第12話 紅羽の懸念


 ――SIDE:鳳紅羽――



 成績下位3名は降級となる。


 影山先生から聞いたその言葉に、私は自分でも驚く程に動揺していた。


 原因は――アイツの所為だ。



「翔真……っ」



 説明がまだ終わっていないと言うのに、アイツは机に突っ伏し、眠っていた。傍目から見てもやる気が無いのが伝わって来る。


 ――何でアイツは、こうなのよっ!?


 普通、下位3名が退学とか言われたら、最下位のアイツは焦るもんでしょう!? 自分の置かれた立場が分かってないの? このままだとアンタ、確実にアカデミーを去る事になっちゃうのよ!? 眠ってる場合じゃ無いじゃない!?



「……良かったね、紅羽ちゃん」


「え?」


「石瑠君の事だよ。彼、このまま行けば退学だって。嫌な顔を見ないで済むよ」


「……」



 耳打ちして来たのは、隣の席の宇津巳さん。


 彼女は昨日の一件から、カメラを返した私に懐いてくれている。……実際は、翔真の奴が身体を張って取り返した物なんだけど、タイミングが悪くて訂正する事が出来ないでいた。



「宇津巳さんって……その、私と翔真の……」


「うん、聞いちゃった……許嫁なんでしょう? 私、報道部に入ったから、昨日の件で色々と先輩と話してて、二人の事もその時に知ったんだ。気を悪くしたならごめんね?」


「部活動……って、アカデミーにもあるの?」


「勿論あるよ。大半はABYSS関係の部活だけれどね。配信サイトとかでABYSS内部を撮影している人とかいるでしょう? 私はそれに成りたいの。ABYSS専門の報道リポーター。ま、カメラマンでも良いけれどね。兎に角、昨日は私、職員室の帰りに報道部の先輩に声を掛けられちゃってさ。元々そっちに進むつもりだったから、勧誘されて直ぐに入部しちゃったんだ」



 1-Cの生徒と揉めた後、私達は教師へと密告を行いに職員室へと向かっていた。結果は介入不可という残念なものだったけれど、宇津巳さんの方は何らかの成果があったみたいね。



「石瑠君と結婚するの、嫌なんでしょう?」


「……」


「私、聞いちゃったの。中学時代の石瑠君の話とか、紅羽ちゃんが彼に迷惑しているのとか、色々……だからさ。恩返しって訳じゃないけれど――私、紅羽ちゃんを助けたいと思ってる」


「助けるって……?」


「まず、報道部の先輩と協力して、昨日の動画をネットに流した。掲示板には彼が行った昔の悪行を書いておいたから、直に石瑠君は孤立すると思う。パーティを組めなくなったらABYSSの攻略なんて無理でしょう? レベル上げが出来なくなるから、一年後にはきっと彼も退学――」


「――やめて!」



 思わず、大きな声が出てしまう。



「……鳳さん?」


「……すいません、続けて下さい」



 授業の進行を邪魔してしまった。私は影山先生に謝りながら、心の中で宇津巳さんの言葉を反芻する。


 ……やめて?


 何で私は、そんな事を……。





 四限目が終わり、昼休みになった。


 今日の授業内容は学校説明とABYSS探索が殆どで、私達にとっては非常に有意義なものだったと思う。明日からは普通科目と並行しての授業内容となるらしい。


 生徒達が各々で昼食を摂ろうとする教室で、私は静かに席を立つ。



「あ、紅羽ちゃん――」


「ごめん、ちょっと」



 宇津巳さんの声を背にしながら、私は未だに眠りこけている翔真の元へと向かうのだった。



「ぐがー、ぐがー、……ふへへ」


「――」



 何て能天気そうな寝姿よ。

 心配してるコッチが馬鹿みたい。


 私は自身のストレス解消も兼ねて、翔真の席を思い切り蹴ってやる



「ぐがッ!? な、なんぞっ!?」



 漸く起きた。反応すらも、何だかムカつく。


 もはやこれ、才能じゃない?



「――やっと起きた? 授業中に良くそんなに眠れるわね? 探索者に成るっていう自覚がないんじゃない?」


「あ、え? く、紅羽……?」



 私の顔を見て、必要以上に驚く翔真。



「……何よ? そんなに私の顔が珍しい?」


「べ、べべべ別にそんな事は!!そそそ、それよりもお前、ぼぼぼ、僕に何の用だよ!?」


「……」



 何でそんなに緊張して――あぁ、こうして普通に会話をするのも久し振りだから?



「午後の授業の内容、アンタ知らないでしょ? 初めてのABYSS探索だって。昼休みにはパーティを組んでおかなきゃいけないの」


「……はぁ」



 翔真は未だ、ピンと来ていない様だ。これくらいは察して欲しかったけど、仕方無いわね。



「このままだとアンタは確実に溢れるって言ってるのよ! 1-Dの最下位を誰が好き好んでパーティに誘うと思う!?」


「そ、そそ、それはそうかも知れないけど、仮に溢れても別に平気というか、そのぅ……」


「はぁ!? アンタ何言ってんの!? 総合力下位のアンタが一人でABYSSを探索だなんて出来る訳無いじゃない!? もっと危機感を持ちなさいよ! 危機感を!! ふざけた態度で授業に臨んで……! 授業中に居眠りする生徒なんてアンタ以外誰もいなかったわよ!?」


「い、いやでも、それは寝不足で……」


「あぁん!?」


「ひぃっ!?」



 寝不足!? どうせくだらない事をしていたに違いないわ。私にそんな言い訳は通じない。掌で机をバンと叩き、尚も翔真に言い聞かせる。



「アンタ――このままじゃ退学よ? これは脅しじゃないわ。良い? 今後もアカデミーに在籍したければ、もっと本気でやりなさいよ!!」


「……本気」


「ええ、そうよ! 此処ではアンタの家の威光も何も無いの! 今までみたいな真似は何も――」


「……っか。……だよな……僕も……翔真を本気で……なくちゃ――」



 そこまで言うと、翔真の奴は急に神妙な顔をしてブツブツと何かを呟き出したわ。こっちの言葉なんて、まるで聞こえてないみたい。


 ムッとした私が尚も詰め寄ろうとした時だ。


 翔真の奴が、ゆらりと立ち上がる。



「……起き抜けで少し寝惚けてたみたいだ。もう大丈夫。無駄な心配はいらないよ」



 何を。と言う前に、翔真は手を前にして私の行動を制止させた。さっきまでのオドオドとした様子が嘘の様。やっと調子を取り戻したって事かしら? 今の翔真は私の良く知る傲慢な表情を浮かべていたわ。



「もしかして――翔真のパーティには私が入ってあげなくちゃ! とか何とか思ってたり?」


「そ、そんな訳っ!」


「ないよね〜? 紅羽は僕の事を嫌っている訳だし、そんな気が無いのは分かってるさ」



 ニヤニヤと笑いながら、翔真は私の肩に手を置いてくる。――瞬間、振り払う私。



「おー……怖っ。許嫁なんだから少しは仲良くしても罰は当たらないんじゃない?」


「誰がアンタなんかとっ!!」


「そーそー、その調子。僕と紅羽は互いに嫌い合ってるんだから、馴れ合いなんてごめんだよ。……午後の授業? 紅羽に心配されなくても、ABYSSの下層なんて僕一人で充分さ。他の連中の手を借りる必要なんて元々無い」


「ハッ、最下位のアンタが? よく言うわよ」


「……初期総合値でしか物を見れない連中は哀れだね。僕は石瑠翔真だよ? 武家の名門の出だ。君達なんか、すぐに追い越してやるよ」



 翔真はそう言って、ポケットに手を突っ込みながら教室の外へと歩いて行ってしまう。


 1-Dでは、僅かながら響めきが起こる。



「何だアイツ……?」


「すっげぇビッグマウス」


「自分の立場が分かって無いんじゃない?」


「取り敢えず、アイツは一抜けだな!」



 周りの生徒の反応は最悪。翔真は完全に悪印象を持たれてしまったみたいね。



「大丈夫、紅羽ちゃん!?」


「宇津巳さん……」


「何でアイツに話し掛けちゃったの? 嫌な事言われるって、分かってたのに!」



 言われて、何でかは私にも答えられない。

 自分の中に正解が無かった。



「でも、これで確実に孤立したね。D組で彼と組む生徒はいなくなるんじゃないかな?」


「そう、かなぁ……?」



 良く分からない。


 それよりも私は翔真が翔真であった事に対して気落ちしてしまっていた。


 人間、そう簡単には変わらない。か――

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