64 愚かな選択⑥
たまに「可愛い」って言ってくれたから、それでいいと思っていた。
その意味を知っているくせに、私はくだらないことにこだわっていた。
二番目の彼女でいいから、誰にも言わないから、初めて出会った時みたいに私に優しくしてほしかった。私が欲しがっていたのはそれだけ。でも、そんな夢みたいなことはもう起こらない、それは全部直人くんの演技だったから……。
あの時の優しい直人くんはもう存在しない。
いや、最初からそんな人はいなかった。
「…………うっ」
「…………」
「あのさ、水瀬」
「うん……」
「お前、本当に変態だな」
「う、うん……っ……」
「こんなことをされても俺のことが好きなのか……? まあ、俺はいいけど」
首を絞めたり……、顔を叩いたり……。直人くんは私を支配することによって、足りない何かを満たしていた。すごく苦しいけど……、私と一緒にいてくれるならそんなことどうでもいい。あの時からずっと直人くんのすべてを受け入れたから……、それは私の役割だった。霞沢あいにはできないこと、これは私しかできないよ。
だから、彼女ができても……気にしない。
自分にずっとその言葉を繰り返していた。
「うん……」
どうでもいい、本当に……そんなことはもう気にしない。
私の居場所を守るためにはずっと自分を騙して、直人くんとくっつくだけだった。
そして———。
「なんで……! なんでだよ……! 俺がそばにいるのに! そんなに……、言ってあげたのに! どうしてあいちゃんはずっとりおを見てるんだよ! 理解できない! 理解できねぇんだよ!!」
「な、直人くん。痛い…………」
「黙れ!! 水瀬」
どうやら霞沢あいと上手くいってないみたいだ……。
付き合ってから数ヶ月が経ったのに、怒る日がどんどん増えるだけ。二人の間には何もなかった。だから、私に腹いせをするんでしょ? いつも直人くんの部屋で、彼が満足する時までやりまくる。私は道具だから、これしかできない。私のことを大切にしてほしいとか、そういうのはもう言えない関係だった。私たちはずっとこうやって……、みんなの知らないところでエッチなことをする。
役に立つならなんでもいい、そうだよね? 直人くん……。
「くっそ、りおのやつ……」
「け、喧嘩したの……?」
「りおがあいちゃんのことを忘れないから、ムカつくっていうか……」
「北川くん……記憶喪失じゃなかったの?」
「そうだけど、たまに見えるその顔が気に入らない」
「二人は……元々、幼馴染だったからね……」
「はあ? それがどうしたんだよ。今は俺の彼女だから……! りおのその態度が気持ち悪んだよ。気に入らないんだよ! マジで……。それにあいちゃんも、りおの方を見てるから……。クッソ!」
「うっ……!」
彼はずっと怒っていた。
「くっそ……!」
直人くんは私が引っ越す前まで、ずっとストレスを受けていた。
不安だったかもしれない。自分の物だった霞沢あいを北川くんに取られるかもしれないから……直人くんはそれを怖がっていた。いつも私に腹いせをしたから分かる。その内容はほとんど霞沢あいのことで、直人くんはずっと彼女に断られていた。正確にはそうだったかもしれないと推測するだけ。
私とやる日がどんどん増えていたから……。
「どれだけ頑張っても、あいちゃんは俺を見てくれない! どうしてだ? 水瀬、お前には分かるのか……?」
「ううん……。知らない」
「チッ、りおさえいなければ……。なんで……何も思い出せないやつの心配をするんだ。あいちゃん……」
「直人くん……?」
「うるさいから、お前は黙れ!」
直人くんはわけ分からないことを言いながら私を抱きしめた。
「あいちゃん……」
「…………」
あいちゃん、あいちゃん、あいちゃん……。
今は私とやってるのに、私の名前は一度も呼んでくれたなかった。
二人はいつもくっついているカップルだったけど、裏ではみんなに悪口をされていた。
もちろん、その対象は霞沢あいだけ。
霞沢あいには北川りおという幼馴染がいる。それは同じ中学校の人なら誰でも知っていることだった。でも、私が言い出したその一言に……、みんな霞沢あいを避けてしまう。「彼女は人の彼氏を奪う〇ッチ」、そんな噂が校内に広がっていた。
彼女は一人ぼっちになった。
幼馴染の北川くんは記憶喪失で、頼れる人は直人くんしかいない。
そして直人くんは「すべて思い通りになった」って言ったから、心配することは何もないはずなのに……。
でも、そこで疑問を抱いてしまう。
どうしてそんなに怒るの……?
霞沢あいと付き合ってるのに、北川くんのことをずっと警戒している。普通なら付き合った時点で終わるはずなのにね……。彼女に断られたって推測したけど、それからどんどん北川くんの話も増えてしまうから……変だった。
口に出せなかったけど……、誰が見てもおかしい状況だった。
まるで、北川りおから霞沢あいを奪ったような気がする……。
本当に……付き合ってるの? 二人は。
もし、直人くんが二人の関係を壊して……霞沢あいを自分の物にしたいってことなら……。
まさか……。
「あ、りお。今からゲームしない? 俺暇だからさ……、眠れないし」
夜の十一時、こんな時間に北川くんとゲームを……?
どうせ、私もう都会に行っちゃうから……。
二人のことはどうでもいい、引っ越した後はもう会えないからね。
疑問だらけの夜だったけど、私にできるのは何もなかった。
それが私と直人くんの最後。
そしてあの三人が都会に引っ越してきたのをあやかちゃんに聞いた時、私はもう直人くんと会いたくなかった。でも、直人くんは私の居場所を見つけ出してさりげなく私を脱がし、あの時みたいに自分の欲求を満たしていた。
霞沢あいとずっと付き合ってるはずなのに、エッチなことは私とやっている。
二人は付き合ってないかもしれない。
なら、その関係は何……?
きっと何かあったはず、私はそんな直人くんを見て確信した。
……
「直人くんは私にこう話したよ。みんな都会に来てるから、あの時のことは誰にも言うな、そしてりおとあいちゃんにも関わるなって……」
「あの時のこと……」
「数ヶ月間、直人くんはあいちゃんのことを見ていたから……」
「…………」
「そして私は直人くんの言う通りにして、二人の関係を何気なく壊した……」
しばらく静寂が流れた。
「あいちゃん……」
「うん?」
「ごめんね」
「…………」
「私、それに気づいた時……。怖くて外に出られなかったよ……。だから、あいちゃんがここに来た時も……、直人くんにまた殴られるのが怖かったから出られなかったよ……。もうあんな生活は嫌だ……。私は、私らしく生きたい……」
「…………」
「直人くんは『どうしてあいちゃんは俺の物にならないんだ』とか、『今までどれだけ頑張っていたのか全然知らないくせに』とか、私の首を絞めながら……不満を吐き出した……。つらくて……、つらくて……、自分の選択にずっと後悔していたよ。みんな、本当にごめんね……。今更、こんなことを言っても無駄って知ってるけど」
早く……この関係を終わらせないといけない。
もう直人くんに頼りたくない。
私はもっといい人生を生きたかった……。
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