78 劣等感②

 何をすれば、あいちゃんが俺を見てくれるんだろう……?

 りおがいない間、俺はずっと彼女のそばにいてあげたのに……何も感じられない。そしてあいちゃんはいつもりおの話をする。そんなことできるわけねえだろって言ってあげても、あいちゃんはずっとりおのことを考えていた。


 都会に行く前までずっと二人っきりだったのに、俺たちの距離が縮まらない。


「怖い……。どうして、りおくんは私に連絡しないのかな……? 直人くん」

「……分からない。りおにもそれなりに事情があるはずだから」

「うん……。いつもごめんね。直人くん……」

「大丈夫だよ。俺はいつもあいちゃんのそばにいるから……、心配しないで」

「ありがと……」


 だから、俺はずっとあいちゃんを怖がらせるしかなかった。

 不安はあいちゃんを止める唯一の方法だったから……。


 りおのことを忘れてほしい、あいちゃん。


「そうだ。りおはあっちで幸せになるはずだから、もう忘れよう。あいちゃん」

「…………」

「あのさ、ずっと連絡しない男のどこが好きなんだ……? 俺には理解できない。本当にあいちゃんのことが大切だったら、引っ越した後に連絡くらいするんだろ? でも、りおはそうしなかった。それはあいちゃんを気にしないってことだぞ?」

「…………」

「俺は長い間、あいちゃんのそばであいちゃんの悩みを聞いたから……。もうりおのことは諦めよう」

「…………うっ、りおくん……。どうして……」

「あいちゃんとあったことすら思い出せないりおに、何を期待したんだ……? りおはとっくにあいちゃんのことを諦めたはず。そんな人に期待なんかしても無駄だよ! どうして分からないんだ……? あの日、りおがをした日! あいちゃんも見たんだろ? 知らない女の子とくっついているりおを! それで今はどうだ? あれがあってからりおは一度もあいちゃんに連絡をしなかった。それが結果だ」

「やめて……、やめてよ。もう……そんなこと言わないで……直人くん。私……、怖いから……もうやめて……」


 そして、涙を流しながら俺に抱きつくあいちゃん。

 こういう方法しかいねえのかよ、俺には……。

 頼れる人がなくなっちゃったあいちゃんは、ずっと俺のそばにいてくれた。そして学校のみんなにぞんざいな扱いをされてるのも彼女はちゃんと知っている。りおがいなくなった今は俺がずっとあいちゃんを庇ってるけど……、俺を意識してくれないのはやっぱりひどいよな。


 なんで、あの俺がこんなことで悩んでるんだろう……。


「そうだ。この前にりおとゲームをやってたけどさ」

「りおくんと……! ゲーム!」

「うん。でも、りおは……」

「うん……?」

「あいちゃんに頼まれたからりおに聞いてみたけど……、親友の彼女と連絡するのは無理って言われた……。意味、分かるよね?」

「…………わ、私たちは付き合ってないのに……? どうして?」

「それを知ってるのは俺とあいちゃんだけ。りおが学校に戻ってきたあの日、付き合うことにしたって言っちゃったからさ」

「…………今! すぐ言ってあげないと!」

「りおはすでに決めたよ。自分の気持ちを……。もうあいちゃんとは話したくないって」

「…………」


 あいちゃんは持っていたスマホを落としてしまう。

 俺があいちゃんの話を伝えないと……、あいちゃんはりおの話を聞くことすらできない。ずっと無視されたし、りおはあいちゃんに連絡をしないから……。俺は二人の間で、その面倒臭いことをやっていた。


 もちろん、俺はあいちゃんが聞きたがる話をしない。

 要するに、『何をしてもあいちゃんにはチャンスがない』それを教えてあげたかった。すべてはそのためだから———。


 そして俺たちが転校した後、あいちゃんはりおと仲良くなろうとした。

 あの時みたいに……。


 でも、りおはあいちゃんと距離を置いていたからしばらく時間を稼ぐのができた。

 そして当たり前のようにあいちゃんは「手伝ってほしい」って俺に声をかける。りおはあの時のことをほとんど思い出せないから、友達の直人くんがなんとかしてほしいって……。そんなことをして、俺になんの得があるんだ?


 りおは今のままでいいから、それを思い出す必要はない。

 どうせ、俺が言ってあげても思い出せないはずだからさ。


「うっ……。首、痛いよ。直人くん……」

「ごめん。なんか、今日は……疲れたっていうか」

「…………もう……いいよね? 直人くん、私たち付き合ってないから……それ以上はダメだよ」

「俺、キスしたい。あいちゃんと……」

「ダメ……」


 それ以上はできない。

 あいちゃんの中にはずっとりおがいるから、それが気に入らなかった。


「あのさ、俺たち付き合ってるから……それくらいいいんじゃね?」

「それは……恋人ごっこでしょ?」

「それでも、りおは俺たちが付き合ってるって思ってるから」

「だから、誤解を…………」

「いい加減にしろ……! 俺はずっとあいちゃんのそばで、あいちゃんのために生きてきた。なのに、自分を捨てたりおのところに戻りたいって言うのかよ……! もしそうだったら……、俺もりおに話すから……!」

「な、何を……?」

「あいちゃんに二年間弄ばられたって……、あいちゃんもりおに言えないことたくさんあるだろ!」

「ダ、ダメ…………。それは……ダメ……。りおくんには……、そんなこと言わないで」


 俺の前で、ずっとりおの名前ばっかり……。

 学校にいる時は彼女のふりをするけど、いつかりおのところに戻るかもしれない。

 それが怖い、怖くてたまらない。


「ごめん……、あいちゃん」

「…………」

「そして俺はりおの親友だから……、りおがあの時のことを思い出せるようになんとかしてみる。その代わりにあいちゃん、今は……俺に集中してくれない?」

「…………分かった」

「…………」


 そして、俺は井原と友達になった。

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