74 完璧な人③

 りおとあいちゃんは学校でよく知られているカップル。

 正確にはカップルじゃなくて、みんなそう誤解してるだけだけどな……。「仲がいい二人を見ると、幸せになる」、そう言うのがあのバカたちの口癖だった。それにしても、他人を見て幸せを感じるなんて、俺には分からない概念だ。主役になった方がもっと楽しくないのか? やはり敗北主義者の言うことは理解できない、俺はお前らと違って楽しい人生を送ってるからさ……。


 そして、欲しい物は何があっても絶対手に入れる。


「相談か……?」

「そうだよ。西崎は恋愛経験が多いから、聞きたいことがあるっていうか……」

「ふーん。いいよ。霞沢の話なら……、静かなところに行かない?」

「うん!」


 あの日の俺は、屋上であいちゃんの話を聞いていた。


「西崎はどうやって彼女を作ったの?」

「彼女……? まあ、相手が告白したから付き合ったっていうか……」

「ふーん。やっぱりモテる人は誰かに告られちゃうよね。私にはそんな勇気がないからできないよ……」

「あははっ。確かに、気持ちを伝えるのは相当な勇気が必要だから、その気持ちも分からないとは言わない」

「そう、相当な勇気が必要だよ……。小学生の時はさりげなく好きって言ってあげたけど、今はできない。私たちが大きくなれば大きくなるほど、その言葉を言い出すのがどんどん怖くなってしまう……」

「りおと何かあったのか? 好きだったら、好きって言えばいいじゃない?」

「…………そうだよね。でも、心の底にある何かがずっと私を苦しめてる……」

「そっか……? それはもしかしてトラウマみたいなことかな?」

「うん……、そうかもしれない」


 あいちゃんはりおのことが好きだけど、自分の気持ちを伝えることとそれは全然違うことだと言い放つ。「なぜ、そう思うんだ」と聞いた時、あいちゃんは昔のことを俺に話してくれた。その原因はお父さんで、あいちゃんは大切な人に捨てられたことをずっと忘れられなかったらしい。


 それが怖くて、りおとは幼馴染の関係を維持してきたのか……。


 くだらない、昔のことで付き合わないなんて……。

 でも、俺にはいい情報だった。

 あいちゃんは大切な人に「捨てられる」のが怖い、それを言う時の表情や声を俺は覚えていた。多分りおには言えなかったから、ずっと抱えてきたその悩みを俺に話したかもしれない。なんか、面白くなってきたな……。


 俺はたまにこうやってあいちゃんの話を聞いてあげた。

 そして今のあいちゃんが何を考えているのか、今までりおと何があったのか、知らなかったことを一つ一つあいちゃんに聞いてみた。「きっと、役に立つはず」と言いながらりおがどうすればあいちゃんを見てくれるのか、今のりおは何を考えているのかなど、あいちゃんが知りたかったこともたくさん教えてあげた。


 もちろん、俺の作り話だったけどさ。


 あの二人に告白をする勇気などなかった。

 俺は二人の間で、二人を結んであげるようなニュアンスで言ってたけど、そうするつもりはない。あの二人はお互いのことが好きだけど、それを言えないままずっと時間を無駄にしていた。


 なら、俺がもらってもいいんじゃね?

 りおが付き合わないなら、俺があいちゃんと付き合いたい。


「…………」


 どんどんあいちゃんを所有したい欲求が大きくなる……。


 そして、二人の関係を壊すことにした。

 あいちゃんの不安を利用すれば……、きっと上手くいけるはず。そのためにずっとあいちゃんのそばで、あいちゃんの話を聞いていた。俺は優しい人、ずっとそばにいる人、何があっても話を聞いてあげる人。少しずつ、それをアピールしていた。


 人の女を奪うのは初めてだけど、これ……意外と面白いじゃん。

 俺はどうしてもあいちゃんが欲しかった。


「また相談したいことがあったら、俺に言ってくれ」

「ありがと……。そうだ! 私、西崎の話に勇気を得たから……! やっぱり告白したい! 今の気持ちを……りおに伝えたい!」


 いやいやいやいや、そうじゃない。

 やっとチャンスが来たのに、どうしてそんなことを言うんだ……?


 そして、りおが先に動いた。


「ねえねえ! 私、りおくんに告られそうだけど……!」

「えっ? りおに?」

「うん! なんか不思議だね。私も同じことを考えていたから」


 なんで……? 気に入らないな。


「そうそう! 放課後、私と話したいことがあるって! クリスマスイブ! 楽しみだね!」

「…………」

「西崎? どうしたの?」

「なんでもないよ。へえ、おめでと。りおに告られるのか」

「そうだよ! やっと……! りおくんと……!」


 あ、その顔……マジ気に入らない。

 このままじゃりおとあいちゃんが付き合ってしまうから、クリスマスイブの前までなんとかしないと……。俺は二人の関係を壊す方法をずっと考えていたのに、いきなり告白をするとは思わなかった。


「へへっ、りおくんに告白されるんだ〜」

「そんなに嬉しいのか?」

「うん! ずっとりおくんのこと好きだったからね! 小学生の頃からずっと! りおくんしかいなかったから、りおくんは私の大切な人だよ!」

「そっか……。霞沢はりおのことを信じてるんだ」

「うん! りおくんはお父さんみたいな人じゃないから……。私のこと……捨てたりしないから……」


 本当にまずいな。

 早くなんとかしないと、せっかくのチャンスが消えてしまうかもしれない。


 だから、水瀬を利用することにした。

 それが上手くいけるかどうかは分からないけど……、あいちゃんは「捨てたりしないから」って言ったから、俺は知りたくなった。あいちゃんが言ってくれたお父さんの「浮気」、それを目の前で見た時の反応を……俺は知りたくなった。


 一人しかいない大切な人が、他の女の子とくっついて彼女に「好き」って言われる状況。

 どうかな……?


「…………」


 想像しただけなのに、ドキドキする。

 楽しみだな。あいちゃん、泣いたりするかな……?

 まあ、そっちの方がもっと可愛いかもしれない……。

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