第51話 級長選出戦、開始


 それぞれのPTに回復薬を配り終えた僕は、一人でやり切った感を覚えていた。石瑠翔真の演技をしているとは言え、やはり自発的に誰かへと話し掛けるのは苦手だ。初心者相手のレクチャーなんて、本来僕の柄じゃないんだよ。



「――それじゃあ皆、準備は出来たな? 気を取り直して探索を始めよう!!」


「今から48時間後が期限ですわ〜! 途中の行動は各PTに一任しますけれど、月曜日の七時までにはこの場所へと戻って来る事……出来ていないPTは問答無用で失格と致しますので、不正をしよう等とは思わない事ですわね〜!!」


「階層更新も大事ですけど、危なくなったら無理をせずに休んで下さいね? 身体を壊してしまっては元も子もありませんので――!」



 三人のPTリーダーが、それぞれ声を出す。この中の誰かが級長に任命されるのか。僕の分まで精々頑張って下さいって、感じである。



「行きますわよ〜! 皆さん!!」


「ウッス!」


「うむ!」


「が、頑張ります……!」



 最初に転移して行ったのは、士気の高い武者小路PTだった。あのやる気が空回りにならなきゃ良いんだがな……?



「――では、私達もっ!」


「行くでごわす!!」


「ふんがー?」


「……もっと真面目にお願いします」



 次に向かったのは芳川PTだ。ふんわりとした芳川の空気が、PTメンバーにも伝播していて、クソ真面目な卜部はやり難そうだった。



「それじゃあ、翔真。俺達も行ってくる」



 声を掛けて来たのは、イケメン主人公の相葉である。態々話し掛けて来なくて良いのに。義理堅いと言うか面倒臭いと言うか――僕は仕方無しに奴へと応対する。



「好きにすればー? こっから先は競い合う対象なんだから、気にしないで勝手にやりなよ」


「ハハッ、相変わらずだな」


「石瑠君も、無理はしないでね?」


「……東雲か。その気遣いは他の連中にしてやりなよ。僕はマイペースに潜るだけ」


単独編成ソロ故、危険は侵さないという事か?」


「そーそー。分かってるじゃないか、神崎。こんなレクリエーションで、怪我なんかしてもつまらないしね?」


「何それ……やる気無いんじゃないの?」


「紅羽にとっては良い事だろう? 愛しの相葉の勝つ確率が上がるってんだからねぇー?」


「別にアンタが本気を出したとしても、アタシ達には勝てないわよ。余り自惚れない事ね?」


「あっそー!? だったら精々頑張ればー!? そんな事を言って、武者小路辺りに負けたなら、格好悪くて仕方が無いよォ〜〜!?」


「ッ! 言われなくても……ッ!」


「――はい、ストップ!」


「そ、それじゃあ俺達もう行くから! お前も気を付けてABYSSに潜るんだぞ!?」


「ちょっと! まだ私は話が――!!」


「良いから落ち着け……」


「紅羽ちゃん、ドウドウ!」


「――ッ! 馬鹿翔真!! 見てなさいよ! 私達は絶対に一位通過して、アンタの鼻を――」



 言葉の途中で、相葉達は転移する。紅羽の魔晶端末ポータルを横で東雲が操作したのはファインプレイだったな。あのまま絡まれ続けるのは、僕の方だってしんどいわ。



「しっかし、探索前に回復薬が尽きるとは思わなかったなぁ……」



 僕が事前に用意していた回復薬は20個だ。三つのPTに分配したら、綺麗さっぱり無くなってしまった。今から買い足すというのも時間が掛かるし、人混みという物が嫌いな僕は、集団列に並ぶという拷問を受けたくは無かった。


 ……まぁ、本気のタイムアタックをする訳でも無いし、低階層ならノーミスは余裕。このもま行っても構わないか……。



「――ん?」



 雑多な人混みの中。立ち並ぶ受付の前に、見知った"金髪幼女"を見付けた様な気がしたんだが、波に飲まれてその姿はすぐに見えなくなってしまう。暫く目を凝らして見るも、もう一度対象を発見する事は叶わなかった。


 仕方無しに、諦める僕。

 恐らくは、見間違いか何かだろう。



「こんな場所に、麗亜の奴が居る訳ないか」



 仮に居たとしても、魔晶端末ポータルが無ければABYSSへと潜る事は出来ない。魔晶端末ポータルは管理委員会の申請を通らなければ所持する事が出来ないのだ。企業ならばまだしも、個人での受理は難しいし、裏ルートを使って魔晶端末ポータルのみを入手したとしても、今度は年齢制限で引っ掛かる。


 ABYSS探索は15才からと法令で決まってる。


 なので、小等部からアカデミーに通ってる奴も実際にABYSSへと潜れるのは中等部の3年からとなる。それまでは学科や実技等の英才教育を仕込まれるから、基礎と言う意味では1-Dは他と大きく水をあけられていた。到達階層だけを見れば、他クラスとは1年のリードしか許して無いので、ギリギリ追い付けるという寸法だ。


 ……付き添いが居れば、年齢が達してなくてもABYSSに潜る事は出来るだろうけれど、そんな無茶は他の大人が許さない。


 藍那姉さんは元より、家のメイド達だって麗亜をABYSSに連れてくなんて事はしない筈。


 僕が気にする理由は、1ミリもなかった。



「……考えても仕方が無いか」



 結論付けた僕は転移石へと近寄ると、魔晶端末ポータル機能の【転移】を使用する。


 悩みの種って言うのは、尽きないもんだな?


 自嘲しながら、僕は煩わしい事を忘れる様に転移の光に身を任せるのだった――

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