77 劣等感

 あれがあってからりおとあいちゃんは他人になった。

 クラスにいる時も、移動教室の時も、体育授業やお昼など……。同じクラスにいるのに、二人の間にはどんな会話もなかった。あいちゃんはずっとトラウマに囚われて俺以外の人と話さなかったし、りおも教室の隅っこで静かに寝るだけだった。


 完璧じゃねぇか。


 二人が築いてきた関係は、俺のいたずらであっという間に壊れてしまう。

 とても簡単だった。

 もちろん、あいちゃんの精神が壊れなかったら、こんなこともできなかったはずだ。そしてりおは何も知らず、あいちゃんに振られたことになる。ずっと好きだった女の子が他の男とキスをする状況、りおはどう思ってるんだろう……。


 こっそり聞いてみたいな……。


 そして、水瀬がりおのことを話してくれた。

 自殺と記憶喪失……、負け犬にできるのは精々それくらいか。

 可哀想だから以前あいちゃんのスマホでブロックしたりおの電話番号とラ〇ンを解除し、親友として情けをかける。どうせ、記憶喪失だし……。りおは何も思い出せないはずだからさ。そこで見てろ……、俺がお前の大切なあいちゃんとくっついているのを。


 その顔はいい。りお、俺は悪くないから……。


「あいちゃん」

「直人くん……」

「うん。どうした?」

「直人くんは……、りおくんにちゃんと言ってるよね? ちゃんと……それについて言ってるよね……?」

「…………あ、う、うん!」


 でも、まだ解決してないことが残っている。


 俺とあいちゃんの関係はりおを後悔させるためだったから、それだけじゃ俺が望んでいた理想の関係になれない。記憶喪失のりおはどうせあの時のことを思い出せないから、あいちゃんもりおのことを忘れてほしかった。そして、二人っきりで楽しい時間を過ごせばいい。それがそんなに難しいことなのか……? 何があっても俺はあいちゃんのそばを離れなかったのに……、あいちゃんはずっとりおだけを見ている。理解できなかった。


「…………」


 どうして、そうなるんだ……?

 俺はあいちゃんにキスをした。


「あいちゃん……。俺……やっぱりあいちゃんのことが好きだ」


 そして、告白をした。


「あいちゃん……。りおのことを心配するのは分かるけど、りおはもうあいちゃんのことを諦めたからさ……」

「…………」

「俺も一応りおの友達だから……。あいちゃんがいない時にりおとゲームをやってるけど、りおはあいちゃんのこと……全然話さないから」

「うっ……」


 何も言わず、涙を流すあいちゃんだった。

 それから数日が経ったのに、あいちゃんはどんどん壊れるだけで……どうしてもりおのことを忘れられなかった。寂しい時やつらい時はいつも俺がそばにいてあげたのに、俺はこんな扱いをされてもいいのか……? そして、りおのことを忘れるのがそんなに難しいのか……? 俺ならあんなやつ……、とっくに忘れて他の女を探す。馬鹿馬鹿しい……。


 それでも、あいちゃんは俺のそばを離れなかった。

 水瀬が廊下で叫んだ後、あいちゃんの居場所がなくなったから。水瀬とは体だけの関係なのに、勝手に誤解してあいちゃんに声を上げた。そこであいちゃんは人の彼氏を奪ったビ〇チになって、変な噂に巻き込まれてしまう。


 そう、あいちゃんをずっと守ってきたのは俺だ。


「…………ごめん。直人くん……」

「気にするな。あんなこと」

「うん……」


 りおとは幼馴染だから、すぐ忘れられないかもしれない。

 そこまで理解しようとした。なら、時間が解決してくれるよな……? あいちゃんの中でりおの存在が消えるまで、俺は彼女と恋人ごっこをした。すぐベッドに押し倒してあいちゃんとやりたかったけど、りおのその顔も見るのも楽しいし……。もうちょっと我慢することにした。


 手を繋いだり、ハグをしたりしても、俺たちはただの友達。

 それ以上になれなかった……。

 俺が欲しがっていたのはこういうことじゃない。なんかムカつく……、どうして俺じゃダメなんだ……? 何が足りないのか分からない、あいちゃんはいつも遠いところを見ていた。


 何をしても、りおの存在は消せない。


「……くっそ」


 そして高校一年生の時、りおは都会に引っ越してしまった。

 やっと目障りなやつが消えてしまったのか。

 りお、お前がいなくなれば……あいちゃんも俺の物になるんだろう……?


「私、都会に引っ越すことになったから……。直人くん、今までありがとう……」

「な、なぜ……?」

「家のことでね……」

「じゃあ、俺も行くから!」

「えっ? どうして? 直人くんまで引っ越す必要はないよ……!」

「俺、あいちゃんのことずっと好きだから……! 俺も行く……」

「そっか……」


 悲しい表情の中で、なぜか虚しさも感じられる。


「俺も行くからさ、都会でりおと一緒に思い出を作ろう。あいちゃん!」

「うん。楽しみだね? 直人くん……」

「うん……」


 やっとりおが消えたのに、それでも俺たちの距離は縮まらないのか……。

 それに都会……。

 あいちゃんがどうして引っ越すのかは分からないけど、俺はりおのせいだと思っていた。いきなり引っ越すのはやっぱりアレだろ……? あんな負け犬に俺が負けるなんて……、あいちゃんは俺の物だ。ずっと俺の物なんだよ…………りお!


 ……


「りお、そこはどうだ?」

「ううん。都会に来ても、田舎にいる時と一緒だから……」

「そっか? そういえば、りお……あいちゃんとは連絡してるのか?」

「いやいや……、彼氏がいる人にそんなことできるわけねぇだろ?」

「ええ、二人とも幼馴染だから……。それくらいいいんじゃね?」

「そっか……」


 りおはずっとあいちゃんに連絡をしなかった。

 そんな人に俺はずっと勝てなかったのか、この気持ちはなんだろう……?


「…………」


 俺に残ってるのはあいちゃんだけなのに……、もしあいちゃんが消えたら……?

 怖い……。

 なんで、俺は本物の「恋」をしてるんだろう……?

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