75 俺の出番

 りおの前で笑うあいちゃんを見ると、ふと彼女の泣き顔が見たくなる。

 きっと、笑う時よりも可愛いはずだよな……。

 そこが女の子の魅力だからさ……、たまらない。水瀬も俺が捨てようとしたらすぐ涙を流して「捨てないで」って言ってたし。自分がただの道具になっても構わないって……、つい笑いが出てしまう。やっぱりカッコいいのは最高だな。それは、正義そのものだ。


 あいちゃん、そこで待ってて。


「…………」


 正直、あいちゃんの話を聞いただけだから、100%成功させる確信はなかった。

 それでも、俺が試してみようと決めた理由はあいちゃんが「愛情不足」だったからだ。りおは鈍感だから知らないと思うけど、二人の会話であいちゃんは同じ言葉を何度も繰り返していた。恥ずかしいから直接愛情を求めたりしないけど、りおに同じ答えを聞きたがる瞬間を何度も見たから……試してみる価値は十分だった。


 廊下を歩く時はいつもりおにくっついて、お昼を食べる時も移動教室の時もりおから離れなかった。本当に魅力的な人だよ……、あいちゃんは。だから、りおがいなくなった時のあいちゃんが見たい。その代わりに俺がそばにいてあげるから。


 そして、時が来た。

 あいちゃんはクリスマスイブに告られるかもしれないって言ったから、その日に合わせて俺も下準備を終わらせた。


「あ、そうだ。俺、霞沢に言いたいことがあるけどさ」

「うん? 何?」

「い、いや……。今は……そっちに行った方がいいと思う。りおと約束したよね?」

「うん! 西崎、今までありがと! 私の相談に乗ってくれて!」

「うん。俺、後ろで待つから。頑張れ!」

「うん! 行ってくる!」


 それはあいちゃんが俺に見せてくれた最後の笑顔だった。


「ぷっ」


 そして俺が用意しておいたイベントが、あいちゃんを待っている。

 どんな反応をするのか、楽しみだな。

 水瀬は俺が言うことならなんでも聞いてくれるから、適当に「ドッキリ」って言っても俺を疑ったりしない。むしろ、呼び出されるのをずっと待っていた。俺の部屋で何回やっただけなのに、俺のためになんでもするのかよ。こんな女の子も滅多にいないから、家に帰ったらまた可愛がってあげよう。


 俺の可愛い道具。


「えっ……? どうして? あれ……?」


 足を止めるあいちゃん、そこでりおとくっついている水瀬に気づく。

 彼女は持っていたスマホを地面に落として、その場でじっとしていた。水瀬はりおに「ずっと好きだったよ」と告白する予定だったから、それを聞いたあいちゃんの心はその場で壊れたはず。俺は興奮していた。その姿を後ろで見ていたから、あいちゃんは声も出せず、静かに一人で泣いていた。


 可愛い……、めっちゃ可愛いよ、あいちゃん!! 泣いてる、本当に泣いてる!

 いよいよ、俺の出番が来たな。


「霞沢……! どうした?」

「り、りおくんが……今日、私に話したいことがあるって言ってたのに……。ほ、他の女の子と……」

「えっ、りお? りおのことか……? 他の女の子?」


 俺は全力で演じていた。


「なんだ? なんで、あの二人が一緒に……? あれ? あの子は……」

「知ってるの? あの子……」

「それより、霞沢……大丈夫? ハンカチ……いる?」


 うわぁ……たまんねぇ。

 今すぐあいちゃんにキスがしたい、めっちゃ可愛い顔してる……。


「あ……、ご、ごめんね。涙が止まらない。えっ? どうして? どうしてそうなるの? えっ? りおくん、りおくん……?」

「ううん……。やっぱり言っておいた方がいいかもしれないな」

「うん? 何を……?」

「あの子、りおのこと好きだからさ。廊下を歩く時も……、ずっとりおの方を見ていたから……。ごめん、もっと早く……あいちゃんに言うべきだった」

「そうなの……? りおくんもあの子が好きだから……私じゃなくて、あの子を抱きしめたの? 私は……ただ幼馴染だから、りおくんの友達だから……。私じゃダメなんだ……」

「か、霞沢……? 大丈夫?」

「わ、私じゃダメなんだ……。りおくんは私と約束したのに、もう私のそばにいてくれない……。りおくんもお父さんみたいに……消えてしまう」


 てか、精神も壊れたような……。

 こういう時はまず状況を疑うべきなのに、告られたのを見ただけであいちゃんは壊れてしまった。


 反応がすごい、本当にりおしかいなかったんだ。


「あのさ……、これは仕方ないことだと思う。りおにもそれなりに事情があるはずだから」

「じゃあ、どうして私に言いたいことがあるって言ったの……? 私に何を……、言いたかったの? りおくんは」

「多分、大切な人に言っておきたかったかもしれない。自分の好きな人を……」

「そんなこと……、そんなこと…………。ずっと私のそばにいてくれるって言ったくせに、どうして他の女の子を……? なんで……ずっとそばにいた私を選んでくれないの……? なんで、なんで、なんで……?」

「霞沢も……もう分かるんだろ? りおには好きな人がいる……。もし、本当に霞沢のことが好きだったらあんな状況は起こらなかったはず。幼い頃の約束はいつ破ってもおかしくない。だって、子供の頃の話だからさ……」

「りおくん……、私……、心が痛いよ。りおくん……、お父さんみたいな人にならないで……私のそばに、ずっと私のそばにいてよ……」


 すごい、何を言っても信じてくれるじゃん。


「大丈夫。りおの代わりに俺がそばにいてあげるからさ……、あいちゃん」

「…………」


 あいちゃんはずっとりおの名前を呼んでいた。

 可哀想だな……。

 でも、りおはあいちゃんを捨てた人になるから、その代わりに俺がそばにいてあげる。泣き顔がすごく可愛いあいちゃん。その長い髪の毛や可愛い顔も好きだけど、りおから奪った時の優越感が……たまらないほど好きだった。今の俺はあいちゃんじゃなきゃダメだから、俺の物になってほしい。


「こっち見て、あいちゃん」

「…………」


 俺はあいちゃんにキスをした。

 多分、これがあいちゃんのファーストキスだよな? 甘い。


「…………」


 彼女はショックを受けて何もできない状態、俺はすごく興奮していた。

 誰かと付き合ってエッチなことをするより、誰かの大切の人を奪ってこんなことをするのがもっと楽しい。見てるのか、りお。俺はお前の大切な人と、約束の場所でキスをしている。もうお前のあいちゃんじゃねぇんだよ……。


「大丈夫、俺がそばにいるから」

「…………」


 そうだ。二人はまだやってないよな……?

 付き合ってないし、当然か。

 じゃあ、りおの代わりに俺が味わうからさ……。


 あいちゃんのファーストキスも、そしてあいちゃんの初めても……俺がもらっていく。

 お前はそこで見てろ。りお。


「…………」

「…………っ」


 そしてあいちゃんの手が震えていた。


「はあ…………」


 やっぱり、あいちゃんは最高だよ……。

 その顔……、今すぐ犯したいほど可愛い……。

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