第33話 え!? なんだって!?


 ――SIDE:神崎歩――



 まさか、本当に勝てるとはな……。


 手に持った木剣の柄を見つつ、俺は改めてそう思う。火神・両断剣はゴーレムのかいなを斬り落とすも、得物としていた木剣は耐久力の限界を迎え、柄の部分を残して粉々に砕け散ってしまっていた。


 正に、ギリギリの戦闘だったと思う。


 戦いの最中、総司を説得してこの場から退却するという選択肢も浮かんでいた。その場合は捕まった新発田は勿論、磯野等の身の安全も諦める形となっていただろう。



「石瑠翔真か……」



 危機的状況を覆したのは、間違い無く奴の功績である。総司は石瑠を指して数値以上の力を有した男だと評価していたが――どうやら、眉唾では無かったらしい。


 探索者として、奴は"知識"という武器を持っていた。何処で仕入れたのかは分からないが、少なくとも総合力だけを見て奴を評価するのは愚かであると改めた。


 その、件の石瑠なのだが――



「……お前は一体、何をやっている?」


「いや、何か落ちてたからさ」



 気絶する新発田の傍ら、地面へと放られていた魔晶端末ポータルを拾った石瑠は、持ち主の許可なく端末を操作し、画面を切り替えていた。



「それって、新発田のじゃないのか? 勝手に弄るのは不味いんじゃ――?」



 腰を下ろし休憩していた相葉が、至極真っ当な事を石瑠へと言う。対する奴は、無言のままに端末の画面を俺達へと見せた。



「これを見ても、そんな事が言えるかな〜?」


「――ッ! こ、これって……!」


「……虐めか?」



 画面に映し出されていたのは、林勝と杉山春男の喧嘩風景である。画面外で囃し立てる声は磯野達か。状況から言って、コイツ等が二人を無理矢理争わせたのだろう。


 クズめッ……!


 内心で、不快なものが溜まるのを自覚する。



「あーあ、君も大変だったねぇ〜?」


「……け、消してくれよっ!!」



 隅っこでうずくまっていた林は、安全になったと見るや、四つん這いのまま石瑠の足へと縋り付く。動画を消す様に催促する林だが、石瑠の奴は考え事をしていて動かない。焦れた林が再度口を開き掛けた頃、石瑠は漸く顔を上げた。



「――別に。動画を削除してやっても構わないけど……それで林は本当に良いのぉ?」


「ど、どういう意味だよ!?」


「林だけじゃない、杉山もだよ。お前等、このまま磯野達に虐められ続けても良いのかよ?」


「しょ、小生は、そのぉ……」


「虐められ続けて……って、僕は関係無いだろう!? こんな事は今日限りで終わりだ! 後は杉山の奴が勝手にやられてれば良いんだよ!!」


「随分と他人事だねー? でもさ、現実問題として君は磯野達に目を付けられちゃったんだよ? このままだと同じ事の繰り返しだ。それくらいは馬鹿でも分かると思うんだけど――?」


「だ、誰が馬鹿だ! お、お前何かに――!!」


「二人共、ヒートアップするな!」


「……石瑠、お前には何か策があるのか?」



 両者を嗜める総司。


 息を荒げる林を横目に、俺が石瑠へと尋ねると、奴は「まぁね」と肯定した。





 磯野、葛西、新発田。気絶した三人を中央へと移動させる石瑠。……実際にやったのは俺達だが、奴は指示を飛ばしながら今度は林達を小部屋の外へと追い遣った。


 何でも、居ると邪魔らしい。


 磯野達が睨みを効かせ、被害者である林達に有利な証言をさせるかも知れない。それを警戒して、石瑠の奴は二人を排除したのだ。



「お前等は後ろで立ってるだけで良い。話し掛けられても、絶対に何も答えるなよ?」


「……わかったよ」



 不満を顔に浮かばせながら、総司は石瑠の言葉を了承する。俺自身も文句は無い。



「じゃ、始めるか――」


「――ぅオッ!? ……がっ、っ……!」


「ハロー? 磯野? お目覚めか〜い?」



 大の字で気絶する磯野の胸元を思いっきり踏み付け、石瑠は奴を目覚めさせた。



「石瑠……? 魔物は……?」


「あんな雑魚は僕等で何とかしたさ。本当、クソの役にも立たなかったよねー、お前?」


「くっ……!?」



 侮辱する様な物言いに、磯野は怒りを表出するも、身体の痛みが奴の激情を抑えていた。



「それでさー、僕等偶然見ちゃったんだけど――これ、なぁに?」


「!!」


「林と杉山の喧嘩動画。場所はこの小部屋だし、聞こえて来る声は磯野達だよね? なーんでこんな動画が新発田の魔晶端末ポータルから出て来るんだろう? 不思議だなー?」


「……ハッ、勝手に殴り合いをしただけだろう? 俺達はそれを動画に撮っただけだ」


「罰ゲーム――とか、言ってるけど?」


「……あぁ。立ち会いに、ルールを決めて欲しいって言われてな。負けた奴が罰ゲーム。そう言うルールを林達に提案されたんだ」


『……』



 無言で睨み合う両者。


 磯野の奴も、良くも舌が回るものだ。石瑠に黙っていろと言われてなければ、すぐにでも俺は食って掛かっていただろう。



「……磯野さぁ、流石にソレは無理があるよね? 第三者視点から言って、お前等が林達を虐めたのは明白さ」


「それはテメェの感想だろうが? 事実、違うって言ってんだから、違うんだよ!」


「……磯野の証言なんて、どうでも良いのさ。此処にはもっと発言力のある生徒がいる」


「っ! テメェ……!」


「相葉と神崎は虐めは"あった"と証言するよ。勿論、この動画も添えてね?」


「笑わせんなッ! 何処に証言するって!? アカデミーの教師が生徒間の問題で動くかよ!!」


「――生徒間の問題? いいや、事は探索者の問題さ。お前等は影山が定めた刻限を破り、無断でABYSS探索を続行した。今頃は特機の管理委員が救助編成を行なっているだろう。探索者が戻らないって言うのは、アカデミーでは日常茶飯事だけどさ、その理由が林達を虐める為なら、教師達も動かざるを得ないんじゃない?」


「べ、別にそんな理由じゃ――」


「誰が聞いてくれるんだい、そんな事!? 僕や! 相葉や! 神崎は!! お前等の虐めを報告するよ!? こっちはゴーレムなんて強敵と、無駄に戦わせられたんだからねぇっ!? 実害が出てんだよ、実害がァァ――ッ!!」


「――ッ」


「あーあ、これで磯野も退学かー? 早かったね〜学校生活? 次は一般科で平凡な人生を歩むと良いさ。――あぁ、寂しがらなくても良いよ? 葛西や新発田も一緒だから。ズッコケ三人組同士、いつまでも仲良くしていてねー?」


「まっ、待て……」


「はぁ? ――待て?」


「……っ、待って……下さい……」



 途端に弱気となる磯野。石瑠の舌戦は凄まじかった。普段、嫌味な奴が本気を出すとこうなるのだろう。俺や総司では絶対に見られなかった光景を、石瑠の奴は展開している。



「その……教師には、言わないで下さい……お願い……します……っ!」


「教師に? 何を――?」


「動画の事を……」


「え!? なんだって!? ……聴こえないなぁ、もっと大きな声で、詳しく言ってよ〜〜?」


「ッッッ」


 

 耳に手を当て、態とらしい挑発を行う石瑠。顔を歪ませた磯野を見て「悪魔だな……」と、隣の総司がポツリと呟く。


 大体にして、同意である。



「俺達が!! 林達を虐めた動画の件!! 頼むから、見逃してくれ――ッ!!」


「ふむふむ、つまり磯野・葛西・新発田の三人は、林・杉山を虐めていたと――?」


「だから! 最初からそう言って――ッ!?」



 石瑠は魔晶端末ポータルの画面を磯野に見せ付けながら、ニヤリと笑う。


 画面には――録画のマークが浮かんでいた。



「ありがとう。実際、僕達の証言じゃ心許なかったんだ。本人からの自白程、効果的な証拠は無いからね? 上手く行って、良かったよ……」


「て、テメェ――最初から……!」


「これが"石瑠翔真"のやり方さ。単細胞なお前達とは、ココの作りが違うんだよ――」



 トントンと、石瑠は自身のこめかみを指先で叩いて見せる。あのポーズは気に入っているのか? 此処まで来ると、磯野の奴は哀れだな。

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