62 愚かな選択④

 あの日から……、直人くんと過ごす時間がどんどん減ってしまう。

 原因は北川りおと霞沢あいだった。


「…………」


 直人くんから連絡が来ても私に「やりたい」って四文字を送るだけ、それ以外のことは何も言ってくれなかった。放課後はいつも直人くんの部屋でくっついてたのに、いつの間にか直人くんと会うことすらできなくなってしまった。


 既読のラ○ン、私の連絡はすべて無視される。

 彼は必要な時だけ、私を呼ぶ。


「…………」

「吉乃ちゃん? どうした?」

「ううん……。なんでもない」

「今日も気持ちよかった……。それより吉乃ちゃんからいい匂いがする……」

「うん……」


 私はなんのために直人くんのそばにいるの……?

 なんか、よく分からなくなってきた。私は直人くんのためになんでもやってきたのに、直人くんはもう私のことを褒めてくれない。どうしてこうなっちゃったの……? 好きって言ってくれたのも嘘だったの……? もちろん、付き合ってないから直人くんに何も言えなかったけど、それでも……この距離感は嫌だった。


 直人くんが見ていたのは私じゃなくて、あの二人だったから……。

 そしてエッチをした日、私は直人くんに聞いてみた。


「ねえ、直人くん……」

「うん?」

「どうして……、あの二人と楽しそうに話すの?」

「どうしてって言われたも、いいやつだからさ。あの二人は……」

「私……のこと、もっと大切にしてほしい……。直人くん……」

「なんで?」

「直人くんが……私に……、私と一緒にいるのが好きって……」

「ああ……、確かにそうだけど。俺たち付き合ってないから、そんなこと言わないでよ。吉乃ちゃん」

「…………」

「お互い欲しいのを手に入れたからさ……、もうそれにこだわらなくてもいいんじゃね?」

「欲しいのを……?」

「ずっと一人ぼっちだった吉乃ちゃんは俺を、そして俺は吉乃ちゃんの体……。ずっと寂しかったからさ、いつもそばにいてくれてありがとう。吉乃ちゃん」

「…………」


 曖昧な状態で何ヶ月も続いていた私たちの関係を、直人くんがはっきりと言ってくれた。そう、直人くんは最初から私なんか好きじゃなかった……。それは私も知っていたけど、すごく悲しくて……、ずっとその現実から目を逸らしていた。体のあちこちに愛された時の感触が残っていて……、私は目の前にいる直人くんが消えないでほしかった。


「吉乃ちゃんもこれが好きだよね……?」

「うっ……」


 抗えず、直人くんとエッチなことばかり……やりまくって、頭が真っ白になる。

 そしてそんな直人くんに、私は「私のこと捨てないで」ってお願いした。あの時の直人くんはすぐ消えてしまいそうだったから……、とてもつらかった。私は私の頭を撫でてくれる直人くんが好きだったから、またその顔が見たかったから、自ら……愚かな選択をしてしまった。


 私は体だけの関係をやめなかった。


 直人くんがあの二人に飽きるまで、私は待つつもりだった。

 会えない日々が増えても構わない、たまに私とやってくれるからそれでいいと思っていた。

 それも「愛」だから———。


「ねえ、吉乃ちゃん」


 そしてクラスの隅っこでじっとしていた私に、あやかちゃんが声をかけてくれた。


「うん……?」

「最近、西崎くんと一緒じゃないね……?」

「うん……。えっ? どうして、そんなことを聞くの?」

「いや……、二人とも一年生の時からくっついていたじゃん……」

「あ……」

「ねえ、付き合ってるんでしょ?」

「…………う、うん……」


 曖昧な答え、実はそうなりたかった。

 私は直人くんの彼女になりたかった……。

 そんなことできないって知っていても、私は私に笑ってくれる直人くんが好きだったから……ずっと直人くんのそばにいたかった。でも、直人くんは私よりあの二人を優先して……、私は彼の欲求を満たすための存在だった。


 私の名前を呼んでくれるのは、ベッドでやる時だけ。

 そして幸せになるのもその時だけだった。


 それでも他の女の子と付き合ってないから、それでいいと思っていた。

 直人くんとあんなことをするのは私だから、それだけで十分だった。


 どうせ、北川りおと霞沢あいは幼馴染だから……。

 直人くんと霞沢あいが結ばれる可能性はない、そこでホッとした。


「今日もダメなの……?」

「うん。ちょっと忙しいから、ごめんね。吉乃ちゃん」


 少し悲しいけど、それでも直人くんを信じていた。


「会いたい……」


 そして事件が起きる———。


 私の家は橋を通らなければならないところにあって、帰り道はいつも美しい川を眺めていた。

 でも、あの日は違った。


「えっ……? あの人、何してるの……?」


 信じられない状況、誰か……川に飛び込もうとしている。


「えっ? 何? 何してるの?」


 私は急いで走っていた。

 それは子供じゃない、そこで何をしてるの……?


「えっ?」


 ますます見えてくる人の姿、そこに立っているのは……北川りおだった。


「き、北川くん? 何してるの! 早くそこから離れて!」


 精一杯走ったけど……、橋まではけっこう距離があったから私の声が聞こえなかった。それでも、私は止めたかった。どうして、北川くんがそこにいるのかは分からない。今は北川くんを止めないと……本当に危険なことが———。


 その時だった。


「…………さ、よ、うなら……? えっ?」


 私が橋に着いた時はもう北川くんが川に飛び込んだ後だった。


「北川くん! ダメ!」


 迷う暇はない、私も川に飛び込んだ。

 こう見えても私……泳げるから……、北川りおを助けたかった。

 そこには私しかいなかったから……。


「はあ……。き、北川……くん……」


 冬の寒い天気に体がすぐ冷えてしまう。


「寒っ……」


 私は震える手で救急車を呼んだ後、すぐ直人くんに電話をした。


「どうした? 吉乃ちゃん」

「き、北川くんが……か、川に……飛び込んで……今、気絶……」

「はあ? りおが?」

「あの……、霞沢あいと友達だよね? 直人くん」

「そ、そうだけど……?」

「あの子に電話をして! 北川くんの家に連絡を……れ、連絡……」


 寒すぎて、声が上手く出てこない……。


「あ、分かった。あのさ、吉乃ちゃん」

「う、うん……」

「今日のことは誰にも言わないで」

「ど、どうして……?」

「りおが川に飛び込んだのは良くない話だからさ……。そうしてくれるよね? 吉乃ちゃん」

「う、うん……」


 そして私が病院を出る時、北川くんのお母さんが急いで走ってきた。

 その顔を、私は絶対忘れられない。

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