71 幸せはすぐそばに

 目が覚めたのは午後の十二時九分、なんか体のあちこちが痛い……。

 そして涼しい部屋の中、そばには俺を抱きしめる霞沢がいた。

 まあ、疲れてるはずだし。今日は日曜日だから、そのまま寝かせた方がいいかもしれない。その前に、散らかった部屋を掃除しないと……。床には空っぽの箱と使用済みのゴムだらけで、昨日どれだけ激しかったのか思い出してしまった。


 そのまま裸姿で寝ちゃったよな……、俺たち。


「ちょっと寒い……」


 布団から出ると、霞沢が俺の枕を抱きしめる。


「俺、本当に……あいとやったんだ…………」


 昨日は本当にやばかった……。

 そして床に落ちているパジャマを拾う時、ふと昨日のことを思い出してしまう。


『ねえ、りおくん。私、初めて———っ』


「うわぁ———! 恥ずかしいこと思い出すな!」


 霞沢と目が合った時、その可愛い顔と白い肌が見えてきた……。

 それがずっと頭の中に残っている。忘れられない。

 もはや、病気…………。


「俺が初めて……か、そんなことわざわざ言わなくてもいいのに……」

「何を……?」

「うわっ! び、びっくりしたぁ……」

「おはよう。りおくん」

「もう昼だよ」

「寝坊しちゃったね。二人とも……、はあ……」

「うん。お昼は何食べる? あい」

「…………」

「……ん?」


 目を閉じてじっとする霞沢、それって「おはようのキス」が欲しいってことか。

 もう……そんな格好で、仕方がないか。


「分かったよ……」

「…………っ」


 昼間から恥ずかしいことをやらせるなんて……、昨日もたくさんやってたのにな。

 それでもまだ足りないってことか。


「ひひっ、好き〜♡」

「うう……、勘弁してよ。あい。昨日も……」

「昨日ね、めっちゃ気持ちよかったよ! りおくんすっごく興奮してたから!」

「…………いやいや、そんなことは言わなくてもいいよ!」

「ふふっ。あ! そういえば、昨日お母さんがね。私たちと話がしたいって言ったけど、りおくんはどうする? 行く?」

「特に予定もないし、行こうか?」

「うん!!」


 ……


「ひひっ♡」


 道を歩く時も、そして電車に乗る時も、俺たちはずっと手を繋いでいたのに、今日は俺と腕を組む霞沢だった。外でこんな風にくっつくのは付き合ってからだよな。それに可愛い洋服を着て、香水をつけて、なんか……顔合わせっぽくない……? そんなわけないのに、余計に緊張してしまう。


 恋人の関係と友達の関係は全く違う、めっちゃドキドキする。

 好きってなんかすごい。


「りおくん、今日カッコいいね!」

「えっ? そ、そっか……。あ、ありがと」

「私はどー? 可愛い?」

「うん。可愛いよ。いつも可愛いから、あいは」

「う———っ! 嬉しい!!」


 そう言いながら肩を叩く霞沢、今日はテンションが高いな。


「お邪魔しまーす!」

「あいちゃんだ! そして、りおくんも!」

「お邪魔します……」


 四人が揃ったのは何年ぶりだろう。

 てか、このメンバーならきっと「あれ」を聞くよな……? 目の前にいるお母さんがニヤニヤしてるから、急に不安を感じてしまう。幼い頃もそうだったし、答えづらいことばっかり聞くから……俺にはちょっと苦手だった。


「それで! それで! 二人とも! いつ結婚するの?」


 やっぱり。


「お母さん……、霞沢さんの前で何を言ってるんだ……」

「だって、あいちゃんとずっと付き合ってたじゃん……。もしかして、他に好きな人とか……できちゃったの? りおくん」

「そ、そんなわけねぇだろ!」

「じゃあ、あいちゃんと結婚する? しない?」

「…………っ」

「あはははっ。りおくんは相変わらず可愛いね〜」

「か、霞沢さん……! か、からかわないでください……!」

「社会人になって、二人の間に子供ができる日が楽しみだから! お母さん、たまらなくて! ううん〜!」

「私も母親としてあいちゃんが幸せになって欲しいから……」

「…………」


 いや……、どこまで考えてるんだよ……。


「りおくん」

「は、はい……! 霞沢さん」

「あいちゃんのことよろしくね」

「よろしくね! りおくん!」


 なんで、霞沢も……。


「は、はい……」

「お母さんはね。昔からずっと……りおくんの結婚相手はあいちゃんだと思っていたから! ふふっ」

「そ、そっか……? だから、幼い頃からそんなことを言ってたんだ……」

「あの時はすっごく可愛かったから……。それにあいちゃんもりおくんと結婚したいです!って言ってたからね」

「えっ? お母さんにそんなこと言ってたのか、あい」

「うん! 北川さんに私りおくんしかいないから大人になったら結婚したいです!って言ったよ! へへっ」

「まあ、俺も……あいと結婚するから。もうこの話はやめよう。恥ずかしい……」

「あはははっ、男らしい!」


 ……


「お、お母さん……。実は話したいことがある」

「うん?」


 コーヒーを飲みながら話を続けた。

 俺は中学時代の話とここにいる時の話、そして今まで言えなかったことすべてをあの二人に話してあげた。それはここに来る前に霞沢と決めたことだから、この後……どうなるのか分からないけど、それでもはっきり言うことにした。


 過去は、過去だから……。


「そっか……、そうだったんだ……」

「…………」


 冷静を保つ霞沢さんと違って、お母さんはショックを受けたみたいだ。


 とても長かった……。

 俺たちは普通の学校生活を過ごしたかっただけなのに……、変なやつと友達になってから……、すべてが壊れてしまった。


「でも、今は大丈夫。ただ……、言えなかったことが気になって……」

「うん。りおくんがそう言うなら……お母さんもそれ以上言わない」

「うん。じゃあ、トイレ行ってくるから」

「うん」


 はあ……。でも、余計なことを言っちゃったような気がする。


「りおくん……、ちょっといい?」

「霞沢さん……?」


 外で俺を待ってくれた霞沢さんと二階の部屋に向かう。


「あの……、りおくんに頼みたいことがあるけど」

「は、はい」

「これはりおくんしかできないことだからね」

「は、はい……」

「あいちゃんはずっとお父さんのことで苦しんでいたけど、私は母親として何もできなかった……。それでも、これから幸せになってほしい。そのためにはりおくんが必要だよ。これからもずっと……あいちゃんのそばにいてくれない? りおくん……」

「は……、えっ?」


 いきなり頭を下げる霞沢さんにびっくりした。


「私は何もできなかったけど、こんなことを言う資格もないって知ってるけど……」

「いいえ。顔を上げてください。や、約束します! 絶対、あいから離れません! 絶対に……」

「ありがと……、りおくん」

「あいは大切な人ですよ。昔からずっと……。だから、もう心配しないでください」

「うん……」


 大切なのは、すぐそばにいる。

 今まであったことは全部忘れて、あいとまた……幸せな日々を過ごせばいい。


「どうやら、私たちの出番はなさそうだね。居間に戻ろうかな? あいちゃん」

「は、はい……」

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