65 もういいよ

「水瀬……」

「うん……」

「直人のことは忘れてくれ……。あいつが何を企んでいるのか、そんなこともうどうでもいい。だから……楽しいことをしよう! みんなで、最高の思い出を作ってさ! 高校時代はそんなに長くないから……」

「…………北川くん」


 今更だけど、直人は女の子とやるために生きてきたのか……?

 普段から水瀬とあんなことをやってたくせに……、どうして霞沢を狙うんだ? あの時、ちょろいって言ってたくせに、どうして霞沢と恋人ごっこをしてたんだ? 本当に、可愛い女の子とやりたかったから……? あり得ない。お前がどうしてそんなことをしたのかはもう知りたくない。人のことをただの道具扱いしてきたお前に、彼女を作る資格なんかねえんだから……。


 それにしても、水瀬は本当に大丈夫なのか……?


「みんなに迷惑をかけちゃって…………ごめんね。私は最後まで直人くんの道具で、勇気を出せなかった……」

「…………」

「そしてあやかちゃんにも……、嘘をついちゃったから。私、直人くんと付き合ってないのに……あいちゃんに嫉妬して嘘をついちゃったよ……。本当にごめんね……」

「えっ? あの時、吉乃ちゃんが言ったのは……まさか……」

「あの時、直人くんと付き合ってたのはあいちゃんで、私じゃない。私は……直人くんの計画を完成させるための捨て駒だった。最初から……、私なんか好きじゃなかった。それは私の片想いだったよ……」

「じゃあ、私は……霞沢に……」

「全部、私のせいだよ……。北川くんに告白をしたのも、北川くんの状況を直人くんに教えてあげたのも……私。そして、それを全部知っていたくせに黙っていたのも私だよ……。ごめんね……」

「もういいから、もう……いいから。みんな、私たちのために頑張ってくれてありがとう……。水瀬は……私にあの時のことを教えてくれたからね。そして小林と京子もりおくんと話してくれて……、本当にありがと」

「…………」


 ぼとぼと。下を向いて、水瀬は涙を流していた。

 好きという感情は人を壊してしまうから……、その気持ちを分からないとは言わない。人の弱いところを突くのが直人の得意だから、きっと霞沢にも同じことを言ったはずだ……。最初は狙っていた人と仲良くなって、それから欲しいのを手に入れるまで作り笑いをする。西崎直人……、お前は本当に怖いやつだ。


 二度と関わりたくない……。


「だ、だから……。私、みんなに謝り……たくて」

「いや、もういいから。水瀬」

「でも……、私があんなことをしなったから……二人はこうならなかったはず……」

「水瀬、いいよ。顔上げて。確かに、私たちは間違った選択をしたけど。りおくんの話通り、今から大切な思い出を作ろう。みんなで」

「…………ごめんね……」

「泣かないで……」


 正直、何を言えばいいのか俺にもよく分からない。

 怒るのもできないし、そんなことをしても何も変わらないからな。

 水瀬にもそれなりに事情があったはずだから……、俺も霞沢ももうあんなこと気にしたくなかった。水瀬が全部話してくれたからそれでいい、それ以上のことはもういらない。考えれば考えるほど、苦しくなるだけだった。


「…………」


 でも、直人がいなかったら……、俺たちはもっと楽しい学校生活を送ったかもしれない……。


「そろそろ帰ろう……。三人はどうする?」

「私とあやかちゃんは吉乃ちゃんともうちょっと話したいからね。さっきに行って」

「うん。分かった……」


 霞沢の手を握って、二人はカフェを出た。

 でも、あの話はひどいな……。

 あの時、俺がトイレで聞いた話もそうだった。直人は一体人をなんだと思ってるんだろう……? やりたいからあの人と仲良くなって、飽きたからまた新しい人を探すのか? そんなことをして何が楽しんだろう……。全然分からない。俺は直人のその行為を理解できなかった。どうしてそんなことをするんだ……? わざわざ霞沢を狙う必要はないと思うけど、可愛い人なら霞沢以外にもたくさんいたから……。


「…………いや」


 最初から……理由なんて、なかったかもしれない。


「…………あい、寄りたいところある?」

「りおくん」

「うん?」

「何もしないで……」

「うん? いきなりどうした……? 何もしないでって……」

「りおくん、さっきからずっと怖い顔をしてたから……やっぱり気になるよね?」

「正直、俺も忘れたいけど……。あいつのこと無視しても、いつか……どっかで会うかもしれないから……。少し緊張してる」

「うん。私もみんなの前ではそう言ったけど、気になるのは仕方がない。あの人、お母さんの電話番号まで知っているから……」

「マジかよ……」

「りおくんには言わなかったけど……、さっき……水瀬と話している時にお母さんからラ○ンがきたから。この人誰?って」


 いや、本当に……怖いな。直人。


「だから、私……今日りおくんの家に行ってもいい? 西崎がうちに来るかもしれないし……、怖いから……」

「来てもいいよ。うちの鍵、まだ持ってるんだろ?」

「うん……。大切にしてる……」

「うん」


 確かに、何を企んでいるのか分からないから……しばらくうちに泊まった方が良さそうだ。

 俺も霞沢と一緒にいるのが好きだから。


「今日は……何食べる?」

「あっ、そうだ。うちの冷蔵庫、空っぽだから…………」

「じゃあ! 今日は私が夕飯作るから! 買い物しよっか! りおくん!」

「うん」

「行こう行こう!」

「あっ、転ぶから走るなよ……」

「いいじゃん! 私、りおくんと美味しいもの食べた〜い!」


 彼女は繋いだこの手は離してくれなかった。


「りおくん、おそーい!」

「勘弁してくれぇ……、今日は疲れたから走りたくないんだよぉ〜」

「弱虫〜」

「ええ……」

「弱虫〜。あははっ」

「バーカ」


 霞沢の笑顔はいつ見ても可愛い……、俺はずっとその笑顔が見たい。

 ずっと……。

 だから、俺たちの前で消えてくれ……直人。

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