第5話 紅羽の受難とクズ翔真


 ――SIDE:鳳紅羽――



 念願だったアカデミーへの入学。

 それを手放しで喜べないのは、全部アイツの所為よ。


 ――石瑠翔真いしるしょうま


 武門の名家・石瑠家の次期当主にして、親同士が決めた許嫁……私って何? 自分の意思で恋愛をしちゃいけないの? 武家に生まれた女は悲惨よ。頑張って努力しても、家を継げる訳でもない。アイツのお姉さん……藍那さんの気持ちが私には良く分かる。まるで籠の中の鳥だわ。鑑賞される為に生きて来た訳じゃないのに、生き方を周りから強要されてしまう。


 せめて相手が、もっと素敵な殿方だったら良かったのに……! 持って生まれた才能や、外見なんかはどうでも良い。ただ私は、アイツの性根が気に食わない!!


 ……昔は、あんなんじゃ無かったのに。


 何時の間にか翔真の奴は、外面ばかりを気にする卑屈な男になっていた。……逆に、許嫁の私には強気な態度を取る事もしばしばあった。



『……ねぇ、翔真。もう放してくれない?』


『は、はぁ? 何で?』


『許嫁だからって、皆の前でベタベタする必要は無いと思うの。だから――』


『っ……だよ、それ……』


『え……?』


『どうせお前も僕を見下してるんだろう!? だからそんな事を言うんだ! 違うか!?』


『な、何を言ってるの? ちょ、痛いっ……』


『石瑠家の当主は僕なんだ! 藍那なんかじゃない! それなのにあの妹はグズグズと……!』


『翔真! 落ち着いて、翔真!!』


『……』


『冷静になって……お願い……』


『……っ、く、紅羽……』


『昔の貴方は、もっと優しかったでしょう? お願い、あの頃の貴方に戻って……!』


『……昔の……僕……?』


『そうよ、昔の。昔の翔――』


『――プッ。アハハハハハハ!! 昔の? 昔の僕に戻れだって!? あんな情けない頃の僕に、また……また戻れってか!? アハハハハハ! じょ、冗談……! 冗談キツいよ紅羽〜!?』


『翔……真?』


『……大体さぁ、僕をこう変えたのは君じゃないか? いつも言ってただろう? 武家の人間なら、もっと強くならなきゃ駄目だってさぁ?」


『――違う。違うよ翔真。それは強さなんかじゃない! 貴方がやっているのは――』


『あぁ! うるさいうるさい、うるさーい!!』


『ッ!』


『五月蝿いんだよ……紅羽。君は、いつもいつも余計な事ばかり言う……煩わしいんだ。君の存在が……そのものが!』


『そんな……』


『ただ――そんな君にも一個だけ役割がある』


『!』


『僕と子供を作る事さ……』


『しょ、翔真……』


『その日が来たら、精々楽しませて貰うよ。実際、お前って見た目だけなら僕のこの――」


『!!』


『――おぶぇッ!?』


『……もう、良い……』


『紅羽!? お前! 良くもこの僕にビンタを!』


『――黙れっ!!』


『ひょえっ!?』


『……アンタなんか、大ッ嫌いッ!!』


『――』


『この、最低人間!! クズ!! 雑魚男!!』



 思い浮かんだ暴言を泣き叫びながら、私はその場から逃げて行った。そうして、今のアイツとの関係が出来たんだ。


 ……昼間の翔真は、何だか大人しかったな。


 それに、アイツから私にちょっかいを掛けて来なかったのも珍しい。気になって帰りには私から話し掛けてしまったくらいだわ。ただ――そもそも私は、石瑠翔真という人間にはもう見切りを付けている。多少態度が変わろうとも、昔の様に気を許したりはしないと思う。


 彼を好きになる事なんて、天地が引っ繰り返ってもあり得ない。


 そうだ。絶対にそう。

 私はウンウンと頷いた。



「――鳳さん、大丈夫?」


「東雲さん……」


「悩み事? 私で良ければ相談に乗るよ!」


「あはは……へーき。ありがと」



 ボーっとしていた私の事を気に掛けて、クラスメイトの東雲歌音しののめかのんが話し掛けてくれた。彼女とは、中学時代からの知り合いよ。最も、親しい交流があったという訳ではなく、遠目からその存在を認識していたという程度の仲だったけれどね。


 当然、東雲さんが探索者を目指していたなんて事は知らなかったし、アカデミーを受験していたのも初耳だった。


 教室で再会した時は驚いたわ。同じ中学と言う事もあり、彼女とはすぐに意気投合。友達作りの上手かった彼女は、慣れない私を女子の輪へと入れてくれて、こうして一緒に施設を回る事になったの。



「さっき言ってた、石瑠君の事?」


「……」


「――あ、ごめん! こう言う事は、あんまり言わない方が良いよね?」


「……いいわよ。どうせこの学校でも、アイツが言いふらすに決まってるんだもの」



 思わず、口調が刺々しくなってしまう。


 後から知られて、変な誤解を受けるのも嫌だし、東雲さんには早々に翔真の事を話してしまっていた。同じクラスに居る許嫁。私がアイツを嫌ってる事も、彼女は理解してくれている。それに、何だか彼女って話し易いのよね?



「……あんまり無理しちゃ駄目だよ?」


「してないから、大丈夫」



 私は東雲さんに、軽く言う。


 嘘じゃない。


 こんな事は、日常茶飯事だったから。


 言った後、東雲さんからは此方を気遣う様な視線を感じた。感じるだけで、何も言わない。こう言った所が彼女の美点なのだと思う。私だったらきっと、余計な事を言って相手を怒らせていたと思う。同じ女として、何だかちょっぴり負けた気分。



「――痛っ、ちょっ! やめてっ!!」



 後ろの方から騒ぎ声が聞こえて来たわ。あの声は一緒に行動していた宇津巳早希うつみさきさん? 一体何があったのだろう? 目と目を合わせた私達は、二人で騒ぎの中心へと駆け出した。



「あ、東雲さんに鳳さん!」


「どうしたの!?」


「宇津巳さんが1-Cの男子達に絡まれて……」


「えぇ!?」


「返してよッ! 私のカメラ!!」



 男子生徒が持つカメラを、必死に取り返そうとする宇津巳さん。彼等はそれを見て、ニヤニヤと嗤っている。


「あぁ!? その前に払う物が先だろうが!?」


「所構わずパシャパシャしやがってよ〜〜! 肖像権の侵害は法律違反だぜ〜!? 訴えられたくなけりゃ、テメー、金を払うんだな!!」


「そ、そんな……!?」


「宇津巳さん! 大丈夫!?」


「東雲さんに鳳さん! わ、私のカメラが……男子に盗られちゃって……!」


「カメラ……?」


「ちょっと! 返しなさいよ!!」


「はぁー?」


「オイオイ、そりゃ誰に言ってんだ? あ?」


「……ッ!」


 

 威圧する様に間合いを詰めて来る男子達。女相手だからと舐めて掛かってるんだわ! 下衆な連中……! こんな奴等がアカデミーにいる事自体が許せない……!!



「……あの! 写り込んでしまった写真は削除しますから! ですから――」


「それじゃあ勝手に写真を撮られた、俺達の気が治まんねぇっつってんだよ!!」


「で、でも……!」


「良いよ東雲さん。こんな奴等の相手なんてすること無い! 早く先生の所に行こう!!」


「……先生? 先生だってよぉ!? ブアッハッハッハッ!! こいつは傑作だぜ!!」


「な、何よ……何がおかしいのよ!?」


「お前等ァ、今年入ったDクラスの連中だよな? 中等部から入った俺等が、良〜い事を教えてやるよォー?」


「……」


「アカデミーに在籍する教師って奴は、生徒間同士のいざこざに関与しねぇようになってるんだよ! だから、告げ口したって何の意味はねぇの! 生徒の問題は生徒が解決する! それが! アカデミーでの! 法律だァッ!!」


「そ、そんな……」


「嘘だと思うなら行って来いよ。戻って来る頃にゃ、このカメラは粉々だぜ~?」


「や、やめてッ! やめてよぉッ!!」


『ギャハハハハハハ!!』



 勝ち誇った様に、笑い出す男子達。



「……本当、碌な男がいない……」


「あぁん? 今なんつった?」


「最低な男達だって、そう言ったのよ!!」



 私は湧き起こった怒りを吐き出す様に、目の前の男達へと啖呵を切る。当然、こんな事を言えば連中は私に向かって攻撃を仕掛けて来るかも知れない。


 けれど、やられっぱなしは絶対に嫌!!


 何よりもチラつくのが翔真の存在。


 アイツも強い奴には及び腰だった。今私がコイツ等の蛮行を見過ごしたなら、あの時の翔真と変わらなくなってしまう。


 ――そんなのは、絶対に嫌だった!


 熱り立つ男達が、私の腕を掴むその寸前――



「――止めろよ」



 一人の男子が、颯爽と目の前へと現れた。

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