十一、一緒

67 まだ言ってないこと

 それから十一月になるまで、俺は霞沢と一つ屋根の下で暮らしていた。

 一人になると不安を感じるから、ここにいても構わないって言ったけど……。

 うちのお母さんも、そして霞沢のお母さんも……、「よかったね。あいちゃん」と言うだけで、俺の話は全然聞いてくれなかった。霞沢と一緒に暮らすのはいいことだけど、俺は男なのに……。どうやら、あの三人に俺の性別など関係ないみたいだ。


 むしろ、「あいちゃんのこと大切にしてね!」とお母さんに一言言われた。

 まあ、それもいいと思うけど。お母さんと霞沢さんはまだ知らない、この生活の恐ろしさを……。


 例えば———。


「重っ……」


 夏は暑いからくっついてもすぐ離れてくれるけど……、冬になると話が違う。

 冬は寒いから離れてくれないんだよぉ……! しかも、俺たちまだ付き合ってないのに……、霞沢は当たり前のようにくっつくからさ。昔からそうだったし、慣れているからわざわざ言うまでもないってことか……? とにかく、霞沢は心臓に悪い女の子だ。


 落ち着けよ、俺。


「ううん……。いちごミルク飲みたい……えへへ」

「…………あい、寝言か?」

「お、おはよう……。りおくん……」

「それより、降りてくれない? 重いし、動けないから……」

「あっ、昨日ね……。私、ホラー映画を見てね……。怖くて、寝られなくて……」

「それで……?」

「怖くて! 私は! りおくんとくっつくことにしました!」

「で……、パジャマはどうした……? 朝からそんな格好でご飯食べるつもり?」

「あっ……、りおくんの体があったかいから……。つい……」


 いくら幼馴染だとしても、俺の前でそんな格好するなよぉ……。

 本当に、いつも……霞沢ぁ……。


「あっ! りおくん、今エッチなこと考えたでしょ?」

「…………別に、そんなこと……」

「可愛い〜。朝からキスしたくなる顔だね……。りおくん……ひひっ」


 下着姿でからかう霞沢は無敵だ……。

 てか、なんで朝になると下着姿になるんだよ……! 怖い。そして箪笥のところに霞沢のパジャマが落ちていた。昨日、同じパジャマがいいって言ったくせに……、いつそれを床に投げ出したんだ。それじゃ意味ないんだろ。


「りおくんの顔が真っ赤〜」

「うるさい……、早く服着ろ」

「あっ! りおくん……」

「うん? どうした……? あい」

「私がつけてあげたキスマーク、消えちゃったよ……。私の物って証なのに……」

「いや、それは消えるのが普通だろ? 別に……気にしなくても」


 じっとりおを見つめるあい。


「な、なんだ……。その目は……」


 そして、微笑む。


「わ、分かったよ……。好きにしろ……」

「ひひっ♡」


 毎朝、こんな風になってしまうんだから……、お母さんと霞沢さんは知らないんだよ。

 俺の苦労を……。


「はあ……、朝からりおくんとエッチなことやっちゃったぁ……。恥ずかしい———!」

「やったのはあいだろ……?」

「りおくん……好きぃ」

「またそうやって誤魔化すのかよ……」

「ひひっ、好きぃ〜」


 俺の口で言うのは恥ずかしいからずっと言えなかったけど……、これはほぼ夫婦に近い関係だった。そして恥ずかしいって言ってるくせに、毎朝毎朝……! エッチなことばっかり! 俺もやりたいのに……ずっと我慢してるんだよ。このバカが……。


 こうやって俺は毎朝霞沢に両手を上げる。


「りおくん、あったか〜い」

「…………」


 そしてこれも言えないことだけど、霞沢の肌からいい匂いがする。

 うわぁ……、俺キモい。


「服着ろ……」

「はーい」


 ……


「ええ……、北川くん。それ何……?」

「見るな……」

「それ! キスマークだよね……? そんなところにつけるなんて……、あいちゃんすごい……」


 学校に来て、すぐ井原にバレちゃった。

 やっぱり鋭いな……。


「あいがそうしたいって言うから……、断るのもできないし」

「ラブラブだね〜。羨ましい!」

「…………し、知らねぇよ」

「あいちゃんが彼女で実は嬉しいくせに……、ふふっ」

「けほっ……! はあ?」


 びっくりして、飲んでいたお茶を落としてしまった。

 朝から何を言ってるんだ……。井原は。


「そんなにびっくりしなくても……。うん? えっ? もしかして、北川くん……まだ告白してないの? えー!?」

「その通りだけど……」

「いやいや……。でも、首のキスマークとか、いつも二人で帰ることとか、それは付き合わないとできなことでしょ?」

「ここには……訳が……」

「マジ……? 私は付き合ってると思ってたのに……。じゃあ、早く告白してよ」


 いきなり告白って言われても……、俺には難しいんだよ。

 あの時は勇気を出して告白をしようとしたけど、あいつのせいで……水の泡になってしまったからさ。俺も霞沢にちゃんと言っておいた方がいいと思うけど、相当な覚悟が必要だから……口に出せないまま今の関係を維持していた。


 はっきり言えない俺も情けないな……。


「あっ、みんな! ここにいたんだ! 探してたよ! りおくん、京子!」

「あいちゃんだ!」


 肘で脇腹をつつく井原がニヤニヤしていた。


「さっき北川くんと教室で待ってたけど、どこ行ってたの? あいちゃん」

「ああ〜。職員室に行ってきたからね。でも、戻ってきたらみんないなくなっちゃって……」

「ごめん、あい。屋上に来るのが癖になっちゃったからさ……、一応ラ〇ンは送っておいたけど……」

「うん! それで、二人何話してたの……? 楽しそうに見えたから!」

「…………」


 沈黙する二人。


「えっと……、ううん。北川くんがね! 放課後、あいちゃんに言いたいことあるって! へへっ」


 うん……? ここでそれを言うのかよ、井原……。

 マジかよ……。


「放課後……? 分かった!」


 そして、井原がにやつく。


「う、うん。ほ、放課後……」

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