76 俺の出番②

「…………」


 彼女はずっと泣いていた。

 その現実を受け入れられなかったから、静かに涙を流すだけだった。

 俺はあいちゃんとキスをしながら……、拾った彼女のスマホをポケットの中に入れる。今はりおと連絡しない方がいい。だから、人けのないところであいちゃんを慰めることにした。そして「一番つらい時、あいちゃんのそばには俺がいる」それをあいちゃんに教えてあげたかった。


 ここまでは完璧だ……。


「大丈夫……? あいちゃん」

「…………」


 しかし、りおに裏切られたのがそんなにショックなのか……?

 ただの凡人じゃん。

 そんなに悲しむ必要はないと思うけど……、幼馴染だから仕方がないか。


「ちょっと待って、飲み物買ってくるから」


 頷くあい。


「…………すぐ行ってくるから」

「うん……」


 少し時間が必要だった。

 せっかくあいちゃんのスマホを手に入れたから、りおが連絡する可能性をなくさなければならない。普段からスマホのロックをしないあいちゃん、その中身を見るのはとても簡単なことだった。俺はりおの電話番号を探し、最後の数字だけ他の数字に変えた。そしてりおの電話番号とラ〇ンをブロックし、あいちゃんに連絡できないようにして、下準備を終わらせる。


「完璧」


 十分もかからないことだから、すぐ飲み物を買ってあいちゃんのところに戻る。

 そしてブロックされたりおが可哀想になるけど、俺と関係ないことだからどうでもいい。どうせ、俺たちのキスを見ていたはずだから……分かるんだろ? もうちょっと頑張ってみようかな。あのさ……、人生はこういうのがあるから楽しいんだよ。マジで。てか、騙した人より、騙された方が悪いんじゃね? 世の中はそんなに甘くないからさ……、りお。


 俺はりおの大切なあいちゃんとキスをした……。

 そこで、見ていたよな。

 お前は今日のことを絶対忘れられない……。絶対に。


「この世には時間が解決してくれないこともたくさんあるから、りお……。悪いのは俺じゃない。ぷっ……」


 壁の後ろで、俺は笑いを我慢していた。


「あいちゃん。一応、飲んでから話そう……」

「う、うん……」

「…………」


 何も言わず、彼女の頭を撫でる。

 たまにはこういう方法が効く時もあるから……。可愛いな。


「私、どうしよう……。スマホ、どっかに落としたみたい……」

「あっ、それなら俺が持ってるよ。さっき落としたけど……、返すのうっかりしててごめんね」


 念の為、電源をオフにした。


「ううん……。ありがと……」

「あのさ、あいちゃんは知らないと思うけど……、俺とりおはずっとゲームをやってたから。たまに、好きな人とか……そんな話も……」

「それで……? りおくんは西崎に何を……?」

「俺に、好きな人がいるって言ったからさ……。りお」

「す、好きな人……私じゃないんだ……。りおくんの好きな人は……、私じゃないんだ……。りおくんはあの子が好きなんだ……」


 もちろん、その相手があいちゃんだったのは言ってあげなかった。

 運が良かった。あいちゃんはりおの好きな人を水瀬だと勘違いしていたから……。あいちゃんのそばで、俺は精一杯笑いを我慢していた。泣きながらりおの名前を呼ぶあいちゃんに、俺が言えるのはもっともっと……つらい現実。俺はりおが何もできないって確信していたから、それが楽しくてたまらなかった。


「今日は一緒に帰ろう。家まで送ってあげるから……」

「うん……。ありがと、ごめんね。西崎……」

「ううん。友達だろ? 俺たち…………」


 あいちゃんは俺の手首を掴んでいた。

 どうやら、りおに裏切られたのがかなりショックだったらしい。俺は震えている彼女の手を握ってあげた。暖かくて、小さい手がとても可愛い。そして我慢できない、あいちゃんが俺の女になる日が楽しみだな。水瀬だけじゃ足りないっていうか、あいちゃんの可愛い声も聞きたいから……。


 そのために、もうちょっと我慢しないと。


「ぷっ」


 ……


 りおは今頃……何をやってるんだろう。


「……あっ、きた」


 俺は遠いところで、りおが帰ってくるのをずっと待っていた。

 そして、りおはすぐあいちゃんの家に向かう。話したいことたくさんあるだろ?

 でも、あいちゃんは出てこなかった。その代わりにあいちゃんのお母さんが出てきたけど、どうやら上手くいかなかったらしい。家に帰るその後ろ姿を撮りたかったけど、今日はこれでいいと思って俺も帰ることにした。


「あはははっ」


 さっきからずっとあいちゃんに電話をかけていたから、二人が連絡できない状態だったのも把握している。


「…………」


 りおは自分の連絡を無視したあいちゃんに……、あいちゃんは自分に連絡をしないりおに……。誤解を積み重ねることで、美しい状況を作ることができる。あれから数日間、あいちゃんは俺とくっついていた。


 そう。俺はりおの知らないところで、あいちゃんとの距離をどんどん縮めていた。


「…………ねえ、西崎」

「うん?」

「最近……、私とりおくんの間にわけ分からない距離感が感じられる……」

「そう? 俺にはよく分からないけど……」

「やっぱり、私りおくんと話してみたい……! このままじゃ……」

「あいちゃんは自分を裏切った人と話したいのか? 忘れたの? りおがあいちゃんの前で何をしたのか。あっ、あの子は……!」


 そして、りおと水瀬が一緒に廊下を歩いていた。


「りおくん……、なんで……? なんで……」

「大丈夫だよ。あいちゃん……俺がいるから、泣かないで……」

「…………うっ」


 ちょろすぎる。あいちゃん、本当に可愛いな〜。

 俺のそばで泣いてるだけなのに、どうしてそんなに可愛いの? それは反則だよ。


「うん。これで分かった。りおは……あいちゃんを避けてるかもしれない」

「…………そんな」

「でも、俺がりおに聞いてみるから心配しないで……」

「うん……、ありがと。西崎……」


 もちろん、嘘だけど。

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