第35話 変わらぬ1日の締め括り


 その日は、そのまま解散となった。


 ABYSS探索の大部分はゲームの『レガシオン』に似ていたが、動かしているのが自身の肉体な分、疲労感は否めない。


 相葉達に捕まる前に、僕はさっさとその場を後にした。幾ら"翔真"の演技で真面な会話が出来る様にはなったとは言え、根はコミュ症のままだから、他人との交流は苦手なのだ。


 自宅前まで辿り着くと、其処には仁王立ちした藍那姉さんがソワソワとした様子で誰かを待ち構えていた。


 ――こっわ!? 何だろう……? 僕を待ってる訳じゃないよね……?


 なるべく視線を合わせない様にして、家の中に入ろう……僕が思った、その時だ!



「――翔真!! やっと帰って来たか……! 貴様ァ! 一体、何処で道草を食って来たッ!?」


「ひょえぇッ!?」



 何か滅茶苦茶、怒ってますゥ――ッ!?

 心当たり、まるで無し!!



「この私がどんな気持ちで貴様を待っていたと思うのか……っ! ええい! 兎に角、中へと入れ!! 私の部屋で折檻だッ!!」


「は、はいぃぃ――ッ!?」



 ガックリと頭を下げつつ、僕は藍那姉さんに連行され、姉の部屋へとやって来た。



「――此処へと呼び出された理由……貴様は察しが付いているな?」


「ぶるぶるっ!」



 足を組み、ベッドへと腰掛ける姉さんに向かって、僕は勢い良く首を横に振る。



「それくらい、察し付けェッ!!」


「アンギャアァァァ――ッ!?」



 バチン!! と、立っている僕の腰を蹴り上げる藍那姉さん。座りながらの蹴りだと言うのに、何て痛みっ!? 鞭の様なしなやかな太股が、この威力を可能としているッ!?



「貴様ァ!! あの動画は一体どういう事だっ! 生徒会長の天樹院とぉ!! そ、その……! きっ、口吸いキッスをするなどと……!!」


「ゲェッ!?」



 あ、あの動画観たんすかァァ――ッ!?

 き、気不味過ぎる……!!


 何だって姉キャラに弟の初キッスシーン(男)を観られにゃならんのだァァ――ッ!?



「思わず、我が目を疑ったぞ……ッ!」



 そりゃあそうでしょうね。日常風景として受け入れてたら、そっちの方がビックリです!



「……それで、貴様はどうなのだ……?」


「……どう、とは?」


「だから! ッ、えーい! 分からん奴……ッ!」



 頭をガシガシと掻き毟りながら、葛藤する我が姉。一体、何が言いたいのだろう? 僕には何も分かりません。



「天樹院とは、その……ほ、本気、なのか?」


「…………」



 一体、何を言ってるんだこの人は……?


 僕は思わず、宇宙に浮かんだ猫の様な、何とも言えない表情を浮かべてしまう。



「――いや! 分かっている! 皆まで言うな! 公衆の面前であの様な情熱的な口吸いキッスをする様な間柄だ! 遊びなどでは決して無いのであろう! だが忘れるな? 貴様は石瑠家の次期当主。跡取りを残す為、次の世代の子種を撒かねばならぬ身だっ! この姉は同性愛を否定している訳では無い! だが、それでも若い内は節度を持ってだな――?」


「ちょっ! 姉さん!? 姉さん抑えて!! 正気に戻って姉さん! ドウドウッ!!」



 明後日の方向へと突っ走る藍那姉さんを、僕は必死に呼び止める。



「ハッ!? 何だ、どうした翔真……?」



 どうした? は、こっちの台詞だっつーの。


 真面目な姉さんに、あの動画は刺激が強過ぎたのだろう。暴走する姉を見ながら、僕は何と言えば良いのかを考える。


 誤解を解くための、最適な言葉――



「いいかい、藍那姉さん……」


「な、何だ?」


「――アレは、ただの、幻だ」


「……は?」


「動画なんて無かったし、僕が天樹院にキスされたと言う事実もない。全ては幻……OK?」



 此処には何も無かった……いいね?


 僕が天樹院にファースト・キスを奪われたという事実も存在しなかったんだ。


 そう言う事に――しておこう。


 その方が、平和だ。




「……つまり貴様、責任逃れをする気か?」


「ファッ!?」



 全てが丸く収まったと言うのに、姉は僕を許してはくれなかった!! 何でだよ!? 現実逃避くらいさせてくれたって良いだろォ――!?



「翔真よ、こっちに来い……」



 クイクイと、人差し指を曲げて僕を近寄らせる姉さん。後が怖いので言う通りにすると、藍那姉さんは僕の胸倉を掴み、自身の膝元へと押し倒して来た。突然の事に驚く僕だが、本当の恐怖はこれからだった。



「な、何を――!?」


「貴様の性根を叩き直す。文字通り、尻叩きでな!! 翔真、姉の折檻を受けてみろ!!」


「尻って……ギャアァァ!! ヤメチィィ!?」


「問答無用!!」



 藍那姉さんの折檻は、僕のケツが赤く腫れ上がるまで続くのだった――


 ちなみに、何故かは分からないが、戻った時の僕の部屋は、綺麗にベッドメイクがされていた。……ウチのメイドの仕事だろうか?


 ――謎である。

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