63 愚かな選択⑤

 そうしてはいけないって知っていても、私は嘘をつくしかなかった。

 直人くんが言わないでって言ったのもあるけど、私も「自殺」という言葉を口に出したくなかったから……。北川さんの前で涙を流すだけ、何もしなかった。そこで私は疑問を抱く、私より楽しい学校生活を送っているはずの北川くんがどうしてそんな選択をしたのか。意識を取り戻した時に聞いてみたかったけど、北川くんはショックで私のことを全然思い出せなかった。


 そして、最初の一言は「誰ですか?」だった。


 私は北川くんが記憶喪失だったのを北川さんに話さなかった。

 そのまま病院を出て、家に帰ろうとした。

 なるべく、刺激しない方がいいから……。もし、自分がそんな選択をしたのを思い出したら、また苦しくなるかもしれない。そして北川さんもそうなるはず。何があったのかは分からないけど、きっと死にたいほど苦しかったと思って、北川さんにはまた嘘をついてしまった。


 私も……北川くんと同じ選択をしようとしたから、その気持ちは分かる。

 そして家に帰ってきた私はずっとそれについて考えてみた。そばには幼馴染の霞沢あいがいるのに、どうして……? どうして、死のうとしたの……? そればかり考えている時、直人くんから電話が来た。


「よ、吉乃ちゃん? りおはどう?」

「直人くん……。北川くんは……記憶を失ったみたい……」

「マジか?」

「私のこと全然思い出せなかったし……。どうして病室にいるのかすら分からなかったから……」

「…………そっか、仕方がない。ありがと、吉乃ちゃん」

「…………直人くん、私今日直人くんと一緒にいたい……」

「じゃあ、今うちにくる? 今日は一緒にいよう」

「うん!!」


 あの日の直人くんは……すごく気持ちよさそうに見えた。

 理由は分からない。

 私たちはいつもより激しくて……、長い時間を過ごしていた。悪いことは全部忘れて直人くんのそばにいたかったのに、不安の塊はどんどん大きくなる。結局、恥ずかしい声を出しながら「捨てないで」って、直人くんにお願いするしかなかった。


 私のことを捨てないで……、なんでもするから。


「…………」


 でも、直人くんはもう私のことを「吉乃ちゃん」と呼んでくれなかった。

 体だけの関係……。

 それだけって知っていても……、私は現実を否定していた。そうしないと、一番苦しくなるのは私だったから。そして直人くんと校内を歩き回る霞沢あいに嫉妬する。それでも、霞沢あいは幼馴染の北川りおと結ばれるはずだった。そう、私はずっとそう思っていた……。


「どうして……?」


 なぜ、直人くんがそこにいるの……?

 なぜ、霞沢あいのそばにいるの……?


「あはははっ」


 北川くんに自慢する直人くんを遠いところで見ていた。


 最近仲良くなって……、そのまま付き合ってしまったってこと……?

 それは直人くんしかいなかった私に恐怖そのものだった。二人が付き合ってしまうと私の居場所が消えてしまうから……。あの日は大声を出して……、廊下で霞沢あいに怒ってしまった……。彼女の前で「大嫌い」って、「取らないで」って……涙を流しながらずっと叫んでいた。


 いきなり怒り出すから、周りの人たちもびっくりして私たちを見ていた。

 そして直人くんもそれを見ていた。


「……っ!」


 その後、私は直人くんの家に呼び出されて、大好きな直人くんに殴られた。

 どれくらい殴られたのかすら分からないほど……、彼は悪口をしながら私を殴っていた。


「あのさ、余計なことは言わなくてもいいんだよ! 水瀬……」

「…………」

「みんなに誤解されるんだろう? 俺さ、今はあいちゃんと付き合ってるんだから水瀬は黙ってればいいんだよぉ!」

「うっ……」


 二人は本当に付き合ってるんだ……。

 やっぱり私は……ただの道具だったよね。直人くん……。私に優しくしてくれた直人くんは……もういないの? 本当にあの時の直人くんはもういないの……? 今はお腹を蹴ったり、拳で殴ったり……、私痛いよ。体も、心も、全部……痛い。私には直人くんしかいないのに、どうしてこうなるの……? 誰か教えて。


「ちょっと優しくしただけなのに、本気で好きになるなよ……。キモすぎ」

「…………ごめんね」

「まあ、俺の言い方がちょっと悪いかもしれないけど……。水瀬とは付き合ってないし、最初からそれだけの関係だったからさ。水瀬も俺がそばにいて嬉しかったよな? 親に愛されたことないから、俺が代わりに教えてあげたじゃん。俺も水瀬がいて……すごく気持ちよかったからこれでウィンウィンだ」

「…………う、うん……」

「だから、ずっと黙ってくれない……? そうやってくれるよね? 水瀬はいい子だから……」

「……うん。でも、私……直人くんのこと……まだす、好きだから……」

「ふーん。残念、俺はもう水瀬に興味ないからさ……」

「…………」


 すごく悲しいのに……。

 それでも直人くんしかいないから、私は捨てられたくなかった……。


「私のこと捨てないで……、なんでもするから捨てないで……」

「ええ……。今はあいちゃんと付き合ってるし、それはダメだ。水瀬」

「なんでもするから……」

「あ、そうだ。りおのことだけど、誰にも言わない方がいいよ。水瀬」

「どうして……?」

「りおの自殺には水瀬も関わってるからさ」

「私は何も……!」

「誰のせいでそうなったと思う? ん?」


 そして、北川くんとあったことを思い出す。

 あの時、北川くんは好きな人がいるって私に言ってくれた……。それは多分幼馴染の霞沢あいだったはず。でも、私は直人くんがドッキリしたいって言ったから冗談を言っただけなのに……。どうして、霞沢あいと直人くんが付き合ってるの?


 あれ? もしかして……。

 それって、つまり———。


 まさか、直人くん……わざと、私にそんなことをさせたの?

 嘘…………。


「水瀬はいい子だよな? そのまま黙ってくれれば何も起こらない。分かった?」

「うん……」

「水瀬が約束をちゃんと守ってくれたら、俺も二人の関係について考えてみるから」


 そう言いながら私の胸を揉む直人くんだった。


「…………うん。私、約束するから……」

「いいね。可愛いよ。水瀬……」

「直人くん……」


 私は今のままでいいと思っていた……。

 ひどい扱いをされても私は直人くんのそばにいたい。自分がただの道具って知っていても直人くんに褒められたい。私にとって大切な人だったから……、選択肢などなかった。


 私は直人くんの言う通りにするしかない、彼のそばにいたかったから……。

 本当にバカみたい……。


「…………」

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