第7話 麗亜の本心


 ――SIDE:石瑠麗亜――



 大和民族を祖先にする鎌倉より栄えた武門の家。そこに生まれたのが私、仏蘭西フランス人の母を持つ混血ハーフの石瑠麗亜よ。


 社交界で石瑠家の現当主と出会った母様は、大恋愛の末に私を産んだらしい。恋愛と言うのは便利な言葉ね? 父は当時既婚者であったというのに、悪びれもせずに母様とくっ付いたらしい。青臭くも、愛し合っていると言えば全てが正当化されるとでも思っていたのかしら? 二人は私を望まれた子だと仰っていたけれど――その狂った価値観までは理解出来なかったわ。


 けれど――不貞は不貞。


 本妻の家は、石瑠家と肩を並べる程の力があったご実家だった。婚姻を解消すると同時に、彼等は石瑠家当主の不義を朝廷へと訴え、両家を巻き込んだ不倫騒動を巻き起こしたわ。


 結果として、石瑠家は官位を下げられた。


 賠償金の支払いに土地を担保とし、現在は都内に建てた洋館のみが当主の物件となっている。母様を日本に迎える為の館だったのでしょうけれど、残念ね。


 結局の所、母は故郷を捨てられなかった。

 石瑠家へとやって来たのは、私だけ。


 自由人として振る舞う母に嫌気が差したのは本当だけれど、石瑠家の御父様を気に入って日本へと渡って来た訳ではないわ。


 全ては単なる気紛れ。


 場所が変われば、この鬱屈した気持ちも幾分かは晴れるかも知れない。そう思って、私は側付きのメイドと共に海を渡ったの。



『や、やぁ麗亜。いらっしゃい……大きくなったね? 母さんは元気かい?』


『お久しぶりです、御父様。えぇ。母様はお元気ですよ。元気に故郷の仏蘭西で新しい恋を見付けていましたわ。あの分だと腹違いの妹弟が出来るのも、すぐの事かも知れませんわね?』


『――ぁ』



 私がそう言うと、御父様は泣き出しそうな顔をしながら絶句してしまう。


 本当に、弱い人。

 尊敬の念なんて一片も湧かない。

 母が捨てたのも、納得な殿方でした。



『暫くは出稼ぎに出るとか?』


『あ、あぁ……その……お金が必要でね』


『それはそれは残念です。では、暫くの間は家の中を好きに使わせて頂きますね? お兄様は何処でしょう? 石瑠家の次期当主――是非一度、御挨拶をさせて頂きたいですわ』


『翔真の事かい? それなら――』


『――げ。何だよ、妹が来るとは聞いてたけど、一人じゃないのかよ?』


『貴方は?』


『あぁん? お前、僕の事知らないの~? 全く、これだから外国から来た世間知らずは困るよな~?』


『……』


『僕の名は石瑠翔真! この家の次期当主って言えば、どんな態度をすれば良いか分かるよね~? こっちの家の好意で住まわせてやるんだから、僕の言う事はちゃ〜んと聞くんだぞ?』



 私は思わず、目を細めた。これが石瑠家の次期当主で――私の兄? こんなのを上に添えてしまったなら、石瑠家は早晩滅びるだろう。


 その時、私は後悔していた。こんな下級な家だと分かっていたなら、態々海を渡ってまで来ていなかったのに、と。身体に流れる血の半分。その正体に興味を抱いてしまった事が間違いだったのだ。



『いいか、僕の事はお兄様と呼んで敬い――』



 メイド達に睨まれている事も知らず、嬉々として下らない事を宣う翔真。……良い加減、上下関係を解らせる必要があるわね。


 私が思った、その時だ。



『何を戯けた事を言っている――翔真』


『ひょぇ!? ね、姉さ――ブベラッ!?』


『廊下で騒ぐな。相手は長旅で疲れているんだぞ? 部屋に通すのが先決だろう』


『――』


『すまなかったな、御客人。我が家の者が粗相をした。今から御部屋を御案内しよう』


『あ、あの!』


『ん?』

 


 私は思わず、声を上げてしまいました。


 凛とした佇まい。

 清廉なる蒼の御姉様に、熱を籠めて。



『貴女の、御名前は……?』


『石瑠藍那だ。これからは君の姉でもあるな』


『藍那……姉様……』



 これが、私と姉様との初めての出会い。


 石瑠家には異物である筈の私を、藍那姉様は暖かく迎え入れてくれた。私にとって姉様は、初めて心から尊敬出来る"家族"だったわ。


 だからこそ、私は翔真を許せない。


 姉様が伝統を重んじ、家の事を大事に思っているのを知っているから、それを台無しにしようとする兄が憎くて憎くて仕方が無かったわ。



『姉様が、当主なら良かったのに……』



 ある日、私が思わず自身の心情を吐露した時、姉様は静かにこう言った。



『……武家は慣例を重んじる。女子である私が石瑠家を継ぐ事は出来ないさ』


『でも!』


『それでなくとも、我が家は一度朝廷に睨まれている。右大臣である那須野隆道なすのたかみち様が取り持った婚姻を、父が台無しにしたからだ。今後は目立つ様な事はするべきでは無い』


『それは――私の所為、ですか……?』


『何故そうなる? 仏蘭西の麗亜の母と、父の不貞はお前には関係無いだろう?』


『でも――』


『……麗亜には感謝してるんだ。こうやって、家の話を聞いてくれて。私一人だったなら、今頃疲れてしまっていたと思うからな』


『姉様……姉様は、本気であの兄を……?』


『あぁ。鍛える気だ。私の全霊を籠めて、翔真を次期当主に相応しい人間にする! 例え血反吐を吐かせようともな! やれる事があるなら、私はそれに邁進しよう!!』


『姉様……』



 姉様、でも……人はそんなに変われないわ。

 母様を見て、私は思ったの。


 家を守る為――人を変えるよりも、もっと簡単な方法がある事を私は知っていた。


 姉様には悪いけれど……私は兄・翔真を石瑠家から追放する。その為に、有りとあらゆる手段を講じる覚悟があった。


 それなのに――なに、この違和感?



「朝のアイツは、一体何だったのかしら……」



 普段であれば抵抗の一つもする所、翔真は高圧的な態度を取る私に、素直な挨拶をして来たわ。……それだけじゃない。土下座だって、いつもならメイド達と共に無理強いさせる所を、自発的に行っていた。


 ――訳が分からない。


 一体兄は、どうしたと言うのだろう?



「当主としてのプライドを無くしたのかしら?……抵抗するのを諦めた? でも、それなら次期当主を姉様に譲らないのは何故かしら?」



 考えていても、答えは出ない。

 結局はいつも通り。


 やる事は一つなのだ。



「居るわね、夏織かおり?」


「は。此処に」



 自室のベッドに腰掛けながら問い掛けると、今まで気配の無かった場所に、プリムを着けた茶髪のメイドが膝を付いて登場する。


 彼女は仏蘭西の実家から着いて来た13人のメイド隊の一員で、私の護衛の一人。


 我がメイド隊は第三国で奴隷の様に酷使されて来た10代の探索者で構成されている。彼女等を引き取ったのは私の実家で、表向きは慈善活動だけれど、裏では何かあった時の戦力として彼女達を保有しているの。人並みの生活を保証する代わりに絶対的な忠誠を誓わせているわ。



「貴女、朝は翔真を起こしていたわよね? 何か変わった所は無かったかしら?」


「変わった所……ですか?」


「何でも良いわ。思い付いた事を言いなさい」


「……っ」



 私がそう言うと、夏織はやや恥ずかしがった様子で赤面し、首を振る。



「……何かあったのね?」


「あ、いえ! 別に――」


「何でも良いのよ、本当に。私の中にある違和感を少し払拭したいだけだから、思い付く事があったら言って頂戴」


「……か、鏡を見ていました」


「それで?」


「自身の股間を見て――小さい、と」


「……………………夏織」


「は、はい!」


「――今から翔真の部屋、荒らして来て」

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