90 話③

 ずっと、そうだったと思う……。

 直人はいつも偉そうな態度で人と話していたから、俺も同じことをやってみたかった。そう、最初からお前と話なんて、あり得ないことだと思っていた。俺がここに来たのはお前が道具扱いした人に、どんな風に話していたのか……、それを教えてあげたかったからだ。だから、お前の嫌いな言葉を口に出した。


 どうせ、俺の心遣いなど……言ってもお前は知らないはずだから。

 ずっと友達だったと思っていたけど、やっぱり……あの時からお前のことを嫌がってたかもしれない。


「…………」


 冷静になれないのは俺も同じか……。


 ……


 それはあっという間だった———。


「りおくん!!!!」


 見えないところから、霞沢の声が聞こえる。

 どうして、ここに来たんだ……?

 すぐ答えてあげたかったけど、あいにく……俺は川の中だった。


 無関心。やっぱり、それがお前の弱みだったのか……?

 本当に馬鹿馬鹿しい。まさか、帰ろうとした俺を橋から突き落とすなんて……、そんなことまでするとは思わなかった。

 どうして、いつも他人を見下すんだよ。お前は……。


「はあ……、はあ……! り、りおくん! りおくん!!!」


 向こうから、全力で走るあい。


「りおくん……! 嫌だ! 嫌だぁ———!!!」


 寒くて……、冷たくて……、体が動かない……。

 これがトラウマっていうことなのか……? 早くここから出ないと……。でも、本当に体が動かなかった。俺は一度川に飛び込んだことあるのに、どうして体が動かないんだろう……? まずい。息が、くっそ……、息ができない。どうすれば、どうすればいいんだ……? 本当に、何もできないなんて……霞沢……、ごめん。


 俺、油断した……。

 あんなやつと話をしようとした俺が愚かだった……。最初から、あんなやつ……無視した方がよかったのにな。それでも、いつか霞沢に同じことをする可能性があるから仕方がなかった。俺は霞沢の彼氏なのに、こんなやり方しかできなくて、また傷をつけちゃって、本当にごめんね。


 クッソ、何も見えない。


「何してるんだよ!! 西崎!!」

「どうして……、どうして…………。そんな目で俺を見るんだ! こうなったのは全部りおのせいなのに、どうして俺をそんな目で見るんだよ!! お前ら———!!」

「京子! これ!」

「えっ?」


 マフラーとブレザーを京子に渡すあい。


「あいちゃん? まさか、入る気? きょ、今日マイナス四度だよ? 人を呼んだ方が……!」

「そんな時間ない! 今は私が行かないと……、りおくんが……!」

「分かった。あいちゃん……。ごめんね、私泳げなくて……」

「ううん。京子のせいじゃない」


 りおを救うために、自ら川に飛び込む。

 あいは一秒も迷わなかった。


「どうして? どうして、あいちゃんはいつもりおを見てるんだ……?」

「そんなことがあったのに、まだ分からないの? いい加減に……、現実を見てくれない? 西崎」

「…………どうしてだ……。俺は、俺は……ただあいちゃんが好きで……」

「なんで、そんな簡単なことすら分からないの? 今の西崎は欲しいのが手に入らないから、周りの人に腹いせをする子供にしか見えないよ。本当に分からないの? あいちゃんの好きな人は北川くんだったこと……、同じ中学校を卒業した西崎ならすでに知っていたはずなのに……」

「あああ……、俺は……、なんで……」

「汚い手を使ってても、あいちゃんの彼氏になりたかったの? 西崎は……」

「俺は……欲しかった。俺の足りない何かを満たしてくれる人が……、その人があいちゃんだったからずっと欲しかった……」


 涙を流す直人の前で、京子はため息をつく。


「本当に気持ち悪い……。私に北川くんを紹介してくれたのも……、全部自分のためだったよね?」

「井原もりおのこと好きって言っただろ……? また俺のせいにするのか?」

「二人の関係知らなかったし! 私は……。いや、もういい。頼むから、二度と私たちの前に現れないで……」

「…………」

「終わりだよ、西崎直人。欲しがっていたあいちゃんも、ずっと道具扱いしてきた吉乃ちゃんも、全員……あんたのことを憎むから」

「一人……。あはははっ、一人か……。井原も俺にそんなことを言うのか……、クッソが! あいつもこいつも、全部……!」


 もう自分の感情をコントロールできない直人。

 彼は拳を握って、目の前にいる京子を殴ろうとした。


「西崎直人!!」

「…………っ!」

「同級生に何をする気だ? また、親の顔に泥を塗るつもりか……? 直人」

「なんで、ここにいるんだ……? なんでだよ!」

「…………」

「はあ……、女の子を殴るほど腐った人間になってしまったのか……俺の息子は」

「違う……。俺は……!」

「ついて来い」

「…………」


 直人を止めたのは彼の父だった。

 そして直人を自分の連れに任せた後、二人を救うためにすぐ川に飛び込んだ。


「西崎さん!?」

「どこだ! 二人は!」

「あっちです!」


 寒さとりおの重さにバタバタしているあいを、彼が助けてあげた。


「遅くなってすまない、救急車はすでに呼んでおいたから……」

「は、はい……」

「今まであったこと、すべてあの子に聞いた。あいつを止めなかった俺のせいだから直人の代わりに謝る。申し訳ない」

「いいえ……! 私は大丈夫です……。それより、ありがとうございます……。西崎のことを止めてくれて……」

「そうか……。もう心配しなくてもいい、あいつはこのまま田舎に戻るから……」

「は、はい……」


 ……


 静かで……何も聞こえない。

 俺は……また助けられたのか……? あいは……、あいはどこにいる……?


「…………っ」


 目が覚めたのは夜の十時頃、震えている指先に俺は不安を感じていた。

 起きたばかりで頭がすごく痛い……。

 クッソ、俺が何もできなかったから……、あいにも迷惑をかけてしまった……。それにちゃんと聞こえたから……、あいの声。きっと俺を救うために、川に飛び込んだはず。今更後悔しても何も変わらないって知ってるけど……、それでも自分を責めるしかなかった。


 あいつ……。


「うう……、りおくん……」

「…………ん?」


 寝言を言うあいが俺のそばで寝ている。

 あいが、ここにいる……。


「あい……。よかった……。何もなくて、本当によかった……」


 静かな病室の中、俺はあいの頭を撫でてあげた。

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