第40話 三つの課題


 ――SIDE:鳳紅羽――



 午後の授業はABYSS探索――だって言うのに、翔真の奴は姿を見せなかった。呆れた様子で授業を進行する影山先生。後で遅れてくるのかなって思ったけれど、翔真は結局、今日の授業には現れなかった。



「少し、言い過ぎたのかも……」



 第2階層を進みながら、翔真の話題が出た時に、私は皆へと向かって愚痴を零す。



「……鳳の所為じゃないだろう?」


「そうだよ! 授業に来る来ないは本人の選択なんだし、そんなに気にしちゃ駄目!」


「でも……」


「翔真の奴、何だか体調悪そうだったから、普通に病欠したのかも知れないぜ?」


「影山にも言わずにか?」


「アイツ、細かい事やらなさそうじゃん?」


「石瑠君らしいと言えば、らしいけどね」



 言って、笑い合う三人。暖かい空気に触れていると、少しだけ元気が湧いて来る。


 探索を終えてからが、今日の本命だ。


 それまでは皆の足を引っ張らない様、しっかりとしていなきゃ――!


 改めて気合を入れた私は、仲間達と共に2時間に渡るABYSS探索を行った。歩と総司はレベルが上がり、現在LVは"3"に上昇している。私と歌音は未だ"2"だ。思ったよりも上がり難いわね。


 連携面での不満は今の所無く、魔法スキルを習得したいと考えている私は【ソーサラー】への転職を今か今かと待ち望んでいた。歌音の方は回復スキルね。【ヒーラー】志望の歌音はアイテムによる回復を主だってやってくれてるけど、自前での回復スキルを覚えたいという気持ちは見てて察しが付くくらい強かったわ。


 個人での収支は+800MP。


 獲得したMPは綺麗に四等分にしているので、貰える額も少ないわ。今後は探索区でのアルバイトも検討しなければいけないわね。ABYSS探索だけだと、どうにも金銭面が不足する。



 「可愛いカフェを見付けたから、紅羽ちゃんも一緒に働かない?」



 ――と言うのは、歌音からの発案だった。


 可愛いと言うのが、どの様なジャンルなのかは気になるけれど……折角、誘えて貰えたのだからと軽くOKを出してしまった。


 可愛い系のフリフリな制服だったらどうしよう……? 私は一抹の不安を感じながら、【緊急脱出】の光に身を任せる。



「――戻りましたね。相葉君達は5着です」



 転送区へと戻って早々、影山先生は私達を見ながらそう言ったわ。周囲を見回すと、先に帰還していたPTは"芳川"、"榊原"、"磯野"、"三本松"の四組。私達は大分遅かった部類の様ね。



「帰ってないのは――」



 呟くと同時に、転移石が再び輝き出す。



「オーホッホッホ!! 只今帰還ですわ〜!!」


「あー、しんどかったぁ……ダンナぁ、帰りに牛丼屋寄ってかねぇ?」


「……良いだろう」


「早希ちゃんはどうよ?」


「あー……悩むけど、私はパスで。これから報道部の活動があるんだー」


「ほー、頑張るねー?」


「我等も……見習うべきだ」


「ちょっと下僕〜〜!? 私を置いて何をくっちゃべっておりますの〜〜!?」



 戻って来た武者小路さん達は、和気藹々とした雰囲気で仲間達と話をしていた。笑いながら談笑する早希は、もう完全に彼等の一員だ。


 早希とは後で、ちゃんと話をしないと。


 思ったその時、全員の帰還を確認した影山先生が、咳払いをして自身を生徒に注目させる。



「――全員無事帰還した様ですね? 本日で2度目のABYSS探索を経験した訳ですが……実際に階層を潜る事で、その広さを実感する事が出来たでしょう。ABYSSは広大です。階層更新をする為には、2時間程度の時間では決して足りません。その為、貴方達には各自で週末の時間を割いて貰う事になるでしょう」


「む。休日にも学校は空いておるのか?」



 柔道部の瀬川君が、首を傾げながら呟いた。



「アカデミーに休みはありません。探索区にある商店は営業日を生徒の自主性に任せているのでマチマチですが、転送区は土日は一般解放されているので、普段とはまた違った様子を見る事が出来るでしょう」


「へぇぇ……」



 関心した声を出すのは、青髪眼鏡の菊田さん。転送区――というよりも、彼女の御目当ては探索区のお店でしょうね? 普段は忙しくて回っている暇は無いから、休みの日にでも営業されていたら嬉しいとは思うわ。



「土日を使ったABYSS探索の事を、我々は"自由探索"と呼んでいます。普段の授業とは違い、自由探索では時間制限がありません。学業を行う平日月曜のHRに間に合う様にしてくれれば結構です。授業とは違い、探索には個人個人の責任が伴います。特機・管理委員会は自由探索に於ける生徒の生命いのちまでは保障しません。此れは他の一般探索者達と同等の扱いをするという事で、授業中であれば遭難等の事故にも対処は出来ますが、自由探索の場合はそれが無い。全ては自己責任として処理されるという事です。各自は充分に留意しながら、慎重な探索を行って下さい」


『……』



 はい――とは、誰も返事は出来なかった。


 聞かされた内容は最もな事だったけれど、私達は未だ"遊び気分"が抜けてなかったのかも知れない。影山先生が言う、生命の危機への警告は、私達の胸へとズシリと重くのし掛かった。



「また、月末の金曜日には初の学年別クラス対抗戦が行われます。各自はそれを見越した強化を実践すること」


「く、クラス対抗戦……ッ!?」


「早過ぎでしょっ!?」



 驚く三本松さんと、抗議をする椎名さん。私だって気持ちは一緒だ。


 皆が驚き、騒めいている。



「……色々と言いたい事はあるでしょうが、もう既に決まっている事です。今回はA〜D組の初の顔合わせとなります。対抗戦の内容は来週頭に追って連絡しますので、貴方達にはそれまでにクラスの代表――"級長"を選出して貰います」


「級長……?」



 呟く、卜部君。



「D組の顔となる生徒の事です。代表としての取り組み等は全て"級長"に行って貰います。成績や人望は勿論、D組を勝利へと導く事の出来る人材が適任となるでしょう。立候補や推薦等……選出方法は貴方達に任せます。悔いの無い様に選んで下さい。――話は以上です」



「解散」と言って、影山先生はその場を後にしてしまう。残された私達は複雑だ。


 "自由探索""

 "クラス対抗戦"

 "級長"


 一つの事でも一杯一杯だと言うのに、同時に三つも課題が提示されてしまう。



「……先生もああ言ってた事だし、一先ずは解散しようか? "級長"とかは明日考えよう」



 戸惑う皆へと、そう提案する総司。


 各自リーダーは異論は無いのか、そのまま解散の流れとなって行く。


 そして私は――と、言うと。



「早希!」


「あれ……? 紅羽ちゃん?」



 その場を後にしようとする宇津巳早希に、急いでコンタクトを取っていた――

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