第52話 石瑠麗亜の冒険


 ――SIDE:石瑠麗亜――



 いけない事をしているのは分かっていた。

 けれど、もう止められない。


 私は、私の計画を実行する――


 AFGカンパニーとは、母様が所有する仏蘭西のセキュリティ会社だった。航空機を護衛するのが主な仕事の内容だけれど、護衛社員には、探索者としての資格を習得させる制度がある。


 母様のメールアドレスを使って、特機・管理委員会に探索者申請を行った私は、その思惑通りに架空社員である"石瑠麗亜"の登録が受理された事に歓喜したわ。


 送られて来た魔晶端末ポータルは本物だった。これで私も姉様と同じ探索者に成れる。翔真なんかに遅れは取らない!!


 意気込んだのも束の間。


 アカデミーへとやって来た私は、現実という、どうしようもない壁にぶつかってしまう。



「年齢、制限……!?」


「申し訳ありません。日本国の法令では15才未満の方のABYSS探索は禁止されているのです」


「でも、魔晶端末ポータルは……!」


魔晶端末ポータルの所有は法律で制限されてはいません。命の危険が伴うABYSSへの転移が問題視されているのです」


「ッ! 仏蘭西では12才からOKなのに……!」


「……此処は日本ですので。付き添い等が居れば別なのですが――」


「付き添い? そんなの……」



 ABYSS探索だなんて、反対されるのが目に見えていたから、誰にも内緒で決行したのだ。姉様は勿論、メイド達だって許してくれない! そんな私に年上の探索者の知り合いなんて居る訳無いじゃない!?


 ――諦める?

 ――こんな所で?


 危険を冒したのよ?

 嫌いな母様の力なんかを使って!!


 ……魔晶端末ポータルまで手に入れたのにッ!?



「わ、私は――」


「はい?」


「私は、石瑠麗亜なのよッ!? 石瑠家の、武家の娘!! 一人でだって探索出来るッ!!」


「……お客様」


「ちゃんと調べて! 年齢で差別なんてしないで!! わ、私は――私は――ッ!!」



 駄目だ。泣きそう。


 何だって私は、あの"翔真"みたいな真似をしているんだろう? 自分で自分が情けない……!


 分かってるけど、止まれなかった!!


 姉様と肩を並べたい。立派な探索者になって、一緒にABYSSを探索したい!


 此処で諦めたら、きっと永遠に叶わない。


 無様で幼稚と罵られようとも、私は駄々を捏ね続けるしか無かったのよ。


 それが例え、叶わない夢でも――!



「……ふぅーん。石瑠麗亜ちゃん、ねぇ……? 君って、もしかして翔真君の妹さん?」


「!」



 突然、横から話し掛けられた。顔を向けて驚いたわ。そこには女子高生アイドルとして有名なMe'yが私を見ていたんですもの。



「Me'y……?」



 思わぬ有名人の登場に、私は言葉を失ってしまう。狂流川冥。いつもTVに出て来る少女だ。同級生の子達がファンで、私も何度かライブ動画を見た事がある。熱烈なファンという訳では無かったのに、本物を目の前にしてしまうと、何だか不思議とってしまう。


 これが、アイドルのカリスマ……?


 その存在感に、私は思わず気圧される。



「ん――? あれ、違ったぁ……? だったらゴメン。何でもなーいっ☆」



 興味を失ったかの様に、その場から去って行こうとするMe'y。彼女を行かせては駄目。私の中の第六感がそう叫ぶ。あの"兄"とアイドルのMe'yがどんな関係を持っているのかは分からない。けれど、此処を逃す訳にはいかなかった。



「い、妹よッ!! 私、石瑠翔真の妹!!」



 今まで石瑠翔真を兄と思う事すら嫌っていたのに、追い詰められたらこんな事を叫ぶのかと、私は自分自身が情けなかった。



「――何だ、やっぱりそうなんだ?」


「……!」



 振り返りながら、笑みを浮かべるMe'y。


 その屈託の無い表情に、私は何だか妙な不安を抱いてしまう。大事な選択肢を見誤ってしまった様な、そんな漠然とした不安だ。



「それで、妹ちゃんは何をやってるのー?」


「私、ABYSSに潜りたくて……!」


「へぇー? 小さいのに凄いねっ☆ でも、君じゃ年齢制限に引っ掛かっちゃうでしょ?」


「それは、そうだけど……」


「あは! だったら私と一緒に潜ろっか? 翔真君の妹さんなら、私も大歓迎だよ〜っ☆?」


「え!?」



 Me'yからの提案に、私は心底驚いてしまう。アカデミーに通う現役アイドル。Me'yが探索者だって言う事は知っていたけれど、まさか初対面の私とPTを組んでくれるとは思わなかった。



「い、良いの……?」


「うん。だってだもん」


「……」


 

 ――アイドル・Me'yの信頼と、それを向けられる翔真の姿が一致しない。


 家の中での兄は、姉にシゴかれ、三つ下の妹に虐められ続ける情けの無い落伍者でしか無かった筈。確実な成功者であるMe'yに、こうまで認められる様な存在じゃ無いわ。


 何かがおかしいと、私は思った。

 明確に感じる認識のズレ。


 翔真は――私の兄は――


 石瑠翔真って、何者なの……?



「――さ、それじゃあ受付をしましょう♪」


「えぇ……」



 考えても何も分からない私は、Me'yに促されるままに受付登録を済ませていく。


 念願のABYSS探索は、目の前だった。



「――楽しくなるね、翔真君……♪」



 

 

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