第50話 捉え所の無い男
――SIDE:宇津巳早希――
面倒な事になっちゃったなぁ。憤る武者小路さんを見ながら、私は内心で嘆息する。
ABYSS内の報道リポーターを目指す私としては、探索者として大成する気なんて更々無かった。武者小路さんのPTに入れたのも、単に運が良かっただけ。人よりも少しばかり総合力が高いだけで、私よりも探索者に向いている生徒は一杯居る。そもそも私は、荒事が苦手なのだ。暴力という原始的な手段を嫌っていて、だからこそ"情報"というスマートな武器を好んでいた。
きっと、根本的な考え方が他の人とは違うんだと思う。PTメンバーと一緒に居ても、偶に疎外感を覚えてしまうのはそれが原因だ。
理解してくれるのは、報道部の部長くらいかなぁ? あーあ、紅羽ちゃんとの話し合いが、何でこんな事になっちゃったんだろう……?
それもこれも全部、アイツが悪いんだ!
紅羽ちゃんを惑わす元凶……!
――石瑠翔真。
幼い頃からの許嫁と言うけれど、その傍若無人っぷりは枚挙に暇が無い。他人に人生を決められる事自体が酷い事なのに、相手があんなクズ野郎じゃ、救い様が無いじゃない!
だからこそ、私は"情報"を駆使して石瑠翔真を叩くのだ。勿論、これが卑怯な事だと言うのも分かっている。紅羽ちゃんの性格上、気に入らないのも理解している。けれど――必要悪ってあるじゃない? 変えられない現実を変える為には、綺麗事なんて言ってられないよ!
私は自身の武器を使って、石瑠翔真を徹底的に叩いてやる。例え紅羽ちゃんに嫌われようとも、私は絶対に止まらない!
だって――此れが私の戦い方だもん。
「友達を助ける為なら、私は――」
「何をブツブツ言ってるんだ、お前……?」
「ッ!?」
思わず、悲鳴を上げ掛けてしまう。
噂をしたら何とやら。
私の背後には石瑠翔真が立っていた。腰に手を当て、此方を呆れた様子で見詰めている。
「そこに居るのは石瑠翔真! 態々私達の前に現れるとは……一体何の用ですの!?」
敵愾心剥き出しの武者小路さんが、石瑠翔真に噛み付く。彼女のこんな態度は珍しい。我道先輩とのやり取りが余程堪えたみたいだね?
「自意識過剰だなぁ。悪いけど、武者小路には用は無いよ。今は宇津巳に会いに来たんだ」
『なッ!』
武者小路さんと私の声が同時にハモる。その性質は怒りと困惑で違うけど、近寄って来る石瑠を目の前にして、私は後退りしながら身体を固くする事しか出来なかった。
「……そう言う反応は、少し傷付くな……」
「……え?」
眉尻を下げながら、溜息を吐く彼。想像とは違う反応に、私の方こそ困惑してしまう。
「なぁ、宇津巳早希。お前【ヒーラー】だろう? 回復薬は何個持ってる?」
「え、えっと……!」
回復薬……? 何でいきなり……?
思いながらも、私は自身の
「ぜ、全部で15個あるよ……?」
声が思わず上擦ってしまう。石瑠の事を調べ尽くしていた私だけれど、実際に喋ったのはコレが初めて。不倶戴天の敵と思っていた相手なだけに、少し緊張しているのかも知れない。
「15個か。ギリギリ足りるな……なら、5個やるよ。全部で20個持って行け」
「――え!?」
突然の提案に、私はギョッとする。
「い、いきなり何事ですのー!?」
「うぉ!? 五月っ蝿いなぁ! 今からだと回復薬の補充なんて出来ないだろう? 探索区は一般客でごった返してるし、安全の為にも回復薬の個数は20で揃えておきたいんだよ!!」
「……20で揃える、その意味は?」
寡黙な番馬君が、石瑠の話に食い付いた。
「1日10個の使用が探索者の平均だからだ。回復薬って言っても、過度の自己再生は肉体にも悪影響が出る。ダメージを引き受ける【タンク】には1日の使用量は10個までが基本なんだよ」
「成程、為になる……」
「今回ABYSSに潜んのは二日間だから、20個を用意しとけって事かよ。へへっ! 石瑠ぅ、お前以外と気前良いんだな〜?」
「チッ、暑っ苦しい! ベタベタするな!」
感心する番馬君に、馴れ馴れしく肩を触る鈴木君。石瑠翔真は終始嫌そうな顔をしていた。
「そうですわそうですわ〜!! 何を懐柔されているのです、この下僕共!!」
「げ、下僕?」
武者小路さんのノリに、石瑠の奴は引いてしまう。私自身はもう慣れちゃったけど、何も知らない他人からしたら、チームメイトへの"下僕"呼びは驚くよね……?
「回復薬程度で私達の人心を得ようだなんて、狡い真似をしますわね〜石瑠翔真! 残念ながら、そんな手はこの私には通用しませんわ〜! ……どうせ後で高額な請求をするつもりでしょう!? その手には乗りませんわよ〜〜!!」
「――アホか。面倒臭い……もういいや、取り敢えず受け取れよ、宇津巳」
「え、――わ!」
次元収納から取り出した回復薬を、5個その場で渡される。瓶容器なので、落としたら大変だ。両手一杯に回復薬を抱えながら、私は自身の
「あ、ありがとう……」
「別に。一応言っておくけど、回復薬程度で僕に懐くなよ? こんなのはプロの探索者なら誰もがやってる"準備"の一環なんだ。恩に着せるつもりは無いし、むしろ着るなって感じだね!」
「――わ、分かってるわよ!!」
内心を見透かされた感じがして、私は頬を紅潮させながら石瑠へと言い返す。
「そーそー、そんな感じ。……あ、所で鈴木。お前には僕のメアドを渡しておこう……」
「へ!? お、俺!?」
それっきり、石瑠の奴は振り向かなかった。やりたい事をやって、去って行くアイツ。
振り回された私達は、何が何だか分からない。石瑠翔真。中学時代はどうしようも無いクズだったって聞いてたけど――
――今は、どうなの?
嫌味ったらしい言動はそのまま。ABYSS探索に於いては、真摯な一面を持つ不思議な男子。
報道部に所属しながら、こんな事を言うのはアレだけど。何だか私には石瑠翔真という人間が分からなかった。
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