十二、歪んだ価値観

72 完璧な人

 電話もラ〇ンもすべて無視された。

 どうして? 分からない。

 俺があいちゃんのためにどれだけ頑張ったと思う……? ずっと大丈夫って言ってあげたのに、落ち込んだ時もいつもそばで慰めてあげたのに、そんな俺にあいちゃんは『もうやめる』って言うのか……? あり得ない。そんなこと、できるわけねぇだろ。やめるって、俺から離れるなんて……許せない。


 俺が好きだったのはあいちゃんだけなのに、どうしてりおのところに戻るんだ。

 俺に何が足りないんだ……?


「…………」


 ふざけんな……!! なぜ、こうなってしまったんだ……?

 あいちゃんも、水瀬も、俺の電話に出ない。

 それにあのりおまで俺の電話を無視するとは……人の彼女を奪ったくせに、堂々と俺の前でくっつくのか……? 二人がどんな関係だったのか、俺には興味ない。あいちゃんは、俺の彼女だから……りお。


「クッソ……」


 俺は幼い頃から完璧な人だった。

 一度手に入った物は死ぬ時まで俺の物だったから……、お前らにそれを拒否する権利などない。あいちゃん、水瀬、そしてりお……。お前ら全員、俺に従えばいい。そうすればきっとみんなが幸せになる世界ができるはずだから。俺がそんな世界を作ってあげるから! 黙って俺に従え……。


「はあ……」


 俺は完璧な人だ。なんでもできる、完璧な人なんだよ!!


「あああ!!!」


 直人は、隣に置いている花瓶を投げ出した。


「りお……、クッソが」


 ……


 俺は平凡な人たちと違う、それに気づいたのは中学生の時だった。

 入学したばかりの俺に三年生の先輩が告白したから、その理由は「カッコいい一年生と付き合ってみたかった」で、それ以外は何もなかった。当時の俺に彼女という概念は難しかったけど、それでも好きって言ってくれた先輩と付き合うことにした。


 その感情を知りたかったから……。

 俺は勉強も上手いし、スポーツも上手い。

 それは中学生の時も一緒だった。どこに行っても目立つ人で、みんなの憧れで、休み時間はクラスメイトたちに囲まれていろいろ話す。あの時の俺はそんな世界で生きていた。誰にも負けない人、ずっと他人を見下す位置に立っている人。それは完璧な人生だった……。


 俺はけっこう好きだったと思う。


「直人くん……、初めてなの?」

「は、はい」


 先輩は「女」について詳しく教えてくれた。

 あの時、俺は誰もいない家で「先輩をめちゃくちゃにしたい」というやばい感覚を覚える。それが俺の初めてだった。誰かを見下すのは本当に気持ちいい。特にベッドで女の子を襲う時は、たまらないほど気持ちよかった……。


 先輩と付き合った後は毎日エッチなことばかり……。

 本当に楽しかった。それは「征服感」というとても気持ちいい感覚で、俺の中にある何かを強く刺激した……。


「へえ……、直人くんすごい……。気持ちいい」

「先輩のおかげです」

「ふふっ」

「それで、もう別れましょう。先輩」

「えっ?」


 飽きたから、先輩と別れた。

 先輩もけっこう可愛い人だったけど、なんか冷めちゃったからさ。もうあの先輩にドキドキしないから、別れるのが当然だと思っていた。どうせ、女の子はこの世にたくさんいるから、あんな先輩一人消えることで俺の世界は壊れたりしない。俺に確信があった。なぜなら、別れた後すぐ他の先輩と付き合ったから。


 そしてあの先輩とやった後、また別れてしまった。

 ドキドキしない恋愛に意味などないから、どうすればいいのか分からなかった。


 何をやってもこの空っぽの心を満たすのはできない。

 急に人生がつまらなくなった。


「…………」


 みんな可愛いけど、それだけじゃ足りないって気がする……。

 その時、俺は水瀬と出会った。

 ちょっと暗い性格だったけど、胸も大きいし、好きな体型だったからさりげなく声をかけてみた。


 水瀬とはけっこう長い間、その関係を続いていた。

 ちょろい女だったから。


 それでも足りないのは足りない。

 今度は前に付き合った先輩たちと違って、すぐ別れたりしなかった。その理由は体だけの関係だったから、俺はそれ以上のこと何も言ってない。もし、水瀬がそう思っていたらそれはただの勘違い。俺は毎日水瀬と肌を合わせるだけで、あの時はそれでいいと思っていた。


 水瀬は俺の言う通りにしてくれるから、面倒臭い先輩たちと違って俺に従うから、それがとても気持ちよかった。

 ずっと欲しかったその感覚を……、水瀬が味わわせてくれたから。


「あい! 今日、お母さん帰るのが遅いって言ったからさ。夕飯は外でどー?」

「それもいいけど、うちで食べない? 私! 映画を見ながらりおくんと夕飯食べたい!」

「それもいいな〜」

「でしょ!」


 そこで、俺はあいちゃんと出会った。

 あの二人は小学生の時から仲がいい幼馴染……、他人に興味ない俺もそれは知っていた。有名っていうか、ずっと二人っきりだったからさ。なんか、二人だけの世界にいるのがすっごく気に入らなかった。


「…………」


 それは俺が持ってない何かだった。


「ねえ」

「うん?」

「ペン落としたよ?」

「あっ、ありがと……」

「じゃね〜。りおくん! りおくん! これ、見てみて!」


 りおに声をかけるあいちゃんを俺は目で追っていた。


「なんだ……? これ……」

「りおくんが好きって言ってたパンだよ!」

「おお! あったのか? ええ、さっき先生に呼ばれたからパンは諦めたけど、本当にありがと!! あい。嬉しい……」

「そうでしょ? もっと私に感謝しなさい! ふふふっ」

「うん。本当にありがと〜」

「ひひっ」


 りおにだけ優しいのが気に入らない。

 そして……あいちゃんのその笑顔も、優しい声も、すべてりおの物。なんか、すごく悔しい……。りおは凡人のくせに、俺が持ってない何かを持っていた。それは空っぽの心を満たしてくれるとても大事な何かだった。


 あの時の俺はそう思っていた。


「なんか、ドキドキしてきた。俺、あいちゃんが欲しい……」


 あの時の俺は「恋」をした。


「あっ! りおくん、私の食べないで……!」

「おっ! これ美味い! 新発売のやつだったっけ?」

「私のポテチだよ!! このバカァ———」

「あははっ」

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