69 恥ずかしいこと

 帰り道、近所のコンビニで買い物をした。

 明日は休みだから甘いものやお菓子などをたくさん買って、丸一日俺とくっつく予定だと、霞沢のテンションが上がっていた。子供じゃあるまいし……、週末に喜ぶなんて。でも、その顔があの頃と一緒でつい笑いが出てしまう。懐かしいな……、毎年そうだったからさ。そして繋いでいる二人の手も、いつの間にか指を絡めて霞沢の温もりが感じられる。


 今年の冬は霞沢と二人っきりか……。


「あっ! 私、あれ買うの忘れた!」

「うん? 何? 俺が行ってくるから」

「大丈夫! 私が行ってくるからここで待ってくれない?」

「……分かった」


 隣のベンチで霞沢を待つ時、知らない番号から電話がかかってきた。


「誰……?」


 一応知らない番号だから……、無視しよう。


「…………」


 ちょっと待って……。まさか、これ……あいつの電話番号なのか?

 俺に電話をかける人は、お母さんと霞沢以外誰もいないから……。

 もし、これが本当に直人だったらちょっと怖いんだけど……。この前、ちゃんとラ〇ンを送ったからもう諦めろ……直人。霞沢が電話に出ないから、俺に電話をかけたのか……? 俺たちはお前のことを絶対許さない。だからって復讐がしたいわけでもない……、このまま知らないふりをしよう。他人みたいに———。


 お前のことはどうでもいいから、もうこんな風に連絡するな……。

 俺にも、そして霞沢にも……。


 ピッ。


「りおくん!! ごめんね。ちょっと悩んでて遅くなっちゃった」

「いいよ。何買ったの?」

だよ?」

「そっか……。どうせ、お菓子だろ? あい」

「お菓子じゃないよ!!」

「へえ〜」

「外は寒いから、行こう! りおくん」


 ……


 霞沢にはそんな話をしたくなかったから、彼女の前で笑みを浮かべるだけ。

 あれは無視しよう、今は霞沢に集中!


「りおくん! 来たよ!」

「なんだ……? これは」


 家に入ると三つのキャリーケースと大きいぬいぐるみが床に置いていた。

 ちょっと待って……。俺、このぬいぐるみ……どっかで見たことあるけど……。


「覚えてる? ひよこちゃん!」

「あ! あの時の! 俺があいにあげたそのぬいぐるみか!」

「そうだよ! お母さんに頼んだからね! ふふっ」

「まだ持ってたのか……? いやいや、それ小学二年生の時だぞ?」

「うん! ひよこちゃんは私の宝物だからね!」


 大きいひよこのぬいぐるみ。

 うちのお父さんがどっかで買ってきたけど、大きいのもほどがあるんだろと思って霞沢にあげたもの。まさか、まだそれを持ってるとは思わなかった。確かに、幼い頃の霞沢はいつも「ぬいぐるみ買ってほしい」って言ってたから……ちゃんと覚えている。そして、そのひよこはままごとの子供役になっちゃったよな……。


 あの時のちっちゃい女の子が今俺のそばにいる霞沢か、相変わらず……可愛い。


「どー! 可愛いよね!」

「うん」


 それにしても懐かしいな。ひよこ様……、元気でしたか。


「あれ? なんか、痩せたような気がするけど……?」

「わ、私は知らないし……。何もやってないし……」

「まさか、抱き枕の代わりに…………」


 こくりこくりと頷くあい。


「あはははっ、力入れすぎだろ。あい」

「だって……! りおくんの代わりだったから仕方がないじゃん! あの時は私のことを無視したから……、さ、寂しくて!! 仕方がなかったよ! このバーカ!!」

「え……」

「そうだ。私、りおくんにはまだ言ってないけど……。北川さんとうちのお母さんに許可をもらったからね! 今日からよろしくお願いします!」

「えっ? な、何を……?」

「私の荷物、全部持ってきたからね! 今日から正式に! 同居することになったから!」

「あ〜。そうだったのか! あははっ」


 やっぱりお母さんと霞沢さんは、あの時も今も俺の話を全然聞いてくれない……。

 来るならさっきに連絡くらいしろよ。お母さん……!


「嬉しい! ぎゅっとして! りおくん〜」

「う、うん……」


 そしてお母さんからラ〇ンがきた。


『あいちゃんのこと、よろしくね!』


 お母さん……、今送るのは遅すぎじゃねぇのかよ……!

 てか、今更同居って言われても、ここ最近ずっと一緒だったから……あんまり変わらないと思う……。それにしても高校生の男女が一緒に寝たりするのを許してくれるなんて、お母さんもある意味ですごいな。


 もちろん、霞沢さんも……。


「ねえ、りおくん! 私、りおくんと一緒にお風呂入りたい!」


 脇腹をつつく霞沢が笑みを浮かべる。

 俺が荷物を片付ける間に、霞沢はお風呂の準備をしていたのかよ……。


「二人で入るのはちょっと……」

「もしかして、恥ずかしいの? でも、私たち……」

「うん?」

「恋人だからね! りおくんは私の彼氏でしょ?」


 なんだ……。そのドヤ顔は……!


「片付けるのは後でいいじゃん〜。今は一緒に入りたーい! 入りたーい! りおくん〜」

「一緒に入っても…………うちの風呂狭いから……」

「私、りおくんとくっつくのが好きだから!」

「風呂の中で……?」

「永遠にくっつきたい! 中学生の時もそうだったからね! いいじゃん。好きな人とお風呂に入ることくらい…………。ダメかな?」

「いや、分かった。じゃあ、服持ってくるから……」

「はいはい〜」


 ……


 目をどこに置けばいいのか分からない。俺はやっぱり愚かな選択を…………。

 てか、俺たち裸じゃん……! あっ、お風呂に入ってるから当然なことか。

 とにかく、この状況はよくない……!


「へえ、本当に狭いんだ……」

「だから、狭いって言っただろ……!」

「ふふっ。昔はこうやって、後ろから抱きしめてくれたよね……? すっごく気持ちよかったよ」

「…………」


 めっちゃ恥ずかしい……。

 幼い頃からこんなことをやってきたのかよ、俺たちは。


「りおくん……」

「うん?」

「これからも、私たち……ずっと……」

「うん。一緒だから、心配するなよ。あい……」

「うん!! ごめんね……」

「いいよ……。だから、もう泣くなよ……。あい」

「だって……、だって……すっごく嬉しいから……。私……、りおくんとこうなるのをずっと待ってたよ」


 そう言いながらすぐ俺に抱きつく霞沢だった。


「うん。俺は、何があってもあいのそばにいるからね? もう泣くな……、高校生だろ? あい」

「ううん……」

「あいは可愛いから、笑って……。俺はあいの笑顔が好きだから」

「うん……。ひひっ……」


 じっとこっちを見つめる霞沢、この空気、やっぱりキスをするしかないのか……。


「…………」


 あれ……? もしかして、心を読まれたのか?

 なんで先に目を閉じるんだろう……。

 まあ、いっか。


「じっとして、あい」

「…………うん」


 彼女の体を抱きしめた後、目を閉じる。

 そしてドキドキする心臓の音がうるさかったけど、止まらない……、俺は目の前にいる霞沢とキスをした。


 体……柔らかくて、暖かい。


「…………」

「りおくんのエッチ……」


 二人のキスはけっこう長かったと思う……。

 やっぱり恥ずかしいな、これ。

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