第54話 第2階層② 相葉PT


 端末画面を私達へと見せる総司。

 選択肢は以下の四つだ。


<求むべき資質を選択せよ>

・比類なき剣の切先

・総てを包み込む守護の盾

・深淵なる魔導の器

・豊潤なりし慈愛の風



「これって……?」


「伸ばしたい分野を選べって事かなぁ?」


「それぞれの選択肢が職業ジョブ役割ロールに結び付いている。やり直しが効くかどうかも分からん。慎重に選んだ方が良さそうだな?」


「慎重にって言われてもなぁ……こんな時、翔真が居てくれたら助かるんだけど――?」


「……そう言えば、先程奴からメールアドレスを受け取ったぞ。――連絡なら取れるが?」


『え!?』



 歩の発言に驚く私達。


 何時の間にそんなやり取りを? 総司の奴は何だか悔しそうにしているし、あんな奴のメアドがそんなに欲しかったのかしら?

 

 私だったら、いらないけど……。



「……返信がすぐ返ってくるかは分からないが、念の為に状況を送っておこう」


「お、おぉ! 頼む! しかしアイツ、何だって俺には連絡先を教えてくれないんだ!?」


「……嫌われてるんじゃないの?」


「オゥフ!? そ、そんなぁ……!?」


「紅羽ちゃんが言う事でも無い様な――?」


「え? な、何でよ!?」


「根本的な原因というか何というか……? ううん、ごめん! 何でもないから気にしないで!」


「そう言われると、逆に気になるわね……」



 釈然としない感情を抱きつつ、ABYSSを歩きながら仲間と談笑をする私達。そうこうしていると、割と早くに歩の魔晶端末ポータルが震え出す。



「石瑠からの返信だ。……読んでみろ」


「えーっと、なになに?」



[flom:石瑠翔真]

<受付に言えば下位職には戻せる。10万MPを払いたく無ければ慎重に選ぶんだな>



「10万……!?」


「……一応、やり直す方法はある様だな」


「なら、いっか!」


『あ』



 ふと見た瞬間、総司の奴は選択肢を選んでしまっていた。魔晶端末ポータルの画面からは眩い光が発生し、総司の姿を包んで行く。


 やがて光が収まった頃、そこには何の変哲も無い相葉総司が立っていたわ。



「お、おぉ……! ジョブチェンジって、こうなるんだな? 何か力が湧いて来るって言うか、ステータスも上がっている様な気がするぞ!?」


「ば、馬鹿! 何を選んだのよ、アンタ!?」


「そりゃぁ、タンクの選択肢だけど……?」


「ちょっと、端末を見せて!!」


「あ!」



 私は総司の手から魔晶端末ポータルを引っ手繰ると、画面に表示された情報の中の職業ジョブを確認した。


――――――――――

[相葉総司あいばそうじ] LV.5

[ディフェンダー/★☆☆]

総合【90】

――――――――――


 ……ディフェンダー?


 これが、総司の新しい職業ジョブ



「待て、石瑠からメールが届いた」


「石瑠君は何て?」


「今から読む。――選択肢を選ぶと、ソレに対応する職業ジョブを修得出来るらしい。職業ジョブは本人の資質で決定するので、誰かが同じ選択肢を選んだとしても、必ずしも同じ職業ジョブに就ける訳ではない――という、話だな」


「……その話って本当なの? 翔真がそこまで詳しい事に、まだ違和感があるんだけど?」



 幾ら御姉さんに教えられていたとしても、元はあの怠惰な翔真でしょう? 知識が間違っているという事も有り得るんじゃないかしら?


 私が皆にそう訊ねると、男二人の反応は悪い。……薄々勘付いてはいたけれど、男子二人は翔真に対する評価が高いのよね?


 それとも、私達が不当に低いってこと?



「……ねぇ、歩君。私がヒーラーの選択肢を選んだ場合、どんな職業ジョブに就く事が出来るのか、石瑠君に聞いてみて貰っても良いかな?」


「歌音!?」


「……構わないが、流石の石瑠も東雲の職業ジョブまでは把握してないと思うぞ?」


「だろうね。それは私も分かってる。でも、ちょっとくらい試して見ても良いでしょう?」


 そう言って、悪戯な顔を浮かべる歌音。


 正直、私としては意外だった。歌音は気の知れた人間以外には、そこまで踏み込まないイメージがあったからだ。


 歌音も、翔真に興味があるの?

 何だか少し、胸が騒めく。



「――あ、そうだ。石瑠君には私が聞いてるって事は内緒にしといてね?」


「構わないが、何故だ?」


「変に身構えさせるのもどうかと思って」


「ふむ? まぁ、分かった。俺からの疑問という事で、石瑠にメッセージを送っておこう」


「実際、どうなるんだろうな〜?」


「さぁ?」


「何だか少し、ドキドキするねー?」


「……どうせ、当たらないわよ」



 期待を籠める三人を、冷めた顔で眺める私。何だか少しだけ疎外感を覚えるわ。


 ――程なくして、メッセージが返って来た。


 どうでも良いけれど、翔真だってABYSSを探索中なんでしょう? 暢気にメールなんか打ってて大丈夫かしら? 魔物とかにやられない?


 三人が歩の魔晶端末ポータルに注目する中、私は一人でそんな事を考えてしまう。



「――で? 何て返って来たの?」


「それが、聞いた事の無い職業ジョブでさ」


「イビルプリーストって、紅羽知ってるか?」


「イビル……?」



 詳細は分からないけど、単語の意味から歌音には似合わない職業ジョブだという事は分かる。悪魔イビル神官プリースト? 合わせて悪魔神官と言った所かしら。翔真も適当な事を言ったものね?



「アイツ、歌音に何て事を言うのかしら!?」


「まぁまぁ。石瑠君も別に悪気があって言った訳じゃ無いと思うから」


「けど――」


「とにかく、私もジョブチェンジしてみるよ。それで石瑠君の言う事が間違ってるかどうかが分かるでしょう?」


「確かに、それもそうだな」



 話を纏めた歌音は、端末を操作して選択肢を選ぶ。すると、彼女の魔晶端末ポータルから、総司を包み込んだのと同様の光が発せられる。



「――」



 光が収まった後、歌音は無言で自身のステータスを確認している様だった。



「どうだった?」



 総司が、歌音へと問い掛ける。



「んー……メディックだって」



 あははと微笑みつつ、歌音は私達に報告する。メディック。確か基本的な回復職だった筈。私でも知っている有名な奴だ。



「――やっぱり、出鱈目じゃない!」



 何がイビルプリーストよ!

 冗談にしても、気分が悪いわ!



「こんな可愛い子を捕まえて、何が"イビル"よ! 今度会ったら問い詰めてやるわ!!」


「ほらほら〜、紅羽ちゃん落ち着いてー」


「しかし、翔真でも外す事はあるんだなぁ?」


「アンタ達のアイツの信頼は何なのよ!? 翔真の奴は昔っから良い加減な奴だったのっ!!」


「まぁ、否定はせんが……」



 苦笑いを浮かべる男子達。結局総司達は翔真の味方なのね? その態度にも腹が立つ。私、間違った事は言ってないのに……! アイツと一番付き合いが長いのは私なのよ!? アイツの事は、私が一番よく知ってるのッ!!



「もー、落ち着いてよ紅羽ちゃん……」


「だ、だって!」



 私を宥めるのは、同じ女子である歌音だけ。彼女の言葉には、何となく私も弱かった。



「――確かに、イビルは無いよね? 私だって女の子だもん。少しカチンとしちゃったなぁ?」


「……え?」



 微笑みながら、歌音は普段の彼女ならば言わない様な事を口にする。声量が小さかった為、男子二人には聞こえていない様だった。



「後で、人気の無い所に呼び出しちゃおうかなぁ……? ――クスクス。石瑠君、どんな顔をするか楽しみだね?」


「か、歌音……?」



 何だろう、このプレッシャーは?


 目の前に居るのは、本当に私の知る"歌音"なのだろうか? 声が恐怖で上擦ってしまう。



「――なんてね。冗談だよ、冗談っ♪」


「へ?」


「あんまり紅羽が怒るんだもん。私も怒ったらどう言う反応をするのかな〜〜って」



 ――結果は大成功。


 悪戯っ子の歌音が「てへ」っと舌を出す。



「な、なによそれ――!」



 自分が一杯食わされた事に気が付くと、私は歌音に向けてプリプリと怒り出す。内心ではホッとしている自分も居て、歌音の思わぬ一面にどぎまぎしちゃっていたわ。



「石瑠君かー……後で調べないとなぁ……」



 両腕を上げて伸びをする歌音。彼女の最後の呟きだけは、私の耳にも届かなかった。

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