第45話 級長候補選出


 ――どうしてこうなった。


 自宅へと帰って来た僕は、まるで台風にでもあったかの様な散らかった自室を整理しながら、今日の出来事を反省する。


 1-Dの"級長"を決める為の勝負かぁ……?

 気乗りしないなぁ……。


 原作ゲームの"レガシオン・センス"では、1-Dの級長は相葉総司で確定していた。プレイヤーは奴を補佐する相棒ポジション。石瑠翔真が級長に収まると言うのは、原作無視も甚だしい。


 大体、級長になるという事は、今後行われるクラス対抗戦などの行事で生徒達の陣頭に立たなければならないという事だ。クラスの育成方針、取るべき戦術を決定しながら、それを皆に伝えて指揮をする――コミュ症の僕には、ナイトメア級の難易度だろう。"翔真"の仮面を被ったとしても、上手く行く保証は何処にも無い。



「やっぱ、適当に流すのが正解だよな」



 考えられる手段としては、それがベストかもね。意図して実力を隠している訳じゃないんだけど、今回に限っては勝った時の"メリット"が無さ過ぎる。土日の自由探索は第3階層を適当に彷徨うろついて終わりにしよう。当日は恐らく団体戦だろ? 単独編成ソロである僕は皆から圧倒的に不利だと思われてる筈だし、ABYSS内で手を抜いたとしてもバレやしない。



「そうと決まれば、もう寝るか――!」



 片付けたベッドの上へと横たわると、僕は大きく伸びをする。ABYSSに潜った訳じゃないのに、何だか今日は疲れていた。明日からの日程を考えながら、僕はゆっくりと瞳を閉じる。





 ――朝。日課である藍那姉さんによる地獄のシゴキを終えた僕は、妹の麗亜が踏み潰したゲテモノ料理を犬食いで貪り、アカデミーへと登校する。人間の適応能力というのは素晴らしい。一連の流れも、もはや苦では無く、毎日の日常としている僕が居た。LV.1でありながらこんな苦行を熟せるのは、パッシブ・スキルである【タフネス】のおかげかも知れない。


 現在【タフネス】の★レベルは3にまで上昇していた。スキルレベルというのは経験値とは別の条件でレベルアップする仕組みである。同様に職業ジョブの★レベルも固有の上げ方があり、それを満たさない限りはどれだけ経験値を稼いだとしても★レベルが上がる事は無い。


 スキル【タフネス】のレベルアップ条件は、スタミナゲージの累計消費量だった筈。毎朝尋常じゃない距離のランニングを行なっている僕は、気が付いたら【タフネス】の★レベルがカンストしてしまっていた。


 藍那姉さんに付いて行けてる理由の大半がコレだろう。初期職業ジョブの【ノービズ】も条件自体は簡単で[ABYSS内を歩いた距離により★レベルが上昇]という、比較的緩めな設定となっている。因みに、僕の現状は★2であり、★3になれば魔晶端末ポータル機能で職業ジョブチェンジが可能となるので、今からそれを楽しみとしていた。


 考え事をしながら、僕は1-Dの教室前へと到着する。少し遅れてしまったが……何、HRには余裕で間に合う時間である。ポケットに手を突っ込みながら、入口の扉をルンルン気分で開け放つと、黒板前には相葉・芳川・武者小路という昨日見た様な三人の面子が突っ立っていた。



「……何これ?」



 呟く僕に対して、相葉の奴は待ってましたと言わんばかりに顔を綻ばせている。全くもって、嫌な予感しかしないんだが……?



「やっと来ましたわね、石瑠翔真! 少し気が緩んでるんじゃありませんの〜!?」


「えぇ……? 何、どゆこと……?」



 昨日の今日で敵愾心剥き出しな武者小路に辟易としながら、僕は相葉へと説明を乞う。



「昨日話した事の続きだよ。俺達だけで勝手に級長を決める訳にはいかないだろう? 了承を貰う為に、今は他の皆に説明をしてたんだ」


「あー、成程……」



 律儀な奴。そんなもん勝手に決めちゃっても誰も文句は言わないだろう。



「この四人が1-Dの級長候補になる! 決め方はさっき説明した通りだ! 他に参加したい奴が居るなら、今の内に挙手してくれ!」



 教壇に立った相葉が、席へと座った生徒達に呼び掛ける。……いや、この場合は他のPTリーダーにかな? 三本松は小動物の様にウンウンと頷いてるし、榊原も矢面に立つ気は無さそうだ。磯野の奴は机に足を乗っけながら知らん顔――まぁ、概ね賛成という事だろう。



「何だか、大変な事になっちゃいましたね?」


「まぁねー、面倒な事だよ……」


「お互いベストを尽くしましょう? ……せ〜のっ、えいえい、おー!」


「お、おー……?」


「うふふふ、良く出来ました♪」



 はぁ〜〜可愛ぇぇ!! 相変わらず芳川さんには癒されるな〜! あのクソ生意気な紅羽には芳川さんの爪の垢を10kgくらい飲ませたい!!



「石瑠翔真。貴方にだけは負けませんわよ? 級長を取るのはこの私! 少し上級生に気に入られてるからって調子に乗らないで下さいまし?」


「はいはい……調子には乗ってないけど、一応覚えといてやるよ……」


「まぁ!? 生意気――ッ!」



 勝手に話し掛けて、勝手に怒る武者小路。

 どう言えば正解なんだよ……?

 僕には全く、分からない。



「……ていうか、相葉は級長に乗り気って事で良いんだよね? 何だか済し崩し的な雰囲気が漂ってるけどさぁ――?」


「――まぁ、そうだな……正直に言えば少し迷ってる。別に俺が級長をやらなくても、代わりになる奴はいるからな――」



 聞いといて何だが、意外な返答。


 原作だと相葉は"級長"に成る事にもっと積極的だった筈。『1-Dを勝たせる為にも、俺が――』みたいなノリだったのは覚えてるぞ。後の細かい事はうろ覚えだけど、今日みたいな明確に迷っている様な素振りはなかっと思う。


 やっぱり、少しづつ原作と乖離しているのかも知れない。石瑠翔真が"僕"になったのも大きな変更点だし、今回みたいな違和感はなるべく見落とさない様にしていこう。原作知識を過信して、身を滅ぼすなんて冗談じゃないからね。



「けど、皆に求められてるなら、俺も精一杯頑張るつもりだぜ?」


「それはまた、殊勝な事で……」


「個人的に、少し気になる事もあるしな」


「あん?」


「総合力最下位の男が、本当はどれくらいの力を持っているのか――ってさ?」


「いや……それは……買い被り過ぎじゃない? 勿論僕は石瑠家の当主な訳だしぃ? 君達とは生まれからして違う訳なんだけど……そんなに期待をされたら、流石の僕も緊張が――」



 言葉の途中で、背後にあった教室の扉がガラリと開かれる。現れたのは担任教師の影山だ。気が付けばもう良い時間が経過している。


 HRの鐘が鳴ると、僕達は散り散りとなって自分達の席へと着席した。


 ――本当はどれくらいの力を持ってるか?


 ……か。


 悪いけど相葉、今回お前は僕の本領を見る事は出来ないよ。"級長"に成るのは相葉総司。原作からして、そう決められてるからね。

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