第8話 決意の夜


 斬新なベッドメイクをありがとう!

 流石は石瑠家のメイドさん!!


 ボッコボコにされた身体を押して自室へと辿り着いた僕は、荒らされ尽くした部屋の内装を目撃し、軽く目眩を覚えてしまう。


 どうやったら天蓋付きのベッドが逆さになるんだよぉ!? 辺りに散らばったエロ本はまさか翔真コレクション!? これでもかと言うくらいにビリビリに破かれて紙吹雪として部屋中に散りばめられている! チラリと見えた表紙には紅羽似と藍那似と麗亜似の女優が艶かしいポーズを決めていて……もう何も言えねぇッ!!


 OH、ジーザス!!

 何だってこんな目に遭ってるんだ――ッ!?



「――翔真、部屋にいるのか?」


「ね、姉さん!?」


「少し良いか……今後の事で話が――」



 ああ!? 入って良いと言ってませんよ!?


 扉を開けるのは駄目だって!!


 散らかし尽くした部屋の惨状をまじまじと眺めた藍那は、思考を停止したかのように扉を閉め、また――少し経ってから扉を開けた。



「…………翔真? この部屋の惨状は何だ?」


「し、知らない! 僕は何も知らなぁいっ!!」



 叫ぶ僕だが、藍那の顔は変わらず険しい。



「知らない訳あるかッ! 此処は貴様の部屋だぞ!? どうやったらこんなにも汚せるというのだッ!? 」


「そ、それはそのぉ……」



 思い当たる事と言えば妹の麗亜なんだが、証拠も無しに名前を出したら、こういう場合は碌な事にならないと僕は知っていた。



「……まぁ良い。この有様では話も出来ん。一旦、外へと出るぞ。庭に出るから着いて来い」


「は、はぁ……」



 助かったのか何なのか分からないけれど、僕は藍那の言う通り二階にある自室から一階の中庭へと降りて来た。午後八時の曇り空。外はすっかり暗くなり、窓から漏れる光源だけが辺りを薄らと照らしている。



「翔真。初めてのアカデミーはどうだった?」



 世間話がしたいのか……?


 いぶかしみながら、僕は藍那へと返事をする。



「べ、べべべッ、別に何も! ABYSSには興味あるけど……そ、それだけだし!」



 盛大に吃ってしまったが、これは仕方が無いと思って欲しい。万年引き篭もりでゲームしかして来なかった僕が、女性相手に受け答え出来ているだけでも上出来なのだ。本来なら初対面と言っても差し支えの無い相手とサシで会話をするなんて無理無茶無謀。


 精一杯の、これが僕の限界だ。


 石瑠藍那はそんな僕の様子に首を傾げながらも、敢えて触れずに本題へと話を進める。



「……ABYSSにしか興味は無い、か。ならば入学式早々に1-Cの生徒達と揉めていたのはどういう事だ……?」


「ブホッ!」



 僕は思わず、吹き出してしまう。


 情報が早すぎぃぃ!?

 ナ、何デ知ッテルンデスゥ!?


 僕の疑問に、藍那は淡々と答え始める。



「1-Dの生徒がこの一件を職員室で抗議したらしい。人の耳には戸は立てられん。私が知っているという事は、今頃は高等部中にこの話が広がっているかも知れないな?」


「ひ、ひぇぇ……」


「……或いは、この件には報道部が絡んでいるのかも知れん。事件があれば面白おかしく装飾して広める連中だ。石瑠家の評判を落とさぬ様、貴様も充分周囲には気を配る事だな」


「は、はぁ……」


「……」


「な、何か?」



 黙ったまま、ジッと此方を見詰める藍那。

 何だかとっても、気不味い雰囲気だ。



「……いやなに。女生徒を助けたのは素直に感心した。近頃腑抜けていた貴様にもそれ位の気概はあったのかと嬉しく思ったぞ。だが――その後の対応は頂けないな。複数人が相手とは言え、石瑠家の当主が公衆の面前で下着を脱がされ掛け、あまつさえ助けを懇願するとは言語道断だ。やはり貴様はこの私が一から鍛えてやらねばならない様だ」


「き、鍛えって……えっえっえっ?」



 最初に褒められたと思ったら、次の瞬間からは鬼の様な駄目出しが返って来た。続く言葉も不穏であり、僕は思わず身を震わせる。



「明日の早朝。三時から私と一緒にトレーニングだ。貴様の身心を叩き直してやる。言っておくがコレは強制だ。逃げられると思うなよ?」


「しょ、しょぇぇ〜〜!!」


 情けない叫び声が、夜天に木霊する。


 果たして三時は早朝なのか――?

 僕の疑問は絶えなかった。





「ゼェッ、ゼェッ、よ、漸く終わった……!」



 夜。自室にて僕は後片付けに奮闘し、今日眠る為のスペースを確保する事に成功した。


 それにしても良く働いたものだ。


 ……冷静に考えてみると、今日は丸一日何も食べていない。思ったよりも身体が平気なのはパッシブ・スキルの【タフネス】のおかげかも? レガシオン・センスでの空腹は、スタミナゲージの上限減少としてゲーム内で表されていた。スキル【タフネス】は、もしかしたら空腹軽減にも役立ってくれているのかも知れない。



「はぁ……」



 片付けたベッドに大の字で寝っ転がり、僕は疲労した肉体に一息を吐かせる。


 ……思えば今日一日はゲームの事しか考えていない。普通なら現実……元の世界の事とか、もっと色々思う所はあるんじゃないかな?



「……元の世界に戻れなかったら……どうしよう……とか……?」



 呟いてみても、何だか実感がない。

 夢の延長というか……そんな気分。



「このまま、なぁなぁでいるのは良くないよなぁ……? 戻るにせよ、戻らないにせよ……覚悟だけは決めとかなきゃ……」



 言いながら、僕はズボンのポケットの中を探る。指に当たる硬い感触を取り出し、目の前にかざしながら物思いにふけった。



呪いの指輪カースリングか……」



 ABYSS内の宝箱に一定確率で出現する呪いの装備。効果は様々なんだが、大体がバッドステータスを付与される為、外れ扱いとされている。一度装備したらABYSS内に存在する浄化の泉や、教会の聖水を用いなければ外す事が出来ないのも厄介さに拍車を掛けていた。


 今回僕が入手した呪いの指輪カースリングは、"獲得経験値0"を付与という効果を持っている。


 獲得経験値0……つまり、魔物を倒しても経験値が入手出来ない。レベル上げが出来なくなり、恩恵であるステータス上昇も当然無く、絶対に強くなる事が出来なくなるという代物だ。


 何故そんな物を手に入れたのか――?


 その理由は、VRMMOレガシオン・センスの特徴的な育成システムにあった。


 通常、RPGでは魔物を倒す事によって経験値を獲得。経験値が一定数になった瞬間にレベルアップをし、キャラ固有の数値。またはランダム値でステータスが上昇するというプロセスを行なっているのだが――レガシオン・センスではステータスの上昇値がによって決定するという独特のシステムとなっていた。


 開発者は恐らく、難易度の調整をしたかったのだろう。思惑としてはコンテンツの延命。上級者と初心者の差を減らして長く遊んで貰える様に設定を組んだのだ。


 雑魚を狩ってレベルアップした時よりも、階層主――進行上、必ず相対するボスキャラを倒した時の方がより多くの成長が見込めるシステムとなっている。レガシオン・センスでは自身よりも低レベルな魔物を倒した際、獲得経験値が減少。逆に、強い魔物を倒した際には上昇するというシステムを取っている為、プレイヤー間のバランスは余計に取り易い。


 だが、そんな中でも最効率を目指してしまうのが、ランカー達だ。


 彼等は雑魚戦を無視したプレイスタイル……レベル縛りを研究していく。低レベル攻略に必要な物として、早い段階で呪いの装備のバッドステータス"獲得経験値0"に目を付けた。


 しかし、呪いの装備と言うのはドロップにランダム性があり過ぎる。呪いと言っても一口じゃない。"獲得経験値0"の効果が出なければ意味が無いのだ。大半の攻略組は中途半端なレベル縛りで諦めた事だろう。


 ――だが、僕は違う。


 僕は見付けた。序盤で呪いの指輪カースリングを手に入れる方法を。アカデミーの入学式後にイベントも何もない探索区の外縁、廃棄場に1時間も掛けて態々足を運ぶのは僕ぐらいの者だろう。あのタイミングで出現する呪いの指輪カースリングは、バッドステータス"獲得経験値0"が確定となっている。


 初めて見付けた時は、狂喜乱舞したっけな。

 掲示板でも発見されていない。


 僕だけが知る情報だ。


 ……ま、もしかしたら開発者は知っていたのかも知れないけどね。わざと入れたんじゃなきゃ、余りにも都合が良過ぎる代物だ。


 ――この世界で、本気で生きる覚悟があるのなら、僕は呪いの指輪カースリングを装備するべきなのだろう。


 10階層ごとに出現する階層主。その全てを雑魚狩りを行わずに倒した場合、僕はこの世界の誰よりも"最強"になれるだろう。



「――ッ」



 思わず、ぶるりと震えてしまう。


 決めるのは明日だ。


 明日――僕がまだの姿だったなら。



「その時は――覚悟を決めよう。石瑠翔真として。レガシオン・センスのトッププレイヤーとして、恥じない振る舞いをしてやる!!」


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