68 まだ言ってないこと②

 教室の中、俺たちはいつもと同じ授業を受けていた。


「どうしたの? りおくん……、さっきからぼーっとして」

「えっ? べ、別に……何も」

「そう……?」


 井原に言われたことが気になって、授業に集中できない。

 確かにいつかそれを言うつもりだったけど……、どうやって言えばいいのか分からなくてずっと悩んでいた。霞沢とずっと一緒だったから、ちょっと恥ずかしいっていうか、いろいろ複雑で……もう分からなくなってきた。


 もっと早くそれを言うべきだったのにな……。


「ここ……期末テストに出るって」

「あっ、うん。ありがと」

「ねえ、りおくん……。集中して?」

「う、うん……」


 家にいる時はいつも無防備ですぐ俺に甘えてくるけど、学校にいる時はしっかりしてるんだ……。なんか、別人みたい。それに慣れてないっていうか、ふと今朝のことを思い出してしまう。


 急に恥ずかしくなって、彼女から目を逸らしてしまった。


「…………っ」


 人はどんどん成長するからな……。

 霞沢もあの時と違って、めっちゃ成長したから。いろいろ……、うん。


「いろいろ…………」

「うん? いろいろって……?」


 そして休み時間、霞沢を後にしてすぐ井原に相談をする俺だった。


「いや、独り言だから気にするな……。てか、どうやってそれを言うんだ……! 俺は今まで告白したことねぇから……よく分からない」

「ええ……、北川くんって告白したことないんだ……? じゃあ、告白されたこともないの?」

「いや、それはけっこうあったけど……。あの時はあいがいたから、別に彼女とか作りたくなかったし……」

「爆発しろ……」

「うん……?」

「な、なんでもなーい!」


 もし、俺たちが学校で出会ったら……俺もさりげなく告白したかもしれない。

 今までずっと一緒だったから、口に出せないその言葉……。「好き!」は何度も言えるけど、「付き合ってくれ!」はすぐ出てこないから……困る。ここ最近、もうそれ以上の関係になった気がするけど……、それでも俺にはできなかった。


 言葉って難しいからさ。


「もう……そんなに悩まなくてもいいんじゃね? 二人はお互いのこと好きでしょ? じゃあ、はっきり言えばいいじゃん……。バカ、それは相談することじゃない! 好きだったら早く言いなさい!」

「井原……」


 ガチャ……。

 あの時、屋上の扉が開かれて、霞沢がこっちを見ていた。


「また……! 二人で何か話してる……」

「あ、あいちゃん! こ、これはご、誤解だよ! 私たち何もやってないからね!」

「そ、そうだよ! あい、俺はただ井原に聞きたいことがあってさ!」

「嘘つき……、すぐ教室を出たくせに! 知らない! 私、戻るから!」


 そう言ってから教室に戻る霞沢だった。

 しまった……。俺……告白のことばかり考えていて、霞沢を放置したまますぐ相談しに来ちゃったから……。言い訳すらできないこの状況は、けっこうやばいな。早く状況を説明しないといけないのに、俺が状況を説明したら告白で悩んでいたことをバレてしまうから……できない。


 どっちも選べない俺はどうすればいいんだ……?


「あ……」

「ドンマイ……、北川くん。きっと上手くいけるはずだよ!」

「ありがと、井原」


 ……


 そして放課後、予想通り霞沢は怒っていた。


「あ、あい……? えっと……」

「何……? 京子と一緒じゃなかったの……?」


 めっちゃ睨まれてる……。


「あのさ、俺……あいに言いたいことあるけど……」

「そうだったね。何……? 言いたいことって……」

「そ、そんなに怒らなくても……。全部、あいのた…ためだったから」

「うん? 私のため? なんの話?」


 人が多いところで言うのは恥ずかしいから、霞沢の手を握って屋上に連れてきた。

 てか、今から俺……霞沢に告白をするのか?

 こっちをじっと見つめる霞沢に、めっちゃ恥ずかしくなるけど……やるしかないよな。俺、本当に今から……告白を……。


「りおくん? どうしたの……?」


 言えよ! 北川りお、そんな簡単なことすら言えないのかよ。お前は———!

 好きな人がすぐ目の前にいるのに、緊張してどうすんだよ! おい! 早く言え!


「…………そっ……」


 くっそ、言葉が出てこない……。


「なんで何も言わないの? ねえ、りおくん!!」

「あっ、あっ、そ、それが……」

「もしかして……、京子と……」

「い、いや……。あのさ! あい! 俺、あいに言いたいことがあるけど!!」


 その状況を後ろから覗いている京子。


「う、うん!!」


 好きだ、俺と付き合ってくれ。

 好きだ、俺と付き合ってくれ。

 好きだ、俺と付き合ってくれ。


「…………あのさ! あい!」

「うん!」


 早く言えよ!


「俺と……結婚してくれぇ!」


 あ。


「えっ?」

「い、今のはち、違う!」

「えっ! 違うの?」

「いや……、俺が言いたかったのは……!」


 緊張しすぎて、つい「結婚してくれ」って言ってしまった。どうして、そうなる?

 今はそれじゃなくて告白をするタイミングなのに……。

 なんか、とんでもないことを口に出してしまったような……。


「何? 違うの……? ち、違うの……?」

「いや、俺が言いたかったのは……俺と付き合ってくれだったけど、つい……」

「…………」


 うわ……、この空気…………。

 一体、どうすればいいんだ。


 俺が想像していたのはこんなことじゃなかったのに……。

 昔からずっと「結婚」の話を言われたから……、ついそれを言ってしまった。

 どれだけ緊張してたんだよ……。このバカが。


「嫌だよ……」

「えっ?」

「付き合うのは嫌だよ……」

「あっ、そ、そっか……?」


 断られた?


「私は恋人じゃなくて、りおくんと夫婦になりたい……。だから、付き合ってじゃなくて、結婚してって言ってほしいの」

「…………」


 今……、霞沢もとんでもないことを言ったような……。


「なんで、何も言わないの……?」

「ちょ、ちょっと待って……あい。これ……めっちゃ恥ずかしいんだけど……?」

「ちゃんと返事してよ!」

「あっ、は、はい! よ、よろしくお願いします!」

「うん。よろしく……、りおくん……」


 ええ……、何? 霞沢の顔……めっちゃ可愛い……。

 そして、二人ともめっちゃ照れてる。


「あはははっ、二人とも可愛い〜」

「あっ! 京子!」

「井原……、いつからそこに……?」

「ずっと気になってたから、ごめんね……」

「み、見てたの……?」

「あい! 結婚してくれぇ〜」

「…………」

「井原、それは忘れてくれ……。うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

「りおくん、私ちゃんと聞いたからね……! 私に結婚してくれって言ったから!」

「あい、井原…………」


 下手くそだったけど、ずっと言えなかった自分の気持ちを伝えた。


「…………」


 あの日の帰り道は静かだったけど、心臓の鼓動はすごくうるさかった。

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