないかな……? あれではまるで、卜部の方がリーダーの様に見えてしまうぞ?
やりたい事を他人にやらせて、一体何がしたいんだろうなぁ、アイツは?
「石瑠!」
「ん? 番馬に、宇津巳かー……」
この二人が僕に声を掛けて来るのは珍しい。
察するに、昨日の事の続きかな。
「……出発前に……話がしたいらしい……」
「僕に話ぃ? 一体何の用なのさ?」
「あのね、石瑠! そのぉ……武者小路さんを助けてくれて、ありがとぅ……」
「あ、あぁ」
――改まって礼を言われると、何だかちょっぴり照れてしまうなぁ。別に大した事はしてないと思うんだけど。
……て言うか、もしかしてソレだけ? 沈黙がやたらと気不味いんですけどッ!?
仕方無いなぁ……!
何か話題……話題を広げなきゃ……!
「……そういや、そのカメラ平気だった?」
「――へ? う、うん?」
「C組から取り返した時、結構乱暴に扱っちゃってさ。少し心配してたんだよね〜? 壊れてなかったんなら、それで良いや」
「……え?」
「ん?」
「ちょっと待って、ちょっと待って……」
宇津巳の奴は「え? どう言う事……?」と呟きながら、思考の彼方へと潜って行く。
どう言う事って……それはコッチの方が聞きたいね。首を傾げる僕と番馬。そうこうしていると、鈴木一平を引き連れた武者小路が、此方の方へとやって来る。
「そろそろ、私達も出発致しますわ」
「そっか。ま、適当にね」
「……石瑠翔真」
「ん?」
「――借りは何れ返しますわ。それとは別に、今回の級長選出は私が勝たせて貰います!」
宣言した武者小路は「行きますわよ」と言って、仲間達と共に第3階層へと転移した。動揺していた宇津巳も、慌ててソレに着いて行く。
――借り。借りねぇ……?
思い浮かぶのは、昨日目撃した武者小路のおっぱいだ。正直、借りならもう充分返して貰っていると言っても過言じゃ無いのよね……?
「何ニヤついてるのよ、気持ち悪い……」
「げっ! 紅羽か!?」
卑猥な妄想を楽しんでいると、後ろからデレ期の消えた許嫁が、僕の背中を睨んでいた。
「女なら誰かれ構わず発情するのね……? 魂胆が丸見えよ。本当、キモい……!」
「な、何が魂胆だよ!?」
「武者小路さん、綺麗だものねー? アンタの好きな巨乳だし、助けたら好きになってくれるかもー? とか、思ってたんじゃないの?」
「は、はぁ!? 何だそりゃ!?」
「目付きがいやらしいのよっ! ずーっと胸の方をガン見してさ! あの視線……女なら誰でも気が付くから、止めた方が良いわよ!?」
「な――ッ」
紅羽に言われ、僕は心底ショックを受ける。
バ、バレてたんかァァッ!?
もしかして、以前の世界で近所の女の子に避けられていたのも、ソレが理由ッ!?
し、知りたくなかったァァ――ッ!!
ショックゥゥ――!!
「あー! 紅羽ちゃん、また喧嘩してるー!」
「か、歌音! 別に喧嘩なんて……!」
「駄目だよ紅羽ちゃん。今から私達はABYSS探索に行くんでしょ? 余計な体力は使わない!」
「う……」
「分かったらアッチ行ってて? 相葉君達がアイテムの準備で呼んでたよ?」
「え? アイテム? 何で今更……? ま、良いわ。それじゃあ、ちょっと行ってくるわね?」
「うん。――さ・て・と……」
「ヒッ!?」
目の前に現れた東雲に、僕は小さな悲鳴を零してしまう。それくらい、今の東雲はさっきまでの東雲とは、雰囲気がガラリと違っていた。
「……フーン? その様子だと、私が言いたい事は既に分かっちゃってるんだ?」
「あ、あぁ……」
「もしも私の正体をバラしたなら――君や、君の家族の生命は保証しないよ……?」
「――」
「ふふ……それだけじゃ弱いかなぁ? ね? 後で時間は取れる? 探索が終わったら、二人っきりで話そうよ。 因みに、君に拒否権は無いから、そのつもりで居てね? お利口にしてたら、気持ち良い事も、し・て・あ・げ・る――♪」
「――ッ」
僕には、頷く以外の選択肢は無かった。
クスリと微笑む東雲歌音。小悪魔の様な表情を浮かべた彼女は、徐に僕の首を抱えると、その蠱惑的な唇を耳元にまで近付けた。
「――紅羽が嫉妬する様な、濃厚な刺激……石瑠君にあげちゃうね……?」
吐息が耳に掛かる度、絶頂しそうになってしまう。こ、これが本気モードの東雲……!
知ってはいたけど、マジでヤベェ!!
「うふふ! それじゃあね、石瑠君!」
「……」
恐怖で硬直する僕へと、軽い投げキッスをして去って行く東雲。
――暫くしてから相葉PTが出発し、転送区へと残ったのは僕だけとなる。
此処で行う選択肢は一つ。
「よし! 何も考えず、牛丼を食いに行こう!」
――勇気ある撤退。つまりは、1-D級長選出戦の、事実上のリタイアであった!!
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