第56話 第3階層① 武者小路PT


 ――SIDE:武者小路美華子――



 気に入りませんわね……?


 第3階層へと入ってから――いいえ、第2階層を進んでいる時にも、私は正体不明の不快感を抱いていましたわ。いつもなら襲って来る筈の汚らわしい魔物共。彼等の姿が、今日に限っては見当たらない。誰かに御膳立てをされているかの様な穏やかな探索風景。第3階層への転移石を見付けたのは、そんな折でしたわ。



「拍子抜けって言うか――こんな事もあるんだな? 5時間歩いて一度の魔物の遭遇も無し!」


「他の探索者の所に行ってるのかな? 私としては、楽が出来て良いんだけど……」


「……不可解ではあるが、進むしかあるまい」



 通路を歩きながら、緊張感の欠片も無いお喋りをし出す下僕達。心得ているのは番馬だけですわ。早希さんも情けない……鈴木に関しては、後でキツく言っておきましょう。



「……そこの下僕〜? 第3階層を歩いてから、何時間が経過しましたか〜?」


「あえぇ!? 時間なんて覚えて――あっ! 多分、2時間ぐらいだわっ!」


「その根拠は?」


「3階層に入ってすぐに昼飯食ったろ? アレが13時の頃だったから、15時の今は2時間だ!」


「朝7時からぶっ通しで探索してるんだよねー? 流石に身体も疲れてきたなぁー……」


「全く。だらしがないわね、早希さん。食事休憩はさせてあげたでしょうに?」


「歩きながらだろ〜? 座ってねぇし、あんなん休みの内に入んねーよぉ……」


「……どうやら、疲労が溜まっている様だな? 武者小路。そろそろ腰を落ち着かせる事を見当してみてはどうだろうか?」


「休むって事ですわよね……? フン……」



 私は10分前に確認したクラス表の到達階層を思い出しますわ。級長選出に出た各リーダーの到達階層は、その時点で[3]と記載されていました。つまり、今は全員が横並びの状態……暢気に休んでいる暇はありません。


 それに――



「石瑠翔真は12時の段階で第3階層に到達していましたのよ? この時点で到達階層数では暫定トップ……私達は1時間遅れで2位ですわ! 休んでいる場合じゃありません事よ!?」


「でもよぉ、オジョウ。石瑠の奴は単独ソロなんだぜ? 俺達と違って、仲間と足並みを揃えるなんて事はしなくて良いんだ。多少のリードを許すのは仕方がねぇとは思わねぇか?」


単独編成ソロという事は、全てを己の力量で解決せねばならぬという事だ。階層更新の度に魔物のレベルは上がっていく。総合力の低い石瑠では、この先の探索は厳しかろう」


「……つまり、何が言いたいんですの?」


「疲れたから休む!!」「此処で小休止を入れるべきだ」「休みましょう、武者小路さん」


「……」



 三人が同時に私へと叫びましたわ。そんなにも私の意見が気に入りませんの!? 休む休むと言うけれど、休んだ際の探索の遅れについては誰も言及致しません。石瑠翔真を追い掛けるだけならいざ知らず、私達の後ろには相葉総司や芳川姫子が迫っていますのよ!? それが正しく分かっているなら、軽々しく小休止を取ろうなどとは言えない筈。目の前の彼等と私では、"勝ち"への温度差があるのかも知れません。


 だから、こうも擦れ違う――



「なら、好きなだけ休めば良いでしょう? 私は先へと進みます。皆さんはどうぞ御ゆるりと」


「む、武者小路さん?」


「何だよ! 拗ねたのかよー?」


「何処へ行く、武者小路!」


「――放っといて下さいましッ!!」



 言い捨てながら、私は皆さんを置いて通路の先へと歩いて行きますわ。……追い掛けて来る様な気配もありましたけど、結局は休む事を優先しましたのね? 背後には誰も来ていません。


 数十分程歩いていると、ポケットの中の魔晶端末ポータルが勝手に震え出しましたわ。


 取り出して画面を確認して見ます。



「……編成情報更新……単独ソロか……」



 PTメンバーから遠退いた事により、私の魔晶端末ポータルが自動で編成内容を変更したのでしょう。奇しくも石瑠翔真と同じ単独編成ソロへとなってしまいましたわね?


 足並みを揃えずABYSSを探索する。


 成程。確かにこれなら階層更新は速いでしょう。煩わしいしがらみが一切合切無いんですもの。私の力を持ってすれば、第3階層の踏破などは容易いもの。



「待っていなさい、石瑠翔真――!!」



 意気を揚げながら、通路を進んで行く私。


 相葉総司よりも。

 芳川姫子よりも。


 誰よりも――


 石瑠翔真には、負けたくない。


 決意をしながら、私は亡きお父様より教えて頂いた我が家の事を思い出しますわ。


 武者小路家とは、室町から代々続く豪商の家系。江戸からの士農工商の時代では商家の扱いは下位とされていて、武者小路家も例外ではありません。我が家は家格の高い武家達の程の良い財布として扱われていたと聞きましたわ。


 その様なぞんざいな扱いに納得した訳もなくく、武者小路のはらの中では武家への恨み辛みが渦巻いておりましたわ。面従腹背めんじゅうふくはいの時は過ぎ、王政復古の大号令により君主政治へと転換する頃、此れを好機と見た我が家は倒幕派へと取り入り、多額の軍資金を献上する事によって、政変後は名誉士族として武門を名乗る事を許されました。此れが、今日まで続く武者小路家の成り立ちです。


 けれど、現代に至ってもまだ嘲りの声は消えていませんわ。血統主義という悪習は変わらず、武者小路と言う成り上がり者は、武家の中では爪弾き者として扱われ、公家の中では下賎な者として見られていました。


 亡くなった父の苦悩は如何程だったのでしょう? それを間近で見ていた私は、悔しかった。


 武家に生まれた。

 公家に生まれた。


 たったその程度の輩に、何故私達が嘲りを受け続けなければいけないのか?


 私は私の優秀性をこのアカデミーでの成績で他家へと知らしめる事を決意しましたわ。武者小路家は、決して他所の武家などには劣っていません。石瑠家次期当主――石瑠翔真なんかに負ける訳にはいきませんのよ!

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