第48話 集合と熟練者の杞憂


 探索者の朝は早い。


 一般開放されたアカデミーの転送区を見渡しながら、僕はそんな格言を思い出す。元々は昼夜逆転した廃人プレイヤー達を揶揄する様な言葉だったんだけど、ごった返す人混みを見ていると、あながち間違いではなかったんだなぁと、何だか妙な感動を覚えてしまう。


 探索区での買い物は予め済ませておいた。当日のこの混み様を見たら、回復薬一つにしても難儀しただろう。アカデミーの学生達は元より、探索者を生業とする中小クランの姿もチラホラと散見している。ケーブルを引いているのはテレビ局か? ABYSSの特集をする為に現地レポートをしているのかも知れないな。


 まるでお祭り気分じゃないか。

 やりづれ〜〜!!


 世界で一番混雑が嫌いな僕は、活気のある転送区というものに辟易としてしまう。……早く受付を済ませて、クラスの連中と合流しよう。


 管理委員会が運営する転送区の受付カウンターへと移動すると、僕は係のお姉さんに自身の魔晶端末ポータルを差し出した。



「1-Dの石瑠翔真。利用時間は月曜の午前七時まで。バックパックを持って来てるから、受付の方で預かって。経費の方は引き落としで頼む」


「承りました。翔真様は自由探索は初めてですよね? お手数をお掛け致しますが、"誓約書"にサインを頂いても宜しいでしょうか?」


「誓約書――? あぁ――」



 そう言えば、そんなのもあったっけ?

 要は免責事項が書かれた紙である。


『ABYSS探索で生命を失ったとしても、当方は何の責任を負いません』という誓約書だ。


 平日での授業探索ではこう言うのを書かないから、何だかちょっぴり身が引き締まるよね。


 サラサラサラー、と。受け取った書面に名前を記入していく僕。誓約書のサインは一度だけなので、2回目以降は不要となる。



「これで良い?」


「はい、承りました。では、魔晶端末ポータルをお返し致します。お帰りの際は再び受付へと寄ってらして下さい」



 勝手に帰られると、遭難と見做される場合もあるからね。管理委員会も大変だ。渡したバックパックの代わりに、ナンバーの入ったタグを受け取りながら、僕は受付へと了承した。



「さて――アイツ等は、と」



 キョロキョロと辺りを見渡すと、僕は目的の集団をいとも簡単に発見した。


 ていうか――何だ、あの大量のバック?


 まるで修学旅行生の様な装いをする1-Dのクラスメイト達に、僕は思わず呆れてしまう。



「あ、やっと来ましたわね! 石瑠翔真!!」



 ビシッと、僕を指差しながらぷりぷりと怒り出す武者小路。……約束の時間には間に合った筈だけどな? 勝手に早く来た癖に、時間通りにやって来た僕を責めるのは違うんじゃ無いか?


 面倒臭いから、相手にはしないけどね。



「見た感じ、僕がラストだったみたいだね? 君達は受付は済んでるのかい?」


「当たり前でしょう。皆準備を終えて、アンタの事を待ってたのよ!」


「あっそ。そいつは悪いを事したね〜?」


「……思っても無い癖に」



 突っ掛かって来る紅羽をやり過ごしながら、僕は主催の武者小路へと話を振る。



「確認だけど、探索の期限は月曜日の午前七時。約48時間後で良いんだよな?」


「宜しくてよ。時間になった時により深く到達階層を伸ばしていた者が勝者となりますわ!」


「同率の場合は、候補者同士のタイマンか」


「石瑠翔真。君はそこまで気にしなくて良いだろう。見た所、助っ人すら引き連れていない様子。この勝負に単独で挑む無謀さは理解していたと思っていたのだがな?」


「……嫌われてるから、誰も仲間になってくれ無かったんじゃないの?」


「そうだとしたら、既に勝敗は見えている。悪い事は言わない。棄権する事を勧めるよ」



 好き勝手言ってくれるなぁ……? そもそも、出ろって言ったのはお前等だろうが。辛辣な物言いをする卜部と宇津巳。どうやら、コイツ等は余程僕の事が気に入らないらしい。



「……どうでも良いけどさぁ。君達、その荷物は一体何なんだい? 馬鹿みたいに地面一杯にバックを置いてさぁ、周りからも注目されてるし、一緒に居るのも恥ずかしいんだけど?」


「え? そう言えば、翔真は手ぶらだな?」


「……魔晶端末ポータルの中に収納しているのでは?」



 相葉と神崎が考えるが、もうこの時点で僕としては論外なんだよな。ま、コイツ等は自由探索は初めてだろうし、知識が乏しいのも仕方が無いのかも知れないけどね。



魔晶端末ポータルに収納してどうすんのさ。次元収納ったって、容量には限りはあるんだよ? 普通は受付に預けておく物なのっ!」


「あん……? じゃあ、途中で休む時はどーすんのよ? ABYSS内でも腹とか減るべ?」



 武者小路PTの鈴木一平が問い掛けて来る。



「当日消費する食料は持って行くさ。ブロック型の携帯食料と飲料水。それ以外は全部いらないんだよ。安眠なんて、安全地帯セーフエリア以外じゃ出来ないぞ? 寝袋だって嵩張るんだ。パックパックは置いて行った方が良い」


安全地帯セーフエリアって、此処の事だよね? 寝る度に転送区まで戻るの?」



 東雲の当たり前の様な質問に、僕はうんざりしながら「そうだよ」と答える。



「――待って。それなら、もう少しの所まで進んで、一度休みたくなった時はどうするの?」



 芳川PTの高遠葵が僕へと質問する。


 何というかもう、面倒臭いなぁ……!



「……我慢だよ」


「え?」


「もう少しで階層更新が出来ると思うなら、我慢して進めば良いんじゃない? 現在地の地図も無く、何の根拠で階層更新が出来るって判断しているのかは知らないけれど、低階層は中層に比べれば大分狭くはなってるし、やろうと思えば充分可能だと僕は思うよ」


「む、無理をして進めと言うのか!?」


「――ばーか!! 無理を見極めて引くべき時に引けっつってんだよ!! 寝なきゃいけない程に消耗している状態でABYSS内を彷徨くなッ! 魔物が徘徊する中でキャンプなんて、初心者がやる事じゃあないんだよ!! そんな事してたら、あっという間に御陀仏だぞ!? 休める時にはきっちり休め! 探索者の鉄則だぞ!?」



 言い切ってやると、周りの連中は息を呑む。

 つい、苛々して叫んでしまった。


 聞いてきた瀬川には悪い事をしたな。

 こう言う性格が、ボッチの所以なのだろう。


 反省しよ……。



「……周りの連中を見てみなよ。君達みたいに、バックパックを持ってABYSSに潜ろうとはしてないだろう? 当然、魔晶端末ポータルにも収納していない。次元収納の容量はABYSS探索で入手した資源に割り当てるべきなんだよ。――っていうか、僕達探索者の"目的"を考えるなら、それが普通だと思わない?」


『……』



 そこまで言って、漸く周りの連中は合点が入ったのだろう「お、俺! 預けて来るわ!」と、相葉が慌てて動き出したのを皮切りに、それぞれのPTは受付へと走り出す。


 初心者の相手というのも、大変だな。

 何だか、心配になって来たぞ。



「無理をして、生命を落とすなんて事は流石に無いと思うけれど――?」



 念の為に、保険は必要かも知れないな。

 全く、世話の焼ける連中だ……。

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