第14話 唾、付けとこうかと思って
何だって今日の僕はこんなにもツイていないのだろう? ……いや、思い返してみれば、"翔真"に成った時点で僕の不幸は始まっていたのかも知れない。
――
目の前に佇む上級生の存在に、周囲は思わず息を呑んだ。最強の迫力や最狂の魅力が霞む程、ただただ彼は――儚かった。
錦糸で出来たかの様な白い髪。一点の濁りも無い純白の肌。男か女か見紛う程の中性的な顔立ちは、彼の持つ神秘的な雰囲気を此れでもかと強調させていた。
「……二人共、この騒ぎはどういうこと? 食堂での争いは禁止されてるし、生徒会に所属する人間が規則を破るのはいけないよ」
淡々と。感情なんて無い様な声色で、天樹院は正論を用いて二人を注意する。狂流川の方はそれで少しは大人しくなったが、好戦的な我道は面白くないと顔にしっかりと書いてある。
「なぁ、天樹院――私はよ! テメェとの真剣勝負を餌に生徒会の副会長に収まってやってるんだぜ!? 契約が履行されない今! テメェの言う事を聞く道理は私にはねぇ! ――違うか!?」
「だから、食堂で騒ぐの?」
「そりゃ結果だ! 好きで騒いでる訳じゃねぇ」
「なら、僕からは何も言えないね」
「はぁ?」
「だって、我道さんは態と生徒達を危険に晒した訳じゃないんだから。過失がわかってる人間に追い討ちを掛ける必要は無いでしょ?」
「……ど、どういう事だ? 狂流川……?」
「リューコちゃんは〜、可愛いねってコト☆」
「は、はぁぁ!? て、テメェ、ふざけた事を言いやがって!!」
「暴れる?」
「……! いいよ、もう! 白けちまった……」
先程までの一触即発の雰囲気が、嘘の様に雲散してしまった。
これが、生徒会長のやり方か。
……何方にせよ、僕にとっては今がチャンスだ。生徒会長に注意が向かっている状況を利用して、この場からさっさと退散しよう。
抜き足、差し足……っと。
上手いこと逃げ出そうとした、その時だ。
「――珍しい指輪をしているね?」
生徒会長、
『!』
幹部二人も気付いただろう。僕が出した喉の音――ではなく、生徒会長の様子にである。
この天樹院八房という男は滅多に他人に話し掛けない。何故なら彼は、才能無き人間を悪意無く路傍の石として認識しているからである。
――で、あるから。
僕へと発した様な「君の指輪珍しいね? 何処産? ブランドは?」――みたいな。ナウなヤングがする様な世間話は、彼を知る者からしたら、天地が引っ繰り返っても有り得ない。
話し掛けられる。
目を掛けられるだけで、異常なのだ。
故に今、僕は滝の様な冷や汗を流していた。
失敗しちゃったかも知れない……!
そんな後悔が、止め処もなく襲って来る!
「……そ、そうですかぁ? 僕の指輪、珍しいですかね? ……ははっ!」
顔を引き攣らせながら、僕は天樹院へと返事をする。そりゃあ無視なんて出来ないからね。出来るだけ人畜無害な無能を装い、相手の興味が失せる事を期待しよう。
「……君、目付きが違うね?」
ひぇぇぇ〜〜!!
分かりますぅぅ〜〜!?
「狂流川さん、彼の名前は?」
「え? えっと――」
「翔真だ。1-Dの石瑠翔真」
困惑する狂流川に代わり、我道竜子が僕の名を答える。ってか、我道も僕の名前を覚えたのかよ……畜生〜〜!!
「翔真君か。ソレ、何処で手に入れたの?」
「あ! あ〜? こ、この指輪ですか!? いや、大した物ではないですよ!? これは偶然の拾い物でして、何処とは正直、覚えては――」
それも――唇で。
『――』
呆気に取られる周囲。
狂流川も。
我道も。
その他、観衆の生徒達も。
食堂のオバちゃん達でさえ――
時が――止まった。
「………………」
いま、ぼくはどんなかおをしているだろう?
しろめをむいてるとおもふ。
そう、おもふ。
「……何をやってるのカナ? 天樹院君……?」
恐る恐る、狂流川が天樹院へと訊ねる。
彼は、答えた。
「唾、付けとこうかと思って――」
付けとこうかと思って――
思って――思って――
「……………」
リフレインする、天樹院の言葉。
その意味を理解した時――人々は、大きな騒ぎを湧き起こす。
『う、うわぁぁぁぁ――ッ!?』
『生徒会長が、キスをしたぁぁぁぁ!?』
『しかも、相手は男!!』
『一年生!! 石瑠翔真だァ――!!』
センセーショナルなニュースは伝達も早く、たまたま偶然、動画を撮っていた生徒が、その決定的な瞬間をイントラネットに上げていた。……恐らく、100万再生は余裕だろう。
「お前って――え? そっちなの……?」
目をかっ開きながら、混乱する我道。
対する天樹院は首を傾げる。
「そっちって?」
「えーっと……男の子が好きって言うか……てか、八房君の好みって、あんななんだ? うわー、うわー……ヤバすぎるぅ……っ☆!」
「?」
何やら妄想が爆発している狂流川。
騒ぎを鎮めに来た会長が一番騒ぎを起こしてるのって、どういう事なんでしょうかね……?
僕は、心の中で涙した――
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