第47話 出発の朝


 そんなこんなで、日時はあっという間に過ぎて行く。狂流川と会った後は大したイベントもなく、僕は数日を浪費しながら、級長選出前の金曜の夜を迎えていた。


 浪費――全くもってその通りだろう。


 土日の級長選出が到達階層を競うものだから、平日でのABYSS探索は必然的に抑える羽目になっていた。授業中での探索時間は2時間。影山に申し込めば3時間までは潜っていられる。初心者探索者では3時間で階層更新をするのは難しいと思うけど、原作知識を持つ"僕"ならば、低階層の更新は余裕である。


 スタートダッシュで10階層まで昇り詰め、階層主を撃破して経験値をがっぽりゲット――何て未来のプランは今の状況では達成出来ない。


 仕方が無く第2階層をプラプラと歩き、スライムやゴブリンを相手にMPを稼ぐ日々だ。


 結局の所、週末までやる事は一緒だった。



「それでも、MPはまぁまぁ稼げたかな……?」



 自室のベッドに寝転がりながら、僕は手元の魔晶端末ポータルを操作していく。


 現在の所持MPは25,000。


 装備を新調出来る程では無いが、ぼちぼちアイテムなんかは揃えても良い頃だろう。特に欲しいのは戦闘補助系。低レベル縛りには必須だからね。後で魔道具屋を覗いとこう。



「木・金の二日間で、他の面子はどう変わったかな……っと」



 魔晶端末ポータルの画面を操作して、僕は1-Dのクラス情報を表示する。この画面で分かるのは他の生徒達の"レベル"と"職業ジョブ"と"到達階層"のみである。細かいステータスはPTを組んでいなければ分からないんだけど、今回はそれで充分。僕は級長候補の三人に注目しながら生徒情報に目を通していく。


 表示された情報は、以下の通りだ。


 01.[ノービズ] 相葉総司 LV.5 [2F]

 05.[ノービズ] 芳川姫子 LV.4 [2F]

 09.[ノービズ] 武者小路美華子 LV.4 [2F]


 相葉の奴が一歩リード。他はトントンだな。LV.5という事は、もうとっくに獲得経験値の減少に引っ掛かっている。階層を更新出来ていない現状では、後の二人に追い付かれるのも時間の問題だろう。


 土日の自由探索は、48時間のぶっ通しになる筈。寝泊まりはABYSSの中だろう。僕は慣れてるから平気だけど、他の連中は大丈夫かな? 無理して大事故にならないかどうかが心配だ。


 階層更新をしたなら、転送区へと戻って、他のPTの様子を確認するのも良いかも知れない。


 相葉達のLVから言って、少なくとも第5階層は到達してくれるだろう。僕の方は単独編成ソロを理由として第3階層で止めとくつもりだ。


 当日は戦闘補助アイテムもそうだけど、寝袋や食糧も買っとかないとなぁ〜。


 ――何にせよ、久々のガッツリ探索だ。


 今から明日が楽しみである。





 4月15日土曜日。

 午前六時起床。


 ……朝焼けを拝まぬ朝というのも久々だ。


 藍那姉さんとの朝練はABYSS探索に向かうと言って断っている。土日の自由探索は姉さんの方も重要だから、互いのスケジュールを考えた上での中止って事になるのかな? 此れが可能なら、地獄の様な特訓も土日であればやらなくて済むという事。正にABYSS様々である。


 学校指定の制服へと着替えた僕は、事前に用意していたバックパックを片手に持ち、部屋の外へと降りて行く。


 土曜の六時と言えば朝の早い姉さんを除外して殆どの者は眠っている筈。いや、メイドさんって、朝は早いのか? 兎も角、妹の麗亜を起こしたら何をされるのかは分からない。慎重な足取りでキッチンへと向かおう。



「――! 翔真様……」



 厳しい視線で僕を睨み付けるのは、メイド長のマリーヌさんだ。……相変わらず嫌われてるなぁ? 誰にも会わずに外へと出たかったんだけど、仕方が無い……。



「随分と早起きなんだねー? キッチンで何してるの? あ、もしかして朝食を作ってたり?」


「いえ、そう言う訳では……お望みでしたら御作り致しましょうか?」


「結構結構。今日は朝からABYSSなんだ。忙しくて食べてる暇なんて無いよ」



 探索前に芋虫料理なんか食べる気にもならないしね。ABYSS内で腹を下すのだけは御免だ。



「――ABYSS」


「ん? どうかしたの?」


「あ、いえ! 何も――」


「ふぅん……?」



 神妙な顔で考え事をするマリーヌ。


 心此処にあらずと言った感じだろうか?

 何だかちょっと珍しいね。



「……取り敢えず、二日分の食料を持って行くから、冷蔵庫に行かせて貰える?」


「あ、はい!」



 横へと退いたマリーヌを通り過ぎ、僕は冷蔵庫から飲料水を詰めて行く。後は、事前に用意していた缶詰や保存食を入れて完成だ。出費は嵩んでしまったが、充分なMPが稼げるまでは"円"で補うしか無いだろう。



「それじゃあ、行ってくるけど――麗亜の奴はまだ寝てるのかい?」


「えぇ、まぁ……」


「そっか。土日は家に帰らないから、そのつもりで宜しく。……君達に言う事じゃ無いのかも知れないけど――妹の世話、頼んだよ?」



 下手したら姉さんも土日は家に帰らないのかも知れないしね? そうなったら、麗亜は一人で留守番をする羽目になってしまう。


 確か、まだ小6だろう? メイド達が居るとは言え、少し心配しちゃうよな。


 思いながら、僕はその場を後にした。


 マリーヌからの返事は無かった。多分、言われるまでも無いという事なのだろう。


 本当、頼もしい限りだよ……。

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