第57話 第3階層② 芳川PT


 ――SIDE:芳川姫子――



 現在時刻、18時。


 ABYSSの中でお昼を食べた私達は、階層更新を目指して第3階層を進みます。途中、私達は童話の『赤ずきん』に登場する様な大きな狼さんに遭遇し、皆を庇った三四郎君が怪我をする事態となってしまいました。セイ君や葵ちゃんのおかげで、狼さんを追い返す事は出来ましたけど、完全にやっつけた訳では無いので、また遭遇したりしたら怖いわね? 今は三四郎君の治療の為に、小休止を挟んでいる所です。



「今、お薬を塗って上げますからね〜?」


「お、おう」


「うふふ♪ 三四郎君。そう固くならないで、リラックスして下さいね……?」


「ひ、姫子さん……! ほ、ほふん……っ!」



 怪我をした右腕に優しく回復薬を垂らしてあげると、三四郎君は気持ち良さそうに目を細めたわ。飲み薬として使う回復薬だけど、外傷の場合は患部に塗った方が効きは良いのよね? 傷口の裂傷は浅く、これならすぐにでも腕の傷は完治出来ると思う。



「はい、出来ました」


「す、スマン。助かった……」


「【タンク】だからと言って、余り無茶はしないで下さいね? 傷付いた肉体を見ると、私、心配してしまいます……」


「姫子さん……」



 患部に包帯を巻き、三四郎君の治療を終えた私は、立ったまま辺りを警戒していたセイ君の元へと歩いて行きます。



「見ててくれて、ありがとう」


「いえ、当然の事をしたまでです。今の所、新手の魔物は現れてはいませんね」


「そう……」


「こっちも何も無かったよ」



 通路の先を一人で見て来た葵ちゃんは、抑揚の無い声で私達に報告をしたわ。何も無かった事が不満なのかも。私としては、無事に戻って来てくれただけでも嬉しいんですけどね。


 皆が皆、疲弊してました。それもそうよね? 今まで2〜3時間しか潜ってなかったABYSSを、いきなり長時間探索してるんだもの。



「ABYSSに潜ってから、今で11時間……流石に、限界なのかも知れないわね?」



 級長を決めるのも大事だけれど、皆が怪我をしてしまっては元も子も無いわ。思った私は、セイ君へと、あるお願い事をします。



「ねぇ、セイ君。石瑠君に連絡先を教えて貰っていたでしょう? 彼に連絡出来ないかなぁ?」


「連絡と言いますと?」


「ABYSS探索の一時中断の提案――このままだと、何時事故が起こってもおかしくは無いわ。無理をしない様、各PTに連絡を取りたいの。石瑠君なら、皆の連絡先を知ってるでしょう? 彼に仲介役を頼めないかなーって」


「石瑠に……?」



 セイ君は眼鏡の位置を中指で直しながら、私の提案について自身の考えを答えてくれたわ。



「――率直に言って、難しいかと。現段階での予想順位は1位石瑠。2位相葉。3位武者小路。4位が俺達となっています。探索を一時中断するという事は、これまでの進行内容を破棄するのと同義です。最下位の俺達が提案したとして、通るかどうかは分からない。……いえ、むしろ通らないでしょう。逆の立場になってみれば、遅れているPTが進行内容を破棄させようと画策している様にしか見えません」


「そう、捉えられちゃうかなぁ……」


「芳川さんの考え自体は、俺は悪くは無いと思っています。現実に我々が疲弊している以上、先を行くPTは更に体力を失っている筈。勝負よりもクラス全体の事を憂いた芳川さんは、やはり級長の器だと俺は確信致しました」


「そ、そんなに持ち上げられても……」


「事実です。持ち上げてはいません」


「……」



 誉めてくれるのは嬉しいけれど、同時に私の中には罪悪感があるわ。セイ君は私の事を美化し過ぎている。級長の器と言うけれど、私自身にそんな物は無いもの。


 私ではきっと、1-Dをにする。


 セイ君は納得しないだろうけれど、私は石瑠君や武者小路さんが級長でもアリだと思ってるの。相葉君は――我道先輩が言った様に、今は引き受けない方が良いと思う。


 努力家の武者小路さんは、最初こそ皆と衝突するかも知れないけれど、段々と成長していく良い級長になれると思う。


 石瑠君は総合力の低さに注目されてるけど、彼には知識という武器がある。探索前にも見せてくれたけど、普段の言動とは違って周囲への配慮を欠かさない人だって言う事は何となく分かるの。皆が石瑠君の性格を理解してあげたなら、1-Dは今よりも強くなれると思うわ。


 私では、ダメなのよ。

 他でも無い、セイ君自身がその証拠――



「……姫子は、悩んでるの?」


「え!?」



 突然話を振られ、私は驚いてしまう。


 声を掛けて来たのは、葵ちゃんだ。クールだけど何処か剽軽ひょうきんで、不思議な魅力を持つボーイッシュな女の子。



「駄目元でも連絡してみたら?」


「……石瑠も今は探索中だ。無駄な事に労力を割かせるのは――」


「無駄って、決まって無くない?」


「む……」


「姫子はどうしたいの?」


「私? 私は――」



 言いながら、自分の気持ちについて考える。


 私がしたい事……かぁ。



「――石瑠君に、連絡を取りたい」


「だって?」


「くっ……! 分かりました。芳川さんが言うのであれば、駄目元で連絡を取ってみますよ! ただし! 過度な期待はしないで下さいね!?」



 言って、セイ君は自身の魔晶端末ポータルを取り出してメール文章を打ち込む。


 ――私の我儘が原因で、セイ君には悪い事をしちゃったかも……?


 私が心配をしていると、隣に立つ葵ちゃんが親指を立てたジェスチャーを見せてくる。無表情な彼女だけど、その時は勝ち誇った表情の様にも見えて、何だか可笑しくなってしまう。



「――来た。返信だ」



 驚いた様な顔で、セイ君が呟く。

 それくらい、石瑠君の返信は早かったわ。



「何て送ったの?」


「先程、芳川さんが話していた事をそのまま奴に伝えています。石瑠には一時中断の是非と、他PTへの連絡を頼んでいましたが――」


「返事は?」


「……了解した、と」


『!!』



 セイ君の言葉に、私は思わず隣に居る葵ちゃんの手を取って喜んだわ。座って休んでいた三四郎君も、思わぬ報告に驚いている。



「石瑠の奴……案外話せるのぉ?」


「喜ぶのはまだ早い。何か、取引を持ち掛けてくる可能性もある。無条件で同意するには奴にメリットが無さ過ぎるだろう」


「相変わらずの心配症じゃなぁ?」


「計算的と言って欲しいね。俺みたいな考えはPTの一人には必要だと思っている」


「まぁ、それも道理か」



 セイ君と三四郎君が話し合っている間に、石瑠君からの返信が送られて来る。震える端末に目を落としたセイ君は、その内容を読みながら「まさか」と言って固まってしまう。



「……もしかして、悪い内容?」



 心配した私がセイ君に訪ねてみると、彼は黙ったまま首を横に振ったわ。



「――その逆です。良過ぎて我が目を疑いました。探索の一時中断には相葉、武者小路と、全PTが賛成したそうです」


「本当!?」


「ただ、一つだけ問題が――」



 セイ君から聞かされた情報に、私達は一様に驚いたわ。それでも出来る事が無かったから、石瑠君からの指示通りに転送区へと帰還する。


 先に戻っていた相葉君達や、リーダーを欠いた武者小路さんのPTを見ながら、私は石瑠君から齎された情報が正しかった事を確信する。


 ――武者小路美華子の遭難。


 送られて来たメールの文面。その内容が、私達の心に重く伸し掛かっていた――

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