第42話 ファミレス会議② 紅羽


 ――SIDE:鳳紅羽――



 少し、時間あるかしら――?


 そう言って早希を呼び止めた私は、学校外にあるファミレスへと二人で入った。早希と御飯を食べに行くのはこれが初めて。もっと楽しい話題の時に一緒に来れれば良かったのにね。


 店内の一番奥の席へと座った私達は、備え付きのタッチパネルでドリンクとスイーツを注文し、たわいも無い事を話ながら注文が届くのを待っていた。



「あ、来たよ。紅羽ちゃん」


「えぇ……」



 軽快な音楽と共にロボットが注文を届けて来る。トレイに載ったチョコパフェを早希が。ストロベリーサンデーを私が受け取り、ドリンクは二人お揃いの烏龍茶を互いの近くへと置いたわ。役目を果たしたロボットは、頭のボタンを押すと同時に店の奥へと引っ込んで行く。



「紅羽ちゃんの話って、石瑠君の事でしょ?」


「!」



 去って行くロボットに目を取られる中、対面に座る早希が、チョコパフェのクリームをスプーンで崩しながら私に言う。


 

「気付いていたのね?」


「そりゃあ、気付くよ。だって、紅羽ちゃん真剣なんだもん。ABYSS探索以外で紅羽ちゃんが頭を悩ませるとしたら、石瑠翔真の事以外に考えられないでしょう?」


「……」



 断言されてしまった。翔真の事は目の上のタンコブとして何時も憂鬱に思っている。けれど、翔真以外で悩む事は無いと言われてしまうと、少し複雑な気持ちになるわね……?



「SNS掲示板で、1-DクラスのABYSS遭難事件が取り上げられていたわ。見出しは翔真を糾弾する内容だった……」


「糾弾? 揶揄からかっただけじゃなくて?」


「例えそうだったとしても、匿名掲示板で大人数で寄ってたかって揶揄うのは暴力と一緒よ。止めさせなきゃいけないわ」


「でも、生徒達にも言論の自由はあるよ? 匿名掲示板は彼等の息抜きの場でもある訳だし、過剰反応するのは違うと思うけどなぁ?」


「……完全に統制したい訳じゃない。分かっているでしょう? この記事は石瑠翔真を意図して煽っている。それをどうにかして止めたいと、私は"貴女"に言っているのよ!?」


「紅羽ちゃん……」


「ペンは剣よりも強し。早希は私にそう言ったわよね? 私を思って翔真の事を陥れているというなら、今すぐ止めて! 私は、そんな事を願ったりなんてしてないわ!」


「……どうして、そんな事を言うの……?」


「……」


「私、紅羽ちゃんの為を思って動いたんだよ? このままじゃ、紅羽ちゃんは石瑠君と結婚する羽目になっちゃう。好きでもない相手と結ばれて、紅羽ちゃんは納得出来るの……?」


「それは――」



 納得なんて出来ない。

 出来る訳が無い。


 私の人生は私のものだ。一生を家の為に捧げるなんて考えたくもない。


 けど――



「……それでも私は、このやり方は正しく無いと思う。翔真との婚約を破棄するにせよ、それは正々堂々と行わなきゃいけないと思ってる」


「そんな事――出来る訳ないじゃん!!」


「!」


「紅羽ちゃんは甘いよッ!? 考える事が甘過ぎる! そんなんだから、あんなクズに言い様にされるんだよ!? 正しいやり方? これが現代の正しい戦い方なの! 報道部の、私の武器ィ!」


「――」



 身を乗り出して言う早希に、私は思わず圧倒されてしまう。こんな激しい一面が、この子にあったなんて……!



「それとも何!? 紅羽ちゃんは考えが変わったの!? 許嫁の石瑠を、やっぱり愛してる!?」



 早希のその言葉に、私は少しカチンと来た。



「別に、翔真なんて好きじゃないわ!!」


「なら、何でそんなに必死なの!?」


「それは――貴女が勝手に私の気持ちを代弁した気になって、動いてるからじゃない!!」


「!?」


「迷惑なのよ、そう言うの……! 嫌なら嫌と、私ならハッキリ言えるもの! 想像の中で弱い人間にされる程、屈辱的なものは無いわ!!」


「それが理由――!? 紅羽、貴女はァ!!」


「早希ぃ――!!」


「ストォォ――――ップ!!」


『!!』



 言い合う私達の前に、相葉総司が現れた。

 何で此処に――!?



「心配して後を着いて来て良かった……! 二人共、お互いの言い分があるのは分かるけど、喧嘩なんて止めろ。もうちょっと落ち着け!」


「い、いきなり出て来て何よ!?」



 歩と歌音は――流石にいない様ね? 私はお節介を焼いて来た総司を睨み付ける。



「ヒートアップし過ぎなんだよ。見ちゃいられない……紅羽はSNSでの翔真への書き込みを止めて欲しい。宇津巳はそれを拒否している。大事なのはそこの交渉だろう? 喧嘩なんてする必要は無いんだ!」


「くっ……」



 そう言って諌められると、確かに余計な争いをしていた様にも感じるわ。私だって、別に早希と喧嘩をしたい訳じゃ無いんだもの。



「と言う訳で、宇津巳――止めてくれるか?」


「それは……無理」


「何故? 当人である紅羽が止めて欲しいって言ってるんだぞ? 続ける意味は無いだろう?」



 総司の疑問に、早希も少しだけ冷静さを取り戻している様だわ。淡々としながらも、彼女は聞かれた事に答えていく。



「……報道部の部長が、石瑠翔真の記事に乗り気なの。例え私が止めたとしても、先輩達は書き込み続けると思う」


「乗り気って、何で……?」


「分からない? 工作とかしなくても、石瑠翔真は有名になった。アカデミーの全生徒がアイツに注目している。アレだけの話題性がある奴を、報道部が見逃す訳ないじゃない」


「天樹院の所為か……」



 総司は苦々しく呟いた。誰に対しても友好的な彼が、こんな顔をするのは珍しい。



「ならせめて、俺達をその報道部の部長へと繋いでくれないか? 後の交渉はこっちがやる。それくらいなら、宇津巳もやってくれるだろ?」


「相葉君と紅羽ちゃんを――?」


「頼むよ、この通り!」


「……」



 両手を合わせて頼み込む総司。彼のその姿を見て、早希は戸惑った様子を見せている。


 もう一押し。

 思った、その時――



「オーホッホッホ!! 話は聞きましてよー!」


『!?』



 馬鹿でっかい声で登場したのは、早希が所属するPTのリーダー、武者小路美華子。


 何故此処に!?


 ――と、驚く間も無く早希の隣へと腰を下ろした武者小路さんは、備え付きのタッチパネルで、自身のスイーツを素早く注文した。



「相葉総司ぃ〜? 立ち話もアレですし、貴方もソコに座ると良いですわ?」


「言いたい事はあるけど、分かったよ……」



 彼女の独特な雰囲気に当てられ、溜息を吐きながら私の隣へと座る総司。



「――で? いきなり出て来て一体何の用なんだ、武者小路?」


「何の用とは無粋ですわね〜? そもそもの切っ掛けは、私の仲間である早希さんを追い掛け回した貴方にある事を自覚しなさい?」


「追い掛けって、語弊のある言い方だな!?」


「でも、事実ですわ。私がこの場へと現れたのは――相葉総司。貴方の事を目撃したから……鳳さんと早希さんの女子会程度でしたら、足を運ぶ事などなさいませんもの」


「……そりゃ、悪かったな」


「謝罪は結構。聞こえて来た内容から、貴方が早希さんに対して何らかの頼み事をしていたのは理解しましたわ。けれど、話を通すのなら、まずはPTリーダーである私に相談するのが筋ではないかしら?」


「黙って聞いてれば――何処がよ!? 武者小路さんには関係の無い話じゃない!?」



 私は思わず、横から口を出してしまう。早希との騒動に、こんな人を挟みたくはない。



「関係ならありますわ〜? 仲間を心配するのは誰だって一緒でしょう。それに、頼み事をするのに二体一ではフェアでは無くてよ?」


「それは……」


「……私から、貴方達に提案を致しますわ。早希さんは何だかんだ甘いお人柄なので、貴方達の頼みを聞き入れてしまうと思います。けれど、PTメンバーを黙ってコキ使われるのは、リーダーとしては看過は出来ません。そ・こ・で! 相葉総司……私達と賭けを致しましょう!!」


「か、賭け!?」


「何をいきなり……!?」


「オーホッホッホ! いきなりではありませんわ! 影山教師から"級長"の話題が出た時から、私はこの提案を思い付いていたのですわ〜!」


「級長って、まさか……!?」


「そう、そのまさか! 相葉総司、貴方にはこの私と級長を懸けての勝負をして頂きますわー! 勝った方が1-Dの"級長"の座へと就く! 早希さんへの頼まれ事も、級長が言うのなら仕方がありませんからねー!?」


『――』



 思わず、絶句する私達。


 つまり、武者小路さんはこの騒動にかこつけて総司と対決がしたいみたい。


 確かに"級長"を決めるのは大事だけれど、今はそんな事は関係が――



「失礼、もう少し声量を――」



 考え事をしていると、他所の席に座っていた客に注意を受けてしまう。武者小路さんの声はデカ過ぎるのよ。迷惑を掛けてしまった周りには申し訳無いわ。思いながら、私は注意して来た人へと顔を向ける。視線の先には、同じ1-D生徒の卜部正弦君が驚き立ち尽くしていた。


 沈黙は、一瞬。



「あ、相葉!? それに武者小路も!! ええい、この集まりは一体何だと言うのだ!?」


「卜部!? また面倒な事に……」


「オーホッホッホ!!」



 途端に騒がしくなる周囲。


 完全に話し合うタイミングを逸したわ……。


 私は彼等のやり取りを眺めながら、本日何度目かの大きな溜息を吐くのだった。

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