第46話 屋上と猫と狂流川


 四限が終わり昼休みになると、1-Dの生徒達は活発に行動をし始めた。弁当を広げる者。購買部に走る者。食堂へと向かう者。生徒達の行動は様々だ。相葉達は、今日も四人で飯を食うのだろうか……? 相変わらず仲の良い連中だ。


 彼等を尻目にしながら、教室の外へと出て行く僕。向かう先は当然食堂――ではなく、購買部の方である。アカデミーでは混雑緩和の為に食堂と購買部は離れて設置されている。以前、食堂に向かったら天樹院達と出会してしまったからね。同じてつを踏まぬ様、今回は別ルートを試してみるつもりだ。



「購買部は――まぁ、普通か……」



 辿り着いたカウンター型の店舗を眺めながら、僕は「ほう」と息を吐く。学生の頃に通っていた高校の購買部が似た感じだったな。郷愁に駆られながら大して並んでいない生徒の列へと加わる僕。程無くして、手元にはあんぱんと牛乳が手に入る。お値段たったの50MP。


 ――安い!


 これからは、此処に通う事にしよう!


 食料を抱えながら向かう先は、創作物の中では定番の穴場。高等部校舎の屋上である。


 普段は施錠されているのだが、昼休みになると何故か開放されてるのよね? 周りの生徒達は誰も知らない。原作知識のある僕にだけ許された、隠れ家的スポットだ。1人飯をするのには、これ以上無く適しているだろう。



「さてさて――と」



 屋上へとやって来た僕は、手頃な床へと座り込み、買ってきたパンの袋を開けていく。



「うん、美味い……」



 あんぱんは素朴な味がした。飾り気の無い昔ながらのこの味がまた良いのである。甘い餡子と冷たい牛乳の相性は抜群で、気が付いたらすぐに完食してしまっていた。


 寝っ転がりながら、青々とした空を眺める。


 気持ちが良い……此処がABYSS構造体の中とは、とても信じれないよ。物凄い解放感だ。僕は頬に感じる柔らかな風に目を細めながら、透き通った天井をじっと眺め続けていた。


 燦々と輝く太陽。

 浮かぶ白い雲。

 昼の月。

 眩いばかりの、白いパンティ――



「――ん?」



 ……何か今、見えてはいけない物が見えてる様な? 僕は思わず、目を疑った。



「――そうまじまじと見られると、私もちょっと恥ずかしいんだけどなぁ……?」


「ふぇ!?」



 掛けられた声に、思わず飛び起きる。僕の背後。頭上に立っていたのは、現役女子高生アイドルの狂流川冥だった。生徒会の広報が何でこんな所にいるんだ!? しかもパンツ……! 白いパンティを僕に見せてくれるとはッ!?



「やっほ、翔真君。こんな所で会うなんて、何だかとっても奇遇じゃない?」


「な、何で狂流川……先輩が……ッ!?」


「いやそれ、こっちの台詞なんだけどなー? 高等部の屋上は、私のお気に入りスポットだよー? 人目を避けたい時なんかは、此処で静かに御飯を食べてるんだニャン♪」


「……」



 ニャン……?


 僕が何も言えなくなっていると、狂流川は持って来ていたビニール袋から、紙のトレイとキャットフードを取り出した。


 もしかして、猫の餌?

 こんな場所に、猫なんか来るのか?


 訝しむ僕だが、狂流川が校舎の壁側に餌をセットすると、程無くして一匹の黒猫が何処からとも無く現れた。


 首輪をしてない所を見るに恐らくは野良なのだろうが、餌を食べる黒猫を優しく見詰める狂流川を眺めていると、彼女本人が飼い主だと言っても過言では無いのかも知れない。



「……あー、もしかして、昼休みに屋上の鍵を開けてるのって――」


「私だよー。秘密にしてたんだけど、翔真君には前からバレてたんだね?」


「前からと言うか、何と言うか――」


「ね! 何時から此処の事、気付いてたの? 私、何度か此処に来てるけど、翔真君が屋上に上がって来たのは今日が初めてだよね?」


「そ、それは――」



 やばい、何て言い訳をすれば良いんだ?

 突然の事に、僕も言葉が詰まってしまう。



「何だか君って不思議だよねー? 総合力最下位の弱弱〜な男の子なんだけど、たまに妙に冴えてたりするの。……どっちが本当の君なのかな? とっても不思議で、面白い――」


「――せ、先輩……」



 顔……! 顔、近いって……!


 いきなり距離を詰めて来た狂流川は、僕の頬に手をやりながら、顔を寄せて囁いた。微かに触れる彼女の吐息。引力を感じる輝く様な眼差しに、僕はアイドルという存在の凄みをこれ以上なく実感する。


 ――可愛いは暴力だ。


 こんなモノに当てられたら、世の男性は平伏せざるを得ないだろう。しかも、恐らくは確信犯。掌で転がされてるのを自覚していると言うのに、ソレがこの上なく気持ち良いから、抵抗する気が起きないのだ。


 我道竜子とは別種の"力"。

 これが、狂流川冥の"力"である。


 だが――僕はまだ堕ちない!!



「……ふ、不思議と言えば! 僕も最近、不思議な事があったんですよ〜!?」


「え〜? なになに〜?」



 良し、食い付いた!!

 このまま話題を逸らしてやるぞ!!



「この前ABYSS探索に行った時の事なんですけど、スライムやゴブリンしか出現しない筈の第2階層で、何故だか"ゴーレム"が出現したんですよ〜! ね? 何だか不思議でしょ!?」


「……」


「魔物の分布が変わったのかなぁ〜? いや、そんな事になれば大事ですよね? だって、ゴーレムと言えば、討伐する為の適正レベルは10くらいでしょう? 探索初心者が鉢合わせしたら、大体は助からないんじゃないかなぁ――?」


「……」


「って、アレ……? 先輩?」



 狂流川の方を向いてみると、何だか余り盛り上がってはいない様子。会話の選択を間違えたかな? ABYSSトークは、探索者にはバカウケだと思ったんだが……違った様だ。



「あ、いいよー続けて。私、男の子が一生懸命話をしているのも好きだから」


「は、はぁ」



 ……逆に話し辛いわぁ。僕の気持ちを察してか、今度は狂流川の方から話を振って来た。



「第2階層にゴーレムかぁ……ねぇ。もしそのゴーレムが、誰かのスキルで使役したものだったとしたら、翔真君はどう思う?」


「え? そりゃあ――何でそんな事をしたのか? とか、色々と思う所はありますけれど……?」


「……暇潰しだったりして」


「ひ、暇?」


「探索初心者を狙って、ゴーレムをしかけたら、彼等は"良い反応"をしてくれるでしょう? 犯人はきっと、その反応を楽しみたかったんだよ。ポテチやジュースを片手に笑いながらその光景を見てたと思うな〜☆」


「……そりゃまた、随分と――」



 性格の悪い事で。

 最後の部分は、何故か口には出来なかった。



「ね。最低だよね。逃げ回る生徒達を観察して、スプラッター映画でも観てる様な気分で楽しんでたんだもん。――でもさ、今後は犯人も同じ事はやらないと思うよ?」


「へ? それは何で――?」


「もっと、面白いモノを見付けたから――」


「――」



 妖しく微笑う狂流川。その眼差しを見ていると、僕は何だか怖気を感じてしまう。



「――そんなに怯えなくても大丈夫。ゴーレムの件は、此れにて解決☆ 今週末は1-Dの級長を決めるんでしょう? 私、翔真君の事をいっぱい応援してあげるねー!」


「は、はぁ……」



 何処でそんな情報を――?

 って、一人しかいないか……。


 我道竜子……余計な事しかしない女だ。



「だ・か・らぁッ!」


「!?」



 突然、狂流川が抱き着いて来た。

 密着する身体と身体。

 たわわな双胸に、鼻腔を擽る甘い薫り。



「絶対に勝ってね? Me'yのオ・ネ・ガ・イ♪」


「――オゥフ」


「なんちゃって! どうどう!? やる気出た?」


「いやぁ……まぁ、そこそこは……」



 別のヤル気が出てしまった。


 屹立したJr.を見ながら、我ながら単純だと恥ずかしくなる。騙されてるって分かっていても、抗えない魅力があるんだよなぁ……!!


 股間の膨らみを隠しながら、僕は何食わぬ顔で彼女へと対応する。……既にバレてる様な気もするけれど、諦めない事が肝要である。

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