79 劣等感③

 りおに彼女を作ってあげればすべて解決できると思っていた。

 でも、いつの間にか……どんどんあいちゃんと距離感ができてしまう。ここにきてからりおと話す時間も増えてるし、二人は俺の知らないところで何かをやってるかもしれない。そんな気がした……。もちろん、そんなことしないって……俺はあいちゃんのことを信じてるけど、それでも不安を感じていた。


 俺はどうして、こんなことを……?


「あいちゃん?」

「うん? どうしたの? 直人くん」


 余裕ができた。

 以前と違って……、あいちゃんが俺に頼る回数が減ってしまった。やっぱり、りおのせいか。りおがここにいるから、俺にはもう頼らないのか……。ずっとあいちゃんのそばで、あいちゃんを見ていたのに……、俺は結局幼馴染のりおに負けてしまったのか……? くだらない、あの俺がりおなんかに……。


「いや、あいちゃん……いいことでもあったのか?」

「うん? 別に……ただ、りおくんと仲良くなったからね。今は私とあったことをほとんど思い出せないけど、それでも私のことは覚えてるから……」

「どうして、りおに執着するんだ……? 俺じゃダメなのか?」

「ごめんね。私にはりおくんしかいないから……。もし、りおくんに他の女ができても……私はりおくんと過ごした時間を忘れない。だから、無理だよ。直人くん……」

「…………」


 同じパターンであいちゃんを怖がらせても、限界が見えてくる。

 もうダメだった。

 俺はりおと井原が付き合うのを望んでいたのに、それも失敗して今はこの四人でくだらない学校生活を送っている。体育祭、文化祭、時間が経てば経つほど……、あいちゃんは俺から離れていく。それが見えるからずっと焦っていた。


 なんで、上手くいかないんだ……? 俺に足りないのは一体なんなんだ……?

 一緒にデートをして、甘いものを食べて、普通の恋人みたいに楽しい時間を過ごした。俺は、ずっとあいちゃんに合わせていたのに。なのに、まだ足りないのか……? 俺より、りおに惹かれる理由はなんだ……? 分からない。やっぱり中学生の時が良かった……。何もできず、俺のそばにいてくれたあの時がもっとよかった。


「北川くん!」

「なんだ……。霞沢」

「ふふっ」

「ちょっと怖いんだけど…………」

「えへへっ」

「…………」


 俺にはそんな風に声をかけてくれない、いつもりおにだけ。

 それは中学時代と一緒だった。

 なぜか、どんどん怖くなる。ここであいちゃんまで失ったら、俺は空っぽの心をどうやって満たせばいいんだ……? りおはあいちゃんのことを気にしないけど、俺は焦っていたから自分の不安を消すのができなかった。


 そしてずっと抑えていた不安の塊が爆発し、あいちゃんを俺のベッドに押し倒してしまった。


「な、直人くん……?」

「俺はずっとあいちゃんのことが好きだったから、もう恋人ごっこはやめよう。あいちゃんの彼氏になりたい」

「…………」

「もう我慢できない……、ずっとあいちゃんとやりたかった……」


 俺は焦っていて、普段なら絶対言わないことを口に出してしまった。


「私の首にキスマークをつけて、二人でキスまでしたのに……今度は私とあんなことがしたいの?」

「俺はずっとあいちゃんのそばにいたよ! りおじゃなくて! そのそばにいたのは俺だった! 俺だったから……! なんで、なんでだ……?」

「そうなの……?」


 あいちゃんの、その目が「違う」って言っている。

 もしかして、水瀬が……?


「…………」

「私……、どうして直人くんがそんなことを言うのか理解できない。私は直人くんと釣り合わないから……、ごめんね」

「違う! 俺は……!」


 俺はあいちゃんの腕を掴んだ。


「さ、触んないで!! 私の体はりおくんの物だから……! 触んないで!!」

「あいちゃん……」


 俺たちの関係はすでに壊れていた。

 もう我慢できない……。

 俺は……そのままあいちゃんを殴ってしまった。


「りお、りお、りお、りお……!! いい加減にしろ……!」

「…………っ!」

「最悪だ……。俺はずっとあいちゃんのそばにいてあげたのに……」

「…………うっ」


 殴られたところが真っ赤になって、涙を流すあい。


「りおは知らないから……、あいちゃん。そんなこと、バレなきゃいいんだよ」

「確かに……りおくんは知らないかもしれない。りおくんの初めては小学生の時だったから……、なんか懐かしいね……」

「…………ん? なんの話?」

「直人くんは……、私とやりたいよね? 普段から私の体を触ってたし……」

「…………」

「どうして面倒臭い私のそばにいてくれたのか、よく知らなかったけど……、今なら分かりそう。私はもう直人くんに頼らないから……」

「なんでだ? それより、さっきの話はなんなんだ?」

「要するに、私の初めてはりおくんで、りおくんの初めては私ってこと」


 なんの話だ……。

 それが本当なら、俺は一体何を……? 今までやってきたことがすべて無駄ってことか……? 俺はりおの悔しむ顔を見て、あいちゃんとイチャイチャして、優越感を感じたかった。それだけが俺の生き甲斐だったのに……。なのに……、あいちゃんはすでにりおとやったのか……? そんな、あり得ない。


 信じられない……。


「だから、もうこの関係を維持するのはできないよ。もし、りおくんがあの時のことを思い出したら……。私に……そんな資格ないって知ってるけど、それでもりおくんに私の気持ちを伝えたい。今までありがとう、直人くん……。殴られたのはなかったことにする。先に帰るね」

「…………あはははっ、そんな」

「…………」

「…………あいちゃん!」

「りおくんのことなら、もういい。私がなんとかする……、さようなら」


 終わったのか……?

 本当に、終わったのか……?


「あいちゃん……。そのまま帰るのか……?」

「…………」


 俺にはもう何も残っていない。

 マジか。


「…………」


 ぼとぼと、涙が落ちる。


 りお……、りおさえいなければ……こうならなかったはず。

 お前がこの世で消えないから……、あいちゃんが俺の物にならないんだよ……!!


「……っ」


 そうだ。俺がこうなったのはすべてお前のせいだ……!!

 俺のあいちゃんはもうどこにもいない……。


「あいちゃん……」

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